高齢化が進む日本で、介護保険制度を支える自治体の事務負担が大きな課題となっています。
特に、介護保険サービスを利用するために必要な要介護認定では、申請から認定結果の通知までに長い時間がかかっています。
2024年度に申請された要介護認定のうち、法定期間である30日以内に認定された割合は22.8%にとどまりました。
つまり、約8割の申請で30日を超えていることになります。
厚生労働省は、要介護認定の更新手続きを迅速化するため、審査簡素化の対象者を拡大する方向で検討しています。
一方、今後の認定事務を考えるうえで注目されるのが、デジタル技術や人工知能であるAIの活用です。
現在の要介護認定でもコンピューターによる1次判定が行われていますが、認定調査や主治医意見書の取得、審査会の運営などには多くの人手が必要です。
これらの業務をデジタル化することで、審査期間の短縮や自治体職員の負担軽減につながる可能性があります。
今回は、要介護認定の仕組みと自治体DXの課題、AI活用の可能性、今後の制度改革について解説します。
要介護認定ではすでにコンピューター判定が行われている
介護保険制度では、要介護認定の申請を受けると、市町村の認定調査員が本人の心身状態や日常生活の状況を調査します。
調査では、身体機能、生活機能、認知機能、精神や行動の障害、社会生活への適応などを確認します。
その結果をコンピューターで分析し、要介護度の1次判定を行います。
1次判定では、認定調査の結果などを基に、介護に必要とされる時間を統計的に推計します。
この時間は、要介護認定等基準時間と呼ばれています。
ただし、これは家族が実際に介護した時間をそのまま計算するものではありません。
全国共通の基準によって、標準的な介護の必要性を評価するための仕組みです。
その後、医療や保健、福祉の専門家で構成する介護認定審査会が、1次判定や主治医意見書などを参考に2次判定を行います。
つまり、現在の制度でもコンピューターによる判定と専門家による判断を組み合わせています。
ただし、現行の1次判定は、一般にイメージされる生成AIによる判断とは異なります。
あらかじめ定められた判定方法に基づいて処理する仕組みであり、AIが自由に判断して要介護度を決めているわけではありません。
認定事務には多くの人手と時間が必要になる
要介護認定の手続きでは、コンピューター判定以外にも多くの事務が発生します。
まず、市町村が申請を受け付け、認定調査の日程を調整します。
認定調査員は本人の自宅や入院先などを訪問し、心身状態や日常生活の状況を確認します。
その後、調査結果を整理し、必要な情報をシステムに入力します。
同時に、主治医へ意見書の作成を依頼します。
さらに、介護認定審査会で使用する資料を準備し、審査会の日程を調整します。
審査会で判定が行われた後には、認定結果を本人へ通知する必要があります。
こうした複数の工程があるため、一部の手続きを効率化するだけでは、認定期間全体を大幅に短縮できない場合があります。
特に、高齢者人口の増加によって申請件数が増えるなか、自治体の限られた人員で対応することには限界があります。
そのため、認定事務全体を見直し、効率化できる業務を整理することが重要になります。
認定調査のデジタル化で事務負担を軽減する
自治体DXの取り組みとして考えられるのが、認定調査のデジタル化です。
例えば、認定調査員がタブレット端末を利用し、調査結果をその場で入力する仕組みが考えられます。
従来の紙による調査では、訪問後に調査票を整理し、改めてシステムへ入力する作業が発生する場合があります。
タブレット端末で直接入力できれば、転記作業を減らし、入力ミスの防止にもつながる可能性があります。
また、入力内容に不足がある場合には、システム上で確認できる仕組みも考えられます。
例えば、認知症の症状について必要な項目が記載されていない場合、調査員に確認を促すことができます。
こうした機能によって、調査票の差し戻しや再確認に必要な時間を短縮できる可能性があります。
