地方交付税の不交付団体と聞くと、財政的に豊かな自治体という印象を持つ人は多いでしょう。
国から普通交付税を受け取らなくても、自らの税収などで必要な行政サービスを賄える自治体だからです。
ところが、年間2,000万人以上の観光客が訪れる神奈川県箱根町を見ると、それほど単純ではないことが分かります。
箱根町は1958年以来、地方交付税の不交付団体です。
一方で町は、2028年度以降に毎年約10億円の財源不足が生じると見込んでいます。
不交付団体なのに財源不足になる。
この一見矛盾した状況には、観光自治体ならではの事情があります。
地方交付税は自治体間の財源格差を調整する
地方自治体によって税収には大きな差があります。
大企業が集まる地域もあれば、人口減少などによって十分な税収を確保することが難しい地域もあります。
しかし、住んでいる地域によって最低限必要な行政サービスに極端な差が生じることは望ましくありません。
そこで重要な役割を果たしているのが地方交付税です。
自治体の標準的な行政需要と標準的な収入を一定の方法で計算し、財源が不足すると判断された自治体に普通交付税が交付されます。
反対に、必要とされる財源を自らの収入で賄えると判断されれば、普通交付税は交付されません。
これが不交付団体です。
不交付団体イコール財政に余裕があるとは限らない
ここで注意したいのは、不交付団体という言葉の意味です。
国の算定上、基準となる財政需要を基準となる財政収入で賄えるということであり、将来にわたって自治体の財政に余裕があることを保証するものではありません。
自治体には、それぞれ固有の事情があります。
老朽化した公共施設の更新が集中する場合もあります。
災害対策に多額の費用が必要になる地域もあります。
そして箱根町のような観光自治体では、住民人口から想像される以上の行政サービスを提供する必要があります。
不交付団体かどうかだけで自治体の財政状況を判断すると、実態を見誤る可能性があります。
箱根町には観光地ならではの税収がある
箱根町には全国有数の観光地ならではの税収があります。
町内にはホテルや旅館、飲食店、観光施設、別荘など数多くの資産があります。
特に土地や建物などに課税される固定資産税は、自治体にとって重要な自主財源です。
人口約1万人という規模だけを見れば小さな自治体ですが、観光関連施設や別荘などの存在によって一定の税収を確保できます。
その結果、財政力がある自治体と判断され、長年にわたって普通交付税の不交付団体となってきました。
しかし、観光は収入だけをもたらすわけではありません。
年間2000万人以上を受け入れる費用がかかる
箱根町の特殊性は、人口約1万人に対して年間2,000万人以上の観光客を受け入れていることです。
観光客が訪れれば、ごみが発生します。
道路を利用します。
上下水道も使われます。
事故や急病があれば救急体制が必要になります。
宿泊施設などで火災が発生した場合に備え、消防体制も整備しなければなりません。
2024年度の箱根町のごみ処理費は7.7億円に達しました。
人口5万から6万人規模の自治体と同程度とされています。
さらに、山間部に温泉地や別荘地などが点在しているため、消防費や下水道費も同規模の自治体の2倍以上にかかります。
人口約1万人だから、1万人分の行政コストで済むわけではありません。
収入には観光地の強さが表れやすい
ここに箱根町の財政構造を理解する重要なポイントがあります。
観光地であることによるプラスとマイナスが、必ずしも同じように財政制度へ反映されるわけではないということです。
ホテルや旅館、別荘などの固定資産は、税収として比較的把握しやすいものです。
観光地であることによる財政上の強さが、収入面に表れます。
一方、年間2,000万人以上の観光客によって発生するごみ処理や消防、救急、道路などの負担は複雑です。
観光客は住民ではありません。
住民人口などを重要な基準として行政需要を考える仕組みでは、観光客の存在による負担を完全に反映することは難しくなります。
観光地としての収入は見えやすいのに、観光地としてのコストは見えにくいという問題です。
財政力を測る数字にも限界がある
自治体の財政を見る際には、財政力指数などさまざまな指標が使われます。
こうした指標は自治体間を比較するうえで非常に重要です。
しかし、どの指標にも限界があります。
例えば、同じ人口1万人の自治体でも、年間を通じて住民を中心に行政サービスを提供する地域と、年間2,000万人以上の観光客を受け入れる地域では必要な行政体制が違います。
山間部に集落や観光施設が点在する地域と、平地に住宅が集中している地域でもインフラ維持費は異なります。
数字は財政状況を理解する出発点にはなりますが、それだけで自治体の実情を判断することはできません。
毎年10億円不足するという現実
箱根町の財政問題を象徴するのが、2028年度以降の見通しです。
町は毎年約10億円の財源不足を見込んでいます。
現在の町税収は約60億円です。
その規模から考えると、毎年10億円の不足は極めて重い負担です。
そこで町が導入を目指しているのが宿泊税です。
1人1泊350円を徴収し、年間約14億円の税収を確保する計画です。
現在の町税収を2割以上押し上げる規模になります。
不交付団体であっても、新たな自主財源を確保しなければ将来の行政サービスを維持できない。
箱根町の宿泊税構想は、その厳しい財政事情から生まれています。
自主財源をどう確保するか
地方財政を考えるとき、今後ますます重要になるのが自主財源です。
自治体自身が地域の事情に応じて確保できる財源です。
特に観光自治体では、住民だけに追加負担を求めることには限界があります。
観光客によって行政需要が増えているのであれば、その一部を観光客にも負担してもらうという考え方が出てきます。
箱根町が宿泊税を選択したのは、その意味で合理的です。
宿泊という把握しやすい行為に課税し、観光客にも地域を維持する費用の一部を負担してもらいます。
しかも目的税ではなく普通税とすることで、ごみ処理、消防、救急、道路など幅広い行政需要に対応できるようにします。
不交付団体という看板だけを見ない
自治体財政について報道されると、財政力指数や地方交付税の交付団体か不交付団体かといった数字に注目しがちです。
もちろん重要な指標です。
しかし、その数字の背景にある地域構造を見る必要があります。
観光客は何人訪れているのか。
昼間人口はどれくらい増えるのか。
行政区域はどれくらい広いのか。
山間部や離島など地理的な制約はあるのか。
公共施設やインフラの更新時期はいつなのか。
こうした事情によって、同じ人口規模でも必要な財政支出は大きく変わります。
不交付団体だから裕福だという単純な理解では、自治体財政の実像を捉えることはできません。
結論
箱根町は1958年以来、地方交付税の不交付団体です。
それだけを見れば、財政的に恵まれた自治体に見えます。
しかし実際には、人口約1万人の町が年間2,000万人以上の観光客を受け入れています。
そのため、ごみ処理、消防、救急、道路、下水道などに人口規模から想像される以上の費用が必要です。
そして2028年度以降には、毎年約10億円の財源不足が見込まれています。
箱根町の事例が教えてくれるのは、不交付団体という言葉だけで自治体の豊かさを判断してはいけないということです。
税収がどれだけあるかだけではなく、その地域がどのような行政需要を抱えているのかを見る必要があります。
人口減少が進む一方で観光客などの交流人口が増える地域では、この問題はさらに重要になります。
地方財政を見るときに必要なのは、財政力を示す数字だけではありません。
その数字では捉えきれない地域固有のコストまで見ることです。
箱根町の宿泊税構想は、地方財政の本当の豊かさとは何かを改めて問いかけています。
参考
日本経済新聞 2026年10月7日朝刊 箱根町、苦しい台所事情が迫る宿泊「普通税」 全国初で2割増収