企業の事業再編が加速する時代へ 投資家が注目する稼ぐ力の部門格差と企業価値向上の新潮流

経営

日本企業の経営改革が新たな段階に入りつつあります。

これまで株式市場では、自社株買いや増配、政策保有株式の売却など、資本政策を通じた企業価値向上が注目されてきました。しかし、最近では、企業が保有する事業そのものを見直し、収益力の低い事業を切り離す事業再編への期待が高まっています。

特に機関投資家が注目しているのが、同じ企業の中に存在する高収益事業と低収益事業の利益率の格差です。

2026年10月の日本経済新聞によると、複数の事業を抱える企業のうち、事業部門ごとの収益力に大きな差がある企業に投資資金が集まり始めています。

これは単なる株式市場の投資テーマではありません。

日本企業が長年抱えてきた多角化経営の課題や、資本効率を重視した経営への転換を象徴する動きといえます。

今回は、事業再編が注目される背景、投資家が重視する指標、具体的な企業事例、そして今後の企業経営への影響について解説します。

企業価値向上の主役が資本政策から事業再編へ移行

日本企業の企業価値向上策は、ここ数年で大きく変化してきました。

東京証券取引所が2023年に資本コストや株価を意識した経営を要請して以降、多くの上場企業が資本効率の改善に取り組んでいます。

その代表的な施策が、自社株買い、増配、政策保有株式の縮減などです。

これらは株主資本の効率的な活用につながり、株価純資産倍率であるPBRや自己資本利益率であるROEの改善を後押ししてきました。

しかし、資本政策だけで企業価値を高め続けることには限界があります。

企業が本質的に成長するためには、事業そのものの収益力を高める必要があるからです。

そこで注目されているのが、事業ポートフォリオの再構築です。

事業ポートフォリオとは、企業が保有する複数の事業の組み合わせを意味します。

高収益事業への経営資源の集中、低収益事業の売却、不採算事業からの撤退などを通じて、企業全体の収益力を高める考え方です。

これまでの企業価値向上が財務面の改革を中心としていたとすれば、今後は事業構造そのものの改革が重要になると考えられます。

投資家が注目する稼ぐ力の部門格差

機関投資家が事業再編の可能性を判断する際に注目するのが、事業セグメントごとの利益率です。

事業セグメントとは、企業が事業内容や製品、サービスなどに応じて区分した経営管理上の単位です。

例えば、ある企業が3つの事業を展開しているとします。

第1事業の売上高営業利益率が25%、第2事業が10%、第3事業がマイナス5%だった場合、最も収益力の高い事業と低い事業の差は30ポイントになります。

このような企業では、高収益事業が生み出した利益を低収益事業の維持に使っている可能性があります。

低収益事業を売却したり、独立させたりすることで、企業全体の収益性が改善する余地があります。

ただし、利益率の格差が大きいことだけで、事業再編が必要と判断できるわけではありません。

事業間の相乗効果、成長段階の違い、設備投資負担、景気循環の影響なども考慮する必要があります。

重要なのは、利益率の格差が一時的なものなのか、構造的なものなのかを見極めることです。

構造的な収益力格差が長期間続いている企業ほど、事業再編の必要性が高まる可能性があります。

FUJIに見る高収益事業と低収益事業の明暗

具体的な事例として注目されているのが、産業用ロボットメーカーのFUJIです。

同社は電子部品を基板に取り付けるロボットを製造しており、データセンター関連需要の拡大が業績を押し上げています。

2026年3月期には、ロボット事業のセグメント利益が前期比で約2倍となりました。

一方、祖業である工作機械事業は赤字となり、事業間の収益力格差が鮮明になっています。

このような企業では、成長事業への投資を拡大する一方で、低収益事業の立て直しや切り離しを検討することが合理的な選択肢となります。

実際に、同社の株価は記事で取り上げられた過去1カ月間で26%上昇し、日経平均株価の8%を大きく上回りました。

もっとも、株価上昇のすべてが事業再編期待によるものとは限りません。

成長事業の業績拡大や市場全体の評価変化など、複数の要因が影響していると考えられます。

