役員借入金が多額に残っていると、
「早く返済してなくした方がよいのではないか」
「社長が返してもらわなくてもよいと言っているなら、債務免除すればよいのではないか」
と考えることがあります。
しかし、役員借入金は単に負債を減らせばよいというものではありません。
今回の資料では、役員借入金の解消方法として、経営者への返済、役員報酬を減額して返済する方法、債務免除などを紹介しています。
そして、それぞれについて会社の資金繰りや税負担への影響があることを指摘しています。
役員借入金を整理するときには、貸借対照表がどう変わるかだけではなく、会社と経営者双方への影響を考えることが重要です。
まず役員借入金がなぜ発生したのか確認する
役員借入金を整理する前に確認したいのが、その発生原因です。
資料では、役員借入金が発生する理由として、経営者による個人資金の投入、役員報酬の未払い、経費の立替えなどを挙げています。
銀行から融資を受けることが難しく、社長が会社へ資金を入れたものなのか。
会社に資金がなく、役員報酬を十分に支払えなかったことによるものなのか。
社長が会社の経費を立て替えてきた結果なのか。
同じ役員借入金でも、発生した経緯は異なります。
残高だけを見るのではなく、まず中身を確認することが出発点になります。
経理上の調整に使われていないか確認する
資料では、経理がずさんな企業の場合、経営者との貸し借りや現金残高の異常を調整するために、役員借入金が使われることが多いと指摘しています。
これは注意したいところです。
例えば帳簿上の現金残高と実際の現金が一致しないとき、本来であれば差額が生じた原因を確認する必要があります。
ところが、その差額を役員借入金として処理すれば、帳簿上の数字を合わせることができます。
こうした処理が積み重なっている場合、貸借対照表に計上されている役員借入金の全額が、実際に社長から借りた金額と一致しているのかという問題が生じます。
整理を始める前に、役員借入金の残高そのものがどのように形成されたのかを確認しておく必要があります。
返済は最も基本的な解消方法
資料が最初に挙げている解消方法は、会社から経営者への返済です。
会社が社長から1,000万円を借りているのであれば、1,000万円を返済すれば役員借入金はなくなります。
非常に分かりやすい方法です。
しかし、会社側には大きな問題があります。
返済した金額だけ会社の現預金が減ることです。
役員借入金という負債を減らすことができても、会社の手元資金まで減少します。
資料では、無理に返済すると今後の資金繰りの安全性を損なうリスクがあると指摘しています。
負債を減らすことより資金繰りを優先する
例えば会社に3,000万円の役員借入金があるからといって、手元資金から3,000万円を一気に返済することが適切とは限りません。
返済後に仕入代金や給与などを支払えなくなれば、会社経営そのものに影響します。
役員借入金は、会社の資金繰りが厳しいときに経営者が返済を待てるという特徴があります。
その意味では、通常の銀行借入金とは異なる性格があります。
役員借入金を早くなくすことよりも、会社が安定して事業を継続できるだけのキャッシュを残すことが重要です。
役員報酬を減らして返済する方法
資料では、役員借入金を返済する方法として、役員報酬を減額し、その減額した金額を返済へ回す方法も紹介しています。
例えば、これまで支払っていた役員報酬を減らし、その分を役員借入金の返済に充てていくという考え方です。
一度に多額の資金を返済するのではなく、役員借入金を徐々に減らしていく方法になります。
この方法では、役員報酬の減額によって会社の利益が増える効果も期待できます。
社会保険料や経営者個人の税負担にも影響する
資料では、役員報酬を減額することによって、社会保険料や経営者個人の税負担が減少する可能性があると説明しています。
役員借入金を整理することだけを見るのではなく、経営者個人の負担まで含めて考える必要があるわけです。
一方、役員報酬を減額すれば、会社側では費用が減少します。
その結果、会社の利益は増える方向に働きます。
ここにも注意点があります。
会社の利益が増えれば税負担が増える場合がある
役員報酬を減らして会社の利益が増えることは、財務内容の改善という意味ではプラスに見えます。
しかし、資料では、繰越欠損金がない場合などには税負担が増える可能性があると指摘しています。
つまり、
役員報酬を減らす。
会社の利益が増える。
役員借入金の返済を進める。
という効果だけを見るのでは不十分です。
会社側の税負担がどのように変化するのかについても考える必要があります。
会社と経営者の双方を合わせて見ることが重要になります。
債務免除なら会社の現金を使わずに整理できる
役員借入金を返済するのではなく、経営者が返済を求めないという方法もあります。
債務免除です。
例えば、会社に対して3,000万円の貸付金を持っている経営者が、その3,000万円について返済を求めないことにすれば、会社側では役員借入金を減らすことができます。
返済とは違い、会社から3,000万円の現金を支払う必要がありません。
資料では、債務免除を行うことで、その金額だけ純資産額や自己資本比率を大幅に改善する効果があると説明しています。
財務改善という点では非常に大きな効果があります。
債務免除益が発生する
しかし、債務免除には重要な税務上の問題があります。
資料では、債務免除を行うと会社側に債務免除益という特別利益が発生すると説明しています。
例えば3,000万円の役員借入金について債務免除を受ければ、その債務免除が会社の利益に大きな影響を与えることになります。
その結果、法人税額が大幅に増える可能性があります。
会社の負債を減らすことができても、多額の税負担が発生すれば、その納税のためにキャッシュが必要になります。
債務免除は、貸借対照表だけを見て判断してはいけない方法なのです。
繰越欠損金が残っているか確認する
そこで資料が注目しているのが繰越欠損金です。
過去に赤字を計上している会社では、その欠損金を一定期間繰り越し、将来の利益と相殺できる場合があります。
資料の図表では、2026年に1億円の欠損金が発生した例が示されています。
2027年に3,000万円の利益が出た場合、繰越欠損金と相殺することで課税所得を0円とする例になっています。
さらに2028年には1億5,000万円の利益に対し、残っている7,000万円の繰越欠損金を相殺し、課税所得を8,000万円とする例が示されています。
資料では、欠損金は最長10年間繰り越せると説明しています。
債務免除はタイミングが重要になる
この繰越欠損金と役員借入金の債務免除を組み合わせるというのが、資料で示されている考え方です。
債務免除益が発生しても、利用できる繰越欠損金が残っていれば、その利益と相殺できる可能性があります。
そのため資料では、繰越欠損金があるうちに債務免除を実施することが考えられるとしています。
逆に、繰越欠損金を使い切った後に多額の債務免除益が発生すれば、法人税負担が大きくなる可能性があります。
役員借入金をいつ整理するかというタイミングも重要になるわけです。
銀行の評価を確認せずに整理しない
税務だけでなく、金融機関の評価も確認しておきたいところです。
資料では、役員借入金を自己資本と同じように扱っている金融機関があると説明しています。
会社側では「負債だから減らした方がよい」と考えていても、取引銀行は資本金に近い資金として評価している可能性があります。
資料では、まず取引銀行に役員借入金をどのように扱っているのか確