日本の企業金融が大きな転換点を迎えています。
これまで企業の資金調達を支えてきた銀行融資に加え、投資ファンドが企業へ直接融資する新しい仕組みが広がり始めています。
背景にあるのは、企業のM&Aの活発化、銀行の貸し出し余力の制約、そして金利上昇という3つの構造変化です。
ポラリス・キャピタル・グループは2026年度中にも1,000億円規模の企業向け融資ファンドを立ち上げる方針です。トパーズ・キャピタルも700億円から1,000億円規模の新ファンドを計画しています。
こうした動きは、単に企業の資金調達先が増えるという話ではありません。日本の銀行中心の金融システムが、銀行と投資ファンドの役割分担による新しい仕組みへ移行する可能性を示しています。
今回は、プライベートクレジットの仕組み、銀行融資との違い、企業経営への影響、そして今後の課題を考えます。
銀行融資を中心とした日本の企業金融
日本の企業金融は、長年にわたり銀行を中心に発展してきました。
特に中小企業では、銀行からの借り入れが資金調達の中心となっています。
銀行は企業の財務状況や事業内容を審査し、預金などを原資として資金を貸し出します。
一方、企業は借り入れた資金を設備投資や運転資金、企業買収などに活用します。
この仕組みは、高度経済成長期から日本経済を支えてきました。
しかし、企業の資金需要が急速に拡大するなかで、銀行だけでは十分に対応できない場面が増えています。
特にM&Aでは、数百億円から数千億円規模の資金が必要になることがあります。
銀行には自己資本比率規制や大口信用供与等規制などがあり、融資を無制限に拡大できるわけではありません。
銀行の資金供給能力には、預金調達、自己資本、信用リスク管理など複数の制約が存在します。
M&Aの拡大が資金需要を押し上げる
日本企業のM&Aは活発化しています。
レコフデータによると、2026年1月から9月までの国内企業が関わるM&A件数は3,883件となり、同期間として過去最多を記録しました。
背景には、事業承継、業界再編、海外展開、企業価値向上などがあります。
特に注目されるのが、LBOと呼ばれる借り入れを活用した企業買収です。
LBOは、買収対象企業の将来の収益や資産などを返済原資として想定し、借り入れを組み合わせて企業を取得する手法です。
例えば、1,000億円の企業買収に対して、買い手が400億円を出資し、残り600億円を借り入れるケースを考えます。
買収後の企業が生み出すキャッシュフローから借入金を返済することになります。
買収対象企業の収益力が高ければ効率的な資金調達になりますが、業績が悪化すれば返済負担が経営を圧迫します。
金融庁によると、大手9行のLBOローン残高は2023年9月末時点で6兆6,000億円となり、コロナ禍前の約2.5倍に拡大しました。
このうち約8割をメガバンクが担っています。
銀行に資金需要が集中する構造が続けば、融資余力やリスク管理の面で制約が強まる可能性があります。
プライベートクレジットとは何か
プライベートクレジットとは、銀行以外の投資ファンドなどが企業に直接資金を貸し出す金融手法です。
ファンドは生命保険会社、年金基金、機関投資家などから資金を集め、企業向け融資を実行します。
企業は銀行融資に加えて、ファンドからも資金を調達できるようになります。
銀行融資との大きな違いは、資金の出し手とリスクの負担者です。
銀行融資では銀行が原則として融資債権を保有し、信用リスクを負担します。
一方、プライベートクレジットでは、ファンドを通じて投資家が企業の信用リスクを負担します。
このため、銀行の自己資本や融資枠に依存しない資金供給が可能になります。
ただし、ファンドによる融資にも信用リスクや流動性リスクがあり、銀行融資より安全というわけではありません。
ポラリスとトパーズが融資市場に参入
日本でもプライベートクレジット市場の拡大に向けた動きが具体化しています。
ポラリス・キャピタル・グループは、2026年度中にも1,000億円規模の企業向け融資ファンドを設立する計画です。
同社はこれまで企業買収を中心に事業を展開してきましたが、新たに融資事業へ参入します。
特に注目されるのが劣後ローンです。
劣後ローンは、企業が経営破綻した場合などに、一般的な融資より返済順位が低くなる借り入れです。
