2026年10月21日
ニデックの会計不正問題が、企業経営者の法的責任を問う新たな段階に入りました。
2026年10月20日、ニデックは旧経営陣の法的責任を調査する委員会の報告書を公表しました。調査委員会は、創業者の永守重信氏を含む歴代5社長ら計9人について、不適切な会計処理を是正する義務を怠ったと認定しました。
会社に生じた損害は276億円と算定されています。
さらに、過去5期にわたる配当や自社株買いが会社法上の分配可能額を超過していた問題も浮上しています。その累計額は約2,400億円に達します。
今回の問題は、単なる会計処理の誤りではありません。
企業経営者が業績目標を優先するあまり、会計基準に従った損失処理を先送りした場合、どこまで法的責任を負うのかという、企業統治の根幹に関わる問題です。
歴代5社長が責任を問われた理由
今回、調査委員会が問題視したのは、ニデック社内で「負の遺産」と呼ばれていた損失リスクの高い事業や資産の処理です。
企業が保有する設備や事業の収益性が低下した場合、会計基準に従って資産価値を見直し、必要に応じて減損損失を計上しなければなりません。
しかし、ニデックでは2016年末ごろから負の遺産への対応を進めながらも、業績目標の達成が優先され、適切な損失処理が進まなかったとされています。
一部の損失については、構造改革費用という名目を使い、計上時期を翌期以降に先送りしていました。
調査委員会は、永守氏ら経営トップが会計処理について誤った認識を持ち、最高財務責任者などがトップの意向を優先していたと指摘しています。
さらに、歴代社長や常勤監査役なども、不適切な処理方針を是正しなかったと認定しました。
重要なのは、会計処理を直接指示した人物だけでなく、問題を認識できる立場にありながら是正しなかった経営者にも責任が認定されたことです。
会社法が定める取締役の責任
会社法423条1項は、取締役などの役員が任務を怠ったことによって株式会社に損害を生じさせた場合、会社に対して損害賠償責任を負うと定めています。
この責任を考えるうえで重要なのが、善管注意義務と忠実義務です。
善管注意義務とは、取締役がその地位や職務に応じて、通常期待される注意を払って会社を経営する義務です。
忠実義務とは、法令や定款、株主総会の決議を遵守し、会社のために忠実に職務を遂行する義務です。
経営者には事業上の判断について一定の裁量が認められます。
しかし、会計基準に適合しない処理を認識しながら放置することまで、経営判断として保護されるわけではありません。
今回の調査委員会は、歴代社長らが負の遺産の処理状況について報告を受け、会計基準に適合しないことを認識できたにもかかわらず、是正しなかった点を重視しています。
もっとも、調査委員会による責任認定は、裁判所による賠償責任の確定とは異なります。
実際に訴訟となった場合には、義務違反の有無、損害の発生、因果関係、損害額などが改めて審理されます。
276億円の損害は何を意味するのか
今回の報告書では、歴代社長ら9人の義務違反によって会社に生じた損害を276億円と算定しています。
その内容には、会計不正への対応に必要となった調査費用、監査費用、東京証券取引所から徴求の通知を受けた9,120万円の上場違約金などが含まれています。
ここで重要なのは、会計上の損失と法律上の損害賠償額を区別することです。
例えば、ある企業が設備投資に1,000億円を投じたものの、事業環境の悪化によって資産価値が400億円まで低下したとします。
この場合、会計上は600億円の減損損失が生じる可能性があります。
しかし、その600億円がそのまま経営者の損害賠償責任になるわけではありません。
事業環境の悪化によって生じた経済的損失と、会計不正によって会社に追加的に発生した損害は、法律上区別して考える必要があります。
今回のニデックでも、巨額の減損損失が計上されていますが、それが直ちに役員個人の賠償額になるわけではありません。
今後の訴訟では、任務懈怠と相当因果関係のある損害がどこまで認められるかが重要な争点になります。
2,400億円の過大配当問題が残されている
今回の報告書で結論が示されなかった重大な問題があります。
それが、会社法上の分配可能額を超える配当や自己株式取得です。
ニデックでは、2025年3月期までの5期連続で、配当や自社株買いが分配可能額を超過していたとされています。
累計の超過額は約2,400億円です。
会社法では、株主への配当や自己株式取得について、会社財産の流出を制限するために分配可能額の規制を設けています。
この規制は、株主への利益還元を認める一方で、会社債権者を保護する役割を担っています。
仮に会計上の利益や純資産が過大に計上されていれば、本来認められない水準の配当や自己株式取得が行われる可能性があります。
会社法462条は、分配可能額を超える剰余金の配当などについて、一定の関係者が会社に対して金銭を支払う義務を負う仕組みを定めています。