それでも、投資家が事業間の収益力格差を企業価値向上の余地として捉え始めていることは重要です。

住友電工では事業利益率に17.6ポイントの格差

住友電気工業も、事業間の収益力格差が注目される企業の一つです。

2026年3月期には、最も利益率が高い情報通信関連事業と、最も低い自動車関連事業の利益率の差が17.6ポイントとなりました。

情報通信関連事業では、光ファイバーなどの製品がデータセンター投資の拡大による恩恵を受けています。

一方、自動車関連事業は、原材料価格や人件費の上昇、価格競争などの影響を受けやすい構造があります。

ただし、自動車関連事業は同社の重要な事業基盤でもあり、利益率の低さだけで売却すべきとはいえません。

今後は、事業ごとの投下資本利益率であるROICや将来の成長性、事業間の相乗効果などを総合的に判断する必要があります。

企業経営において重要なのは、利益額の大きさだけでなく、投入した資本に対してどれだけの利益を生み出しているかという視点です。

富士フイルムの事業分離構想が示す経営改革

富士フイルムホールディングスも、事業ポートフォリオ改革の観点から注目されています。

同社は2026年8月、オフィス向け複合機事業を手掛ける子会社のスピンオフを検討する方針を示しました。

スピンオフとは、企業が特定の事業を分離し、独立した会社として経営させる手法です。

これにより、分離された会社と既存会社が、それぞれの事業特性に適した経営戦略を実行しやすくなります。

富士フイルムの場合、オフィス向け複合機事業を分離することで、半導体材料やヘルスケア、イメージングなどの事業が企業価値評価の中心になる可能性があります。

これらの事業は、技術力や市場成長性の面で競争優位性を発揮できる領域です。

記事では、同社のPBRが1倍程度にとどまっていることも指摘されています。

事業再編によって成長事業の収益力が明確になれば、市場の評価が変化する可能性があります。

もっとも、事業分離には独立後の管理コストや共通機能の再構築などの負担も伴います。

事業再編の効果は、分離すること自体ではなく、分離後に企業価値を高められるかどうかで判断すべきです。

パーシャルスピンオフが事業再編を後押し

事業再編を促進する制度として注目されるのが、パーシャルスピンオフです。

通常のスピンオフでは、親会社が対象事業を完全に分離することを想定します。

これに対し、パーシャルスピンオフでは、親会社が分離会社の株式の一部を保有し続けることができます。

親会社との資本関係を一定程度維持しながら、事業の独立性を高められる点が特徴です。

2026年10月1日には、レゾナック・ホールディングスがこの制度を利用して石油化学事業を分離しました。

記事によると、同社の株価は実行前の9月末から17%上昇しています。

この動きは、事業再編が市場から評価される可能性を示しています。

ただし、パーシャルスピンオフの税務上の取扱いには注意が必要です。

一定の要件を満たす場合には税制上の特例が適用されますが、すべての事業分離が自動的に非課税となるわけではありません。

株式の保有割合、事業継続、支配関係、適用期限など、対象となる制度の要件を個別に確認する必要があります。

今後、事業再編税制の整備が進めば、企業が事業分離を選択する際の障壁が低くなることも期待されます。

アクティビストの要求も事業再編へ変化

企業に経営改革を求めるアクティビストの行動にも変化が見られます。

従来は、自社株買いや増配、取締役の選任など、株主還元や企業統治に関する提案が中心でした。

しかし、最近では低収益事業の売却や撤退を直接求める動きが目立っています。

例えば、ストラテジックキャピタルは、化学品メーカーのKHネオケムに対する株式保有目的として、基礎化学品事業の全部または一部の譲渡や休廃止、配当性向100%となる配当の実施を掲げています。

これは単なる株主還元の要求ではありません。

低収益事業を切り離し、残る事業の収益力を明確にすることで、企業価値を高めようとする考え方です。

岡三証券の集計によると、2026年5月から9月末までにアクティビストが保有目的を開示した129件のうち、61件に事業の譲渡や休廃止に関する項目が含まれていました。

