東京都では近年、子育て支援など独自の行政サービスが相次いでいます。
第1子の保育料無償化や夏場の水道基本料金の無償化など、住民の生活に直接関係する施策も少なくありません。
住民にとって行政サービスが充実することは歓迎すべきことです。
しかし、少し視点を広げると別の問題が見えてきます。
東京都と隣接する埼玉県、千葉県、神奈川県などとの間で、自治体の財政力によって受けられる行政サービスに差が生まれる可能性があるからです。
なぜ東京都はこれほど独自政策を実施できるのでしょうか。
東京には大きな自主財源がある
最大の理由は東京都自身が確保できる税収の大きさです。
東京都の税収は2008年度に5兆2,801億円でした。
2026年度には7兆3,856億円が見込まれています。
18年間で約4割増えた計算です。
東京には多くの企業や高所得者が集中しています。
法人関係税や個人住民税などの税源が厚く、自主財源を確保しやすい構造になっています。
国から財源を配分してもらわなくても、自らの税収を使って政策を展開できることが東京都の大きな強みです。
財政力が高いと独自政策を実施しやすい
地方自治体が行う行政サービスには、大きく考えると全国的に一定水準を維持するものと、自治体が独自に上乗せするものがあります。
学校、道路、消防、福祉などの基本的な行政サービスは全国どこでも必要です。
地方税収だけではこうしたサービスを維持できない自治体には、地方交付税などを通じて財源が補われます。
一方、その標準的な水準を超える政策をどこまで実施できるかは、自治体の財政力によって違ってきます。
自主財源に余裕があれば、国の制度に上乗せした支援や独自の給付を行いやすくなります。
東京都の強い財政力は、この上乗せ部分を充実させる力になっています。
子育て支援は自治体格差が見えやすい
特に住民が違いを感じやすいのが子育て支援です。
保育料、医療費、教育費、給食費などは、子育て世帯の家計に直接影響します。
東京都が第1子の保育料無償化などを進めれば、対象となる家庭にとって経済的なメリットは大きくなります。
ところが都県境を越えれば、同じ制度が存在するとは限りません。
東京で働く2人が同じ程度の収入を得ていても、東京都に住むのか隣県に住むのかによって受けられる行政サービスが異なる可能性があります。
生活圏は一体化しているのに行政サービスには境界線があるという問題です。
都県境を越えるだけでサービスが変わる
東京圏では鉄道網が発達し、都県境を越えて通勤することは珍しくありません。
勤務先は東京都でも、自宅は埼玉県、千葉県、神奈川県という人は数多くいます。
日常生活では同じ経済圏に暮らしている感覚が強いでしょう。
しかし行政制度では住所地が重要です。
子育て支援や高齢者支援など自治体独自のサービスについては、住んでいる自治体によって内容が変わります。
その差が小さいうちは大きな問題にならなくても、東京都の財政力が高まり、独自施策が次々と増えていけば、住民が感じる格差も大きくなります。
行政サービスが住宅選びにも影響する
行政サービスの差が拡大すれば、住む場所を決める際の判断材料にもなります。
住宅価格や家賃、通勤時間だけでなく、自治体から受けられる支援も含めて居住地を比較する人が増える可能性があります。
特に子育て世帯の場合、保育や教育への支援は長期間にわたって家計へ影響します。
多少住宅費が高くても行政サービスの充実した地域を選ぶという判断が出てくるかもしれません。
行政サービスが自治体の競争力の1つになるわけです。
人口移動がさらに税収格差を広げる可能性
ここには注意すべき循環があります。
財政力の強い自治体が行政サービスを充実させます。
それを魅力に感じた住民が移住します。
人口が増えれば住民税や消費に関連する税収が増えます。
税収が増えれば、さらに行政サービスを充実させる余力が生まれます。
反対に人口が流出する自治体では、税収が減少します。
税収が減れば独自施策を拡大しにくくなり、行政サービスの差がさらに広がる可能性があります。
財政力格差が行政サービス格差を生み、そのサービス格差が人口移動を通じて財政力格差を拡大する構造です。
周辺3県が危機感を強める理由
こうした問題に危機感を強めているのが埼玉県、千葉県、神奈川県です。
従来、東京と地方の財政格差というと、首都圏と地方圏の対立として捉えられることが多くありました。
しかし現在は東京とその周辺県との格差も問題になっています。
周辺3県には東京へ通勤する住民が多く暮らしています。
昼間は東京都内で働き、夜になると周辺県へ帰ります。
住宅や学校など住民生活を支える行政サービスは居住する自治体が担います。
それにもかかわらず、企業や高所得の雇用が東京へ集中すれば、税源も東京へ偏りやすくなります。
周辺県が税収偏在の是正を求める背景には、この構造があります。
東京のサービスを下げればよいわけではない
もっとも、東京都の行政サービスが充実していること自体を問題とするのは適切ではありません。
自治体が税収を住民のために活用するのは当然だからです。
東京都民や東京都内の企業が負担した税金を、東京都民の行政サービスに使うという考え方には合理性があります。
問題は、東京都のサービスを抑えることではありません。
居住地によって基本的な行政サービスに過度な格差が生じないよう、地方財政制度全体をどう設計するかです。
東京の行政サービスを引き下げて格差を縮めるのではなく、他の自治体も必要なサービスを提供できる財政基盤をつくることが重要です。
全国一律と自治体独自の境界が難しい
もう1つ考えなければならないのが、どこまで全国一律の行政サービスにするのかという問題です。
すべての自治体が同じサービスを提供するのであれば、地方自治の意味は小さくなります。
地域によって人口構成も産業も住民のニーズも違います。
それぞれの自治体が地域事情に応じて政策を工夫することは必要です。
一方で、子育てや教育など基本的な生活条件について、住んでいる自治体によって極端な差が生じることにも問題があります。
自治体独自の政策競争を認めながら、全国で一定水準の行政サービスを保障する。
地方財政制度には、この難しいバランスが求められます。
税収格差よりサービス格差を見る
地方財政の議論では、東京都の税収が7兆円を超えた、財政力指数が1.525になったといった数字が注目されます。
しかし住民にとって本当に重要なのは税収額そのものではありません。
その財源によって、どのような行政サービスを受けられるかです。
東京と地方の税収に差があっても、地方交付税などによる調整によって住民サービスに大きな差が生じなければ問題は小さくなります。
反対に財政調整後も大きな行政サービス格差が残るのであれば、制度を見直す必要性は高まります。
税収偏在を議論するときには、入口である税収だけでなく、出口である住民サービスまで見ることが重要です。
結論
東京都が充実した独自の行政サービスを実施できる背景には、7兆円を超える税収と強い自主財源があります。
その財政力を住民サービスに還元すること自体は、地方自治の本来の姿ともいえます。
一方、東京都と周辺自治体の財政力に大きな差が生まれれば、同じ首都圏で暮らしていても住所によって受けられるサービスが大きく異なる可能性があります。
さらに、その差が人口移動を促せば、税収格差が一段と拡大する循環も考えられます。
問われているのは、東京の行政サービスを抑えることではありません。
自治体が独自性を発揮できる地方自治を維持しながら、どこに住んでも必要な行政サービスを受けられる財政制度をどうつくるのかです。
税収格差の本当の問題は、金額の違いそのものではなく、それが住民の生活の格差にまでつながるかどうかにあるのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年10月8日朝刊 東京と地方の財政格差、08年度以来の大きさ 総務省が再配分拡大検討