ただし、認定調査では、本人や家族との対話を通じて生活状況を把握することが重要です。
デジタル化によって調査員が端末操作に集中しすぎると、本人の様子を十分に観察できなくなるおそれもあります。
そのため、デジタル技術は調査員の判断を支援する手段として活用することが望まれます。
主治医意見書の電子化も重要な課題
要介護認定では、主治医意見書も重要な判断材料になります。
主治医意見書には、病気の状況、心身機能、認知症の症状、医学的管理の必要性などが記載されます。
介護認定審査会は、こうした医学的な情報を参考にして、本人に必要な介護の程度を判断します。
しかし、主治医意見書の作成や提出に時間がかかる場合があります。
医療機関では日常の診療業務が優先されるため、意見書の作成が遅れることも考えられます。
また、紙による提出では、郵送や書類の受け渡しに時間が必要になる場合があります。
こうした課題に対して、主治医意見書の電子的な作成や提出を進めることが考えられます。
医療機関と自治体が安全なシステムで情報をやり取りできれば、事務処理の迅速化につながる可能性があります。
さらに、記載内容の不足を自動的に確認する仕組みを導入すれば、書類の差し戻しを減らすことも期待できます。
ただし、主治医意見書には病歴や認知症の症状など、機微性の高い個人情報が含まれます。
電子化を進める場合には、情報セキュリティー対策を十分に講じる必要があります。
AIは認定事務のどの部分で活用できるのか
今後、要介護認定の事務でAIを活用する場合、まず考えられるのは事務作業の支援です。
例えば、認定調査票の記載漏れや矛盾を確認する仕組みです。
調査票の内容をAIが分析し、確認が必要な項目を担当者に示すことが考えられます。
また、主治医意見書や認定調査の特記事項について、審査会で確認すべき情報を整理する用途も考えられます。
さらに、過去の認定事務のデータを分析し、どの工程で時間がかかっているのかを把握することも可能になるかもしれません。
例えば、認定調査の日程調整に時間がかかっているのか、主治医意見書の取得が遅れているのか、審査会の開催までの待機期間が長いのかを分析することが考えられます。
こうした情報を活用すれば、自治体ごとの課題に応じた改善策を検討しやすくなります。
ただし、これらはAIの活用可能性を示したものであり、全国の自治体で導入が決定しているという意味ではありません。
実際の導入には、費用対効果や安全性、運用体制などの検証が必要です。
AIによる要介護度の自動判定には慎重な検討が必要
AIの活用を考える場合、要介護度そのものをAIに判断させるべきかという問題があります。
要介護認定は、高齢者が利用できる介護サービスや費用負担に影響する重要な行政判断です。
そのため、判定の公平性や透明性が欠かせません。
例えば、AIが過去の認定データを学習して判定を支援する場合、過去のデータに偏りがあれば、その偏りを引き継ぐ可能性があります。
特に、認知症高齢者の介護負担が十分に反映されていないデータを学習した場合、同じ問題が繰り返されるおそれがあります。
また、AIが特定の要介護度を示した場合、その判断根拠を説明できることも重要です。
本人や家族が認定結果に疑問を感じたとき、なぜその判定になったのかを理解できなければ、制度への信頼が損なわれる可能性があります。
したがって、AIを活用する場合でも、専門家が必要な情報を確認し、最終的な判断に責任を持つ仕組みが重要です。
AIの導入は、人間の判断を不要にするためではなく、適切な判断を支援するために進めるべきです。
自治体間の格差を縮小する効果も期待される
要介護認定の事務体制は、自治体によって異なります。
人口規模が大きい自治体では、申請件数が多く、認定調査や審査会の運営に大きな負担がかかる場合があります。
一方、人口規模が小さい自治体では、認定調査員や専門職の確保が難しいこともあります。
また、審査簡素化の活用状況にも違いがあります。
2024年度には、申請全体の32.7%が審査簡素化の対象となり得ましたが、実際に簡素化されたのは17.9%でした。