全体の約47%に相当します。

ただし、これは実際に61件の事業再編が実行されたという意味ではありません。

重要提案行為に関する保有目的の開示であり、実行の有無とは区別する必要があります。

それでも、アクティビストの関心が資本政策から事業構造の改革へ広がっていることは明らかです。

事業再編で重要になるROIC経営

事業再編を考えるうえで、今後ますます重要になるのがROIC経営です。

ROICは投下資本利益率と呼ばれ、事業に投じた資本に対して、どれだけの税引後営業利益を生み出しているかを示します。

一般的には、税引後営業利益を投下資本で割って算出します。

例えば、ある事業の投下資本が1,000億円で、税引後営業利益が80億円であれば、ROICは8%です。

一方、別の事業の投下資本が500億円で、税引後営業利益が10億円であれば、ROICは2%となります。

ここで重要なのが、加重平均資本コストであるWACCとの比較です。

仮にWACCが6%であれば、ROICが8%の事業は資本コストを上回る利益を生み出しています。

しかし、ROICが2%の事業は資本コストを下回っており、経済的な価値を十分に創出できていない可能性があります。

企業が限られた経営資源をどの事業に配分するかを判断する際、ROICとWACCの比較は有効です。

今後の事業再編では、単純な営業利益率の比較だけでなく、資本効率の観点から事業の存続や売却を判断する動きが広がると考えられます。

事業再編は会計と税務にも大きな影響を与える

事業再編は経営戦略だけでなく、会計や税務にも大きな影響を及ぼします。

まず、事業売却では、売却対象となる資産や負債の範囲を明確にする必要があります。

事業譲渡なのか、会社分割なのか、株式譲渡なのかによって、会計処理や税務上の取扱いが異なります。

また、事業の切り離しに伴い、固定資産の減損損失や事業再編費用が発生する可能性があります。

例えば、低収益事業を売却する前に、その事業に属する設備やのれんの回収可能性を見直す必要が生じることがあります。

税務面では、組織再編税制の適格要件が重要です。

適格組織再編に該当する場合には、一定の資産や負債を税務上の簿価で引き継ぐことが認められる一方、非適格組織再編では時価評価による課税関係が生じる場合があります。

さらに、繰越欠損金の引継ぎや利用制限、消費税の取扱いなども検討する必要があります。

したがって、事業再編を成功させるためには、経営戦略、財務、会計、税務、法務を横断した検討が不可欠です。

中小企業にも求められる事業ポートフォリオの見直し

事業再編は大企業だけの課題ではありません。

中小企業においても、複数の事業を展開している場合には、事業ごとの収益力を把握することが重要です。

例えば、製造業が本業の加工事業に加え、不動産賃貸事業や新規サービス事業を展開しているケースがあります。

企業全体では黒字でも、特定の事業が継続的に赤字を生み出している場合があります。

このような状況では、事業別損益を把握し、将来性や経営資源の配分を見直す必要があります。

特に中小企業では、経営者の経験や過去の取引関係を重視するあまり、採算性の低い事業を長期間維持していることがあります。

しかし、人件費や原材料費、資金調達コストが上昇する環境では、すべての事業を維持することが難しくなる可能性があります。

事業再編は必ずしも事業売却を意味するものではありません。

不採算商品の廃止、取引先の見直し、生産拠点の集約、事業承継型M&Aなども、広い意味での事業ポートフォリオ改革です。

重要なのは、企業全体の売上高を維持することよりも、持続的に利益とキャッシュフローを生み出せる事業構造を構築することです。

投資家は事業再編の可能性をどのように見極めるか

今後、事業再編を投資判断に活用する場合には、複数の視点から企業を分析する必要があります。

まず確認したいのが、有価証券報告書や決算説明資料に記載されているセグメント情報です。

事業ごとの売上高、利益、利益率、資産規模などを比較することで、収益力の格差を把握できます。

次に重要なのが、低収益事業の改善可能性です。

一時的な景気悪化による赤字なのか、競争力の低下による構造的な赤字なのかによって、経営判断は異なります。

さらに、経営陣が事業ポートフォリオ改革に積極的かどうかも重要です。

中期経営計画において、ROICや資本コストを重視した経営方針が示されている企業は、事業再編を進める可能性があります。

一方、事業再編の期待だけで株価が大きく上昇している場合には注意が必要です。

実際に再編が実行されなかった場合や、期待された収益改善が実現しなかった場合には、株価が下落する可能性があります。

また、売却価格が低すぎたり、成長事業との相乗効果を失ったりすれば、事業再編によって企業価値が低下することもあります。

投資家にとって重要なのは、事業再編の有無ではなく、再編によって将来の利益とキャッシュフローがどれだけ改善するかを見極めることです。

結論

日本企業の企業価値向上は、資本政策中心の改革から、事業構造そのものを見直す段階へ移行しつつあります。

これまでの日本企業では、長年育ててきた事業を維持することが経営上の重要な価値とされてきました。

しかし、人口減少や人手不足、原材料価格の上昇、金利環境の変化などを背景に、すべての事業を抱え続けることの合理性が問われています。

機関投資家が注目する稼ぐ力の部門格差は、企業の内部に存在する経営課題を可視化する一つの指標です。

FUJIや住友電工のように、事業間の収益力格差が大きい企業では、今後の経営資源の配分が企業価値を左右する可能性があります。

また、富士フイルムやレゾナックの事例は、事業分離が企業価値向上の選択肢となり得ることを示しています。

ただし、低収益事業を切り離せば必ず企業価値が高まるわけではありません。

重要なのは、事業ごとの資本効率や成長性を適切に評価し、企業全体として持続的に利益を生み出せる構造を構築することです。

これからの企業経営では、事業を増やす能力だけでなく、事業を選択し、必要に応じて手放す能力が問われます。

そして投資家にとっても、現在の業績だけでなく、将来の事業構造の変化を先取りする視点が重要になります。

企業価値を高める主役は、最終的には企業自身です。

経営陣が自ら事業ポートフォリオ改革に踏み出せるかどうかが、今後の日本企業の競争力を左右する重要な分岐点になると考えられます。

参考

日本経済新聞 2026年10月10日付朝刊 企業の事業再編、シグナルは「稼ぐ力の部門格差」 機関投資家が先回り

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