長年続けてきた資産形成は、いつか「貯める」段階から「使う」段階へ移ります。
特に退職後は給与収入が減少し、年金と金融資産の取り崩しによって生活する人が増えます。
そこで難しいのが、投資資産をどのようなペースで使うかという問題です。
株価が上昇しているときには、資産を取り崩しても残高がなかなか減らないことがあります。
しかし相場が大きく下落したときに同じ金額を取り崩し続けると、資産寿命を急速に縮める可能性があります。
資産形成では「いくら増やすか」が注目されます。
一方、退職後は「どう取り崩すか」が同じくらい重要になります。
資産形成と資産活用は別の技術
現役時代の資産形成では、基本的に給与から一定額を積み立てます。
株価が下落すれば、同じ金額でより多くの株式や投資信託を購入できます。
長期積み立てでは、相場下落を必ずしも悪いことと考える必要はありません。
しかし取り崩し期は逆です。
株価が下落しているときにも生活費が必要であれば、安くなった資産を売却しなければなりません。
そして一度売却した資産は、その後相場が回復しても元には戻りません。
この違いを理解することが重要です。
同じ年間300万円でも意味が違う
例えば3,000万円の投資資産を保有している人が、年間300万円を生活費として取り崩すとします。
資産価格が変わらなければ、単純計算では資産の10%を取り崩すことになります。
ところが株価下落によって資産が2,400万円になった後も年間300万円を取り崩せば、取り崩し率は12.5%になります。
資産が減れば減るほど、同じ生活費を確保するために売却しなければならない割合が大きくなります。
これが取り崩し期の難しさです。
生活費は毎月必要ですが、株価は毎月安定して上昇してくれるわけではありません。
暴落直後の取り崩しに注意する
特に注意したいのが、退職直後に株価が大きく下落するケースです。
例えば退職した時点で5,000万円の投資資産を持っていたとします。
直後に株価が30%下落すれば、単純化すると資産は3,500万円になります。
ここから生活費を取り崩し続けることになります。
その後株価が回復しても、下落時に売却した部分については回復の恩恵を受けることができません。
資産運用では平均的な運用利回りだけではなく、「いつ下落するか」も重要になるのです。
特に取り崩し開始直後の大幅下落は、その後の資産寿命へ大きな影響を与える可能性があります。
生活費をすべて株式に置かない
こうしたリスクに備える方法の1つが、近い将来使うお金を株式とは別に確保しておくことです。
例えば数年以内に必要となる生活費まで株式で運用していると、暴落時にも売却せざるを得ません。
一方、当面の生活費を現金や値動きの比較的小さい資産で確保しておけば、株価が下落している時期に無理に株式を売却する必要がなくなります。
相場回復を待てる時間をつくることができます。
重要なのは、すべてのお金に同じ役割を持たせないことです。
近いうちに使うお金と長期間使わないお金では、適した資産の持ち方が違います。
年金は重要な安定収入になる
退職後の資産取り崩しを考えるとき、公的年金の存在は非常に重要です。
株式の配当や値上がり益は市場環境によって変動します。
一方、公的年金は一定の条件のもとで継続的に受け取る収入です。
生活費のうち年金で賄える割合が高ければ、金融資産から取り崩さなければならない金額は少なくなります。
例えば年間生活費が400万円で、年金収入が300万円なら、金融資産から補う必要があるのは年間100万円です。
年金収入が200万円なら、年間200万円を補う必要があります。
同じ金融資産額でも、安定収入がどれだけあるかによって資産寿命は大きく変わります。
退職後の資産運用は、金融資産だけを見るのではなく、年金を含めた家計全体で考える必要があります。
配当だけで生活する必要はない
退職後の資産運用では「元本を減らしたくない」と考える人も少なくありません。
そのため配当金だけで生活しようとするケースがあります。
しかし資産は本来、将来使うために形成するものです。
元本を一切減らさないこと自体を目的にする必要はありません。
大切なのは、生涯にわたって必要なお金を確保できるかどうかです。
配当、年金、預金、投資資産の売却などを組み合わせながら計画的に使っていく考え方が重要になります。
資産形成の最終目的は残高を最大にすることではなく、自分や家族の生活を支えることだからです。
株高のときほど生活水準を上げ過ぎない
米国では株価上昇による資産効果によって、投資資産を消費に回す動きが強まっています。
JPモルガン・チェースの分析では、投資用口座から引き出した金額が支出全体に占める割合は2026年に6.8%となり、高所得層では10%を超えています。
株価が上昇して資産が増えれば、少し豊かな生活をしたくなるのは自然なことです。
しかし含み益を恒久的な収入と考えることには注意が必要です。
株価が20%上昇した翌年に20%下落することもあります。
一度引き上げた生活水準を下げることは簡単ではありません。
株高による一時的な資産増加と、毎年安定して得られる所得を区別することが重要です。
定額だけでなく柔軟な取り崩しも考える
毎年同じ金額を取り崩す方法は分かりやすい反面、相場環境によって資産への負担が変わります。
そこで市場環境や資産残高に応じて取り崩し額を調整する考え方もあります。
資産が大きく増えた年には少し多く使う。
大幅に下落した年には不要不急の支出を少し抑える。
このように一定の柔軟性を持たせれば、下落相場で大量の資産を売却するリスクを抑えることができます。
もちろん生活に必要な支出まで大幅に削ることは現実的ではありません。
だからこそ基本生活費と旅行などの裁量的な支出を分けて考えておくことが有効です。
長生きすることも重要なリスク
老後資産を考えるとき、多くの人は株価暴落を心配します。
しかし、もう1つ大きなリスクがあります。
想定以上に長生きすることです。
60歳から90歳までなら30年間です。
100歳までなら40年間あります。
退職時に十分だと思っていた金融資産でも、長期間取り崩せば減っていきます。
さらに物価が上昇すれば、同じ生活水準を維持するために必要な金額も増えます。
老後資産では、株価下落リスク、インフレリスク、長寿リスクをまとめて考える必要があります。
資産額よりキャッシュフローを見る
退職後の家計管理で重要なのは、金融資産の総額だけではありません。
毎年いくら入ってきて、いくら出ていくのかを見ることです。
年金はいくら入るのか。
生活費はいくら必要なのか。
住宅費はどれくらいかかるのか。
医療や介護に備える資金はいくら確保するのか。
旅行や趣味にどれくらい使いたいのか。
不足額を金融資産からいくら取り崩すのか。
この流れが分かれば、必要な資産額も見えてきます。
老後設計では「資産が5,000万円あるから安心」と考えるのではなく、その5,000万円を何年間、どのように使うのかまで考えることが重要です。
結論
資産形成には2つの段階があります。
資産を増やす段階と、資産を使う段階です。
現役時代には株価下落が長期投資の機会になることがあります。
しかし退職後の取り崩し期では、株価下落時に資産を売却することが資産寿命を縮める可能性があります。
だからこそ、投資資産を生活費に使うときには、株価が上昇し続けることを前提にしないことが重要です。
当面使う生活資金を確保する。
年金などの安定収入を把握する。
生活に必要な支出と裁量的な支出を分ける。
相場環境によって取り崩し額を柔軟に調整する。
そして長生きする可能性まで考える。
資産形成では「いくら増えたか」に目が向きます。
しかし人生の後半で本当に重要になるのは「いくら持っているか」だけではありません。
その資産をどのような順番で、どのくらいの速度で、何のために使うのか。
資産を増やす力と同じくらい、資産を上手に使う力が人生100年時代には重要になるのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年10月7日朝刊 「株高頼みの米消費、『資産効果』7年で2倍 富裕層は1割を依存」