厚生労働省は、簡素化の条件を満たす申請のうち、実際に簡素化した割合を自治体ごとに公表する案も検討しています。
今後、認定事務のデジタル化が進めば、自治体ごとの事務処理方法を標準化しやすくなる可能性があります。
例えば、共通のシステムを利用して申請状況や審査期間を管理できれば、自治体間の比較や業務改善にも役立ちます。
ただし、自治体によって高齢者の状況や医療機関との連携体制が異なるため、単純に同じシステムを導入するだけで格差が解消するわけではありません。
地域の実情に応じた運用が必要です。
個人情報保護とサイバーセキュリティーが重要になる
要介護認定のデジタル化では、個人情報の保護が大きな課題となります。
認定事務では、本人の病歴、身体機能、認知機能、日常生活の状況など、多くの個人情報を扱います。
これらの情報が外部に漏洩すれば、高齢者本人や家族に重大な影響が及ぶ可能性があります。
そのため、システムへのアクセス権限を適切に管理し、情報の暗号化や操作履歴の記録などの対策を講じる必要があります。
また、外部事業者にシステムの運用を委託する場合には、委託先の情報管理体制を確認することも重要です。
特に生成AIを利用する場合には、入力した情報がどのように処理され、保存されるのかを確認する必要があります。
個人情報を外部のAIサービスへ安易に入力することは避けなければなりません。
自治体DXを進めるうえでは、利便性や効率性だけでなく、安全性と住民の信頼を確保することが不可欠です。
デジタル化で生まれた時間を高齢者支援に活用する
自治体DXの目的は、単に事務処理を早くすることではありません。
行政職員や専門職が、本来必要な業務により多くの時間を使えるようにすることが重要です。
例えば、認定調査票の入力や資料作成に必要な時間が短縮されれば、認定調査員が高齢者本人や家族から生活状況を詳しく聞き取る時間を確保しやすくなります。
また、審査会の資料整理が効率化されれば、専門家が判断の難しい事例に集中できる可能性があります。
特に、認知症の高齢者や急激に病状が悪化する人については、丁寧な情報収集と慎重な判断が必要です。
効率化によって生まれた時間を、こうした支援に振り向けることができれば、認定制度全体の質を高めることにつながります。
デジタル化と人による支援を対立するものとして考える必要はありません。
むしろ、デジタル技術を活用することで、人にしかできない判断や支援を充実させることが重要です。
結論
要介護認定の迅速化を実現するためには、審査簡素化の対象拡大だけでなく、認定事務全体の効率化が必要です。
現在の制度でもコンピューターによる1次判定が行われていますが、認定調査や主治医意見書の取得、審査会の運営などには多くの人手と時間が必要です。
今後、認定調査のデジタル化や主治医意見書の電子化、審査会資料の作成支援などが進めば、事務負担の軽減が期待できます。
さらに、AIを活用して書類の確認や審査期間の分析などを支援することも考えられます。
ただし、AIによる要介護度の判定には、公平性や透明性、説明責任などの課題があります。
また、高齢者の健康情報を扱うため、個人情報保護やサイバーセキュリティーへの十分な配慮も欠かせません。
人生100年時代において、介護保険制度を持続可能なものにするためには、限られた行政資源を効率的に活用する必要があります。
重要なのは、デジタル技術によって人間の判断を置き換えることではありません。
事務作業を効率化し、専門家が高齢者一人ひとりの状態を適切に評価できる環境を整えることです。
自治体DXとAIの適切な活用は、迅速で公平な要介護認定を実現するための重要な選択肢になると考えられます。
参考
日本経済新聞 2026年10月22日 要介護認定の更新を迅速に 簡素な審査の対象者を拡大へ、厚労省検討
厚生労働省 要介護認定の仕組み
厚生労働省 社会保障審議会介護保険部会 要介護認定制度に関する検討資料
デジタル庁 地方公共団体の基幹業務システムの統一と標準化