貸し手にとってリスクが高い反面、高い金利収入を期待できます。
報道によると、ポラリスが想定する融資金利は10%弱とされています。
一方、トパーズ・キャピタルは700億円から1,000億円規模の新ファンドを計画しています。
既存ファンドを含めれば、最大3,000億円規模を企業向け融資に振り向ける構想です。
M&Aだけでなく、設備投資や不動産取得など幅広い資金需要に対応する方針です。
投資ファンドが企業の株式を取得するだけでなく、融資を通じて収益を獲得する時代が始まっています。
銀行融資とファンド融資の金利差
企業にとって重要なのは資金調達コストです。
報道によると、M&A向け融資では大手銀行の金利が3%から4%程度、ファンド融資が4%から6%程度となっています。
さらに劣後ローンでは10%弱の金利が想定されています。
例えば、企業が100億円を借り入れた場合を考えます。
金利3%なら年間利息は3億円です。
金利5%なら年間利息は5億円となります。
金利9%なら年間利息は9億円です。
同じ100億円の借り入れでも、金利によって年間の利息負担には最大6億円の差が生じます。
このため、ファンド融資を利用する企業は、資金調達の柔軟性と金利負担を比較する必要があります。
ただし、金利の高低だけで有利不利を判断することはできません。
融資期間、担保条件、返済順位、財務制限条項、期限前返済条件などによって実質的な調達コストは変わります。
高金利でも返済条件が柔軟であれば、企業の成長投資を支える選択肢になる場合があります。
銀行の貸し出し余力は本当に限界なのか
銀行の貸し出し余力を考えるうえで、預貸率は重要な指標です。
預貸率とは、預金残高に対する貸出金残高の割合です。
2026年3月末の預貸率は65%となり、5年間で2.6ポイント上昇しました。
銀行の融資が預金に対して拡大していることを示しています。
ただし、預貸率65%という数字だけで、銀行の貸し出し余力が限界に達したと判断することはできません。
銀行には有価証券の売却、市場調達、資産構成の見直しなど複数の資金調達手段があります。
また、融資余力は預金だけでなく、自己資本規制や融資先への信用集中などにも左右されます。
重要なのは、預金獲得競争が激しくなるなかで、銀行が従来と同じ条件で融資を拡大し続けることが難しくなる可能性です。
金利上昇によって預金者がより高い利回りを求めるようになれば、銀行の資金調達コストも上昇します。
その結果、銀行は融資先の選別や採算管理を一段と重視することになります。
メガバンクもファンド融資へ進出
興味深いのは、銀行自身がプライベートクレジット市場に参入していることです。
三井住友銀行は米資産運用会社ニューバーガー・バーマンと共同でファンドを設立し、5年後に資金規模を5,000億円へ拡大する方針です。
三菱UFJフィナンシャル・グループも米ブラックロックなどと連携しています。
これは銀行が融資事業から撤退するという意味ではありません。
むしろ、銀行本体の融資とファンドを通じた融資を組み合わせ、資金供給能力を高める戦略です。
銀行が融資の組成や審査、顧客との関係構築を担い、ファンド投資家が信用リスクの一部を負担する仕組みが考えられます。
ただし、銀行がファンドに保証や信用補完を提供する場合などには、規制上の資本負担が残ることもあります。
ファンドを設立すれば銀行のリスクがすべてなくなるわけではありません。
銀行と投資ファンドの役割分担が進むことで、日本の企業金融は多様化していくと考えられます。
米欧で巨大市場に成長した背景
プライベートクレジットは米欧ではすでに大きな市場に成長しています。
英調査会社プレキンによると、北米のプライベートクレジット運用残高は2024年末時点で約1.5兆ドル、日本円で約230兆円に達しています。
日本の約200倍という規模です。
米欧では、金融危機後の銀行規制強化や機関投資家の利回り追求などを背景に、銀行以外の金融機関による企業融資が拡大してきました。
年金基金や生命保険会社にとって、プライベートクレジットは比較的高い利回りを期待できる投資対象です。
一方、企業にとっては銀行以外から長期資金を調達できる利点があります。
ただし、プライベートクレジットは上場債券と比べて市場価格が把握しにくく、途中売却も難しい場合があります。