ただし、誰がどの範囲で責任を負うかは、行為の内容や各役員の関与、法定の要件によって異なります。
今回の調査委員会は、過年度の訂正有価証券報告書が未提出で数値が確定していないため、この問題について責任判断を見送りました。
したがって、約2,400億円という超過額が、そのまま特定の役員の賠償責任額として確定したわけではありません。
今後、訂正決算が確定した段階で、会社法上の責任が改めて検討される可能性があります。
社外取締役は責任を免れるのか
今回の報告書では、社外取締役の法的責任については認定されませんでした。
調査委員会は、社外取締役が負の遺産の具体的な処理方針を認識していたことを示す証拠は発見されなかったとしています。
しかし、この結論をもって社外取締役に監督責任が存在しないと考えるのは早計です。
社外取締役には、経営陣から独立した立場で業務執行を監督する役割があります。
特に、巨額の設備投資を継続する企業や、業績目標の達成圧力が強い企業では、会計上の見積りや減損判断に注意を払う必要があります。
例えば、事業計画と実績の乖離が続いているにもかかわらず、減損損失が計上されていない場合には、その合理性を確認することが求められます。
もっとも、社外取締役が不正を発見できなかったという結果だけで、直ちに法的責任が認められるわけではありません。
どのような情報を入手できたのか、疑問を抱くべき兆候があったのか、必要な確認や対応を行ったのかといった事情が重要になります。
今回の問題は、社外取締役に必要な情報が適切に共有される仕組みそのものを見直す契機にもなるでしょう。
東芝事件との比較から見える司法判断の難しさ
ニデックの問題を考えるうえで参考になるのが、東芝の会計不正事件です。
東芝は2015年、旧経営陣5人に対して善管注意義務違反などを理由に損害賠償請求訴訟を起こしました。
しかし、2026年10月には、東芝側の請求を認めない司法判断が確定したと報じられています。
この事例から分かるのは、企業内部の調査によって経営責任が指摘されたとしても、裁判で損害賠償責任が認められるとは限らないということです。
裁判所は、個々の役員について、どのような義務があり、具体的に何を怠り、その結果として会社にどのような損害が発生したのかを検討します。
経営上の責任と法律上の賠償責任は、必ずしも一致しません。
ニデックについても、276億円という損害額が示されたことは重要ですが、今後の法的手続きで全額が認められるかどうかは別の問題です。
経営管理の現場が学ぶべき教訓
今回の問題は、大企業だけの特殊な事件ではありません。
中小企業や同族企業でも、経営者の意向が会計処理に強く反映されることがあります。
例えば、ある製造業で、新規事業の設備投資が当初計画を大幅に下回る収益しか生んでいないとします。
経理部門が減損の検討を提案しても、経営者が翌期の業績回復を期待して処理を先送りするよう求めるケースが考えられます。
将来の収益改善見通しに合理的な根拠があれば、必ずしも減損が必要になるとは限りません。
しかし、客観的な資料がないまま楽観的な事業計画を採用し続ければ、会計上の問題が生じる可能性があります。
こうした事態を防ぐためには、経理部門の専門的判断を尊重し、会計上の重要な見積りについて取締役会や監査役に適切に報告することが必要です。
また、会計処理を巡って経営者と経理部門の見解が異なる場合には、議論の内容や判断根拠を記録しておくことも重要です。
会計不正を防止する仕組みは、経理部門だけで完結するものではありません。
経営者、取締役会、監査役、内部監査部門、会計監査人が、それぞれの役割を果たす必要があります。
結論
ニデックの会計不正問題は、歴代5社長らの法的責任が調査委員会によって認定されたことで、新たな局面に入りました。
276億円の損害額は、会計不正への対応が企業にどれほど大きな負担をもたらすかを示しています。
さらに、約2,400億円にのぼる分配可能額超過問題は、今後の重要な検討課題として残されています。
今回の事件で特に注目すべきなのは、不適切な会計処理を直接実行した人物だけでなく、問題を認識できる立場にありながら是正しなかった経営者の責任が問われている点です。
企業経営では、売上高や利益の目標達成が重要です。しかし、そのために会計基準を軽視することは許されません。
経営者が守るべきものは、短期的な業績目標だけではなく、財務報告の信頼性と企業の持続的な価値です。
ニデックが今後、旧経営陣への法的措置をどのように進めるのか、過大配当問題にどのような結論を出すのかが注目されます。
同時に、今回の事件は日本企業全体に対して、経営トップの意向に左右されない会計管理体制と、実効性のある企業統治の重要性を改めて問いかけています。
参考
日本経済新聞 2026年10月21日朝刊 ニデック調査委、歴代5社長に損失先送りの責任認定 損害は276億円
日本経済新聞 2026年10月21日朝刊 ニデック不正、弁護士に聞く「焦点は賠償額算定」「社外役員の責任課題」
会社法423条、462条