融資先企業の信用力が悪化した際に、損失が表面化するまで時間がかかる可能性もあります。
市場が拡大するほど、融資審査の透明性やリスク管理の重要性が高まります。
中小企業の事業承継にも広がる可能性
日本でプライベートクレジットが広がることは、中小企業の事業承継にも影響する可能性があります。
後継者不足に直面する中小企業では、第三者へのM&Aが重要な選択肢となっています。
しかし、買収資金を銀行から十分に調達できなければ、事業承継が成立しない場合があります。
例えば、買収価格30億円の中小企業について、買い手が10億円を自己資金で用意し、残り20億円を調達するケースを考えます。
銀行が15億円までしか融資できない場合、5億円の資金不足が発生します。
この不足部分をファンド融資などで補うことができれば、買収が成立する可能性が高まります。
ただし、資金調達が可能になることと、買収後の経営が成功することは別問題です。
高い借入金利が買収後の企業の資金繰りを圧迫すれば、事業承継そのものが失敗するおそれもあります。
中小企業のM&Aでは、買収価格の妥当性だけでなく、買収後の返済能力を慎重に検証する必要があります。
税務と会計から見たプライベートクレジット
プライベートクレジットの拡大は、企業の税務や会計にも影響します。
まず、企業が支払う借入金利息は、原則として法人税の所得計算上、損金算入の対象になります。
ただし、国外関連者からの借り入れなどでは、過少資本税制や過大支払利子税制などによる制限が問題になる場合があります。
また、融資条件によっては、通常の借入金とは異なる会計上の検討が必要になります。
例えば、劣後ローンは返済順位が低いという特徴を持ちますが、劣後性があるだけで会計上の資本になるわけではありません。
返済義務や契約条件などを踏まえ、適用する会計基準に従って負債と資本の区分を判断します。
さらに、M&Aに伴う借り入れでは、買収後の利息負担や財務制限条項が企業経営に与える影響も重要です。
税務上の損金算入による節税効果だけに注目するのではなく、実際のキャッシュフローと財務健全性を総合的に評価する必要があります。
プライベートクレジット拡大のリスク
新しい資金供給手段には利点がある一方、リスクも存在します。
特に注意したいのは、信用リスクの銀行から投資ファンドへの移転です。
銀行が保有する融資債権をファンドへ売却すれば、銀行の信用リスクが軽減される場合があります。
しかし、企業の返済能力そのものが改善するわけではありません。
信用リスクの負担者が変わるだけです。
また、ファンドが高い利回りを追求するあまり、過度な借り入れを伴うM&Aを支援すれば、企業の財務基盤が弱体化する可能性があります。
景気後退局面では、買収先企業の収益悪化によって債務不履行が増えることも考えられます。
さらに、ファンドの資金調達に銀行融資が利用されている場合、リスクが銀行システムへ波及する可能性もあります。
プライベートクレジット市場の健全な成長には、適切な融資審査、情報開示、信用リスク管理が欠かせません。
結論
日本の企業金融は、銀行融資を中心とした仕組みから、銀行と投資ファンドが資金供給を分担する仕組みへ変化し始めています。
ポラリスの1,000億円規模のファンド構想や、トパーズの最大3,000億円規模の融資展開は、その象徴的な動きです。
M&Aや事業承継の増加によって企業の資金需要が拡大するなか、銀行以外の資金調達手段が増えることには大きな意味があります。
一方で、融資金利の上昇や過剰債務、信用リスクの不透明化には注意が必要です。
特に企業経営者は、資金を調達できるかどうかだけでなく、その資金を使って十分な利益とキャッシュフローを生み出せるかを考えなければなりません。
金融機関にとっても、融資残高を拡大することだけが成長戦略ではなくなります。
企業の資金需要を把握し、銀行融資、ファンド融資、資本性資金などを適切に組み合わせる能力が競争力を左右するでしょう。
今後の日本では、企業の資金調達力と金融機関のリスク管理能力が、産業再編の成否を決める重要な要素になると考えます。
参考
日本経済新聞 2026年10月21日 銀行貸し出しに迫る限界 ファンドが企業融資 ポラリス最大級1000億円
日本経済新聞 2026年10月21日 きょうのことば M&Aの融資とは 日本企業による買収に伴い残高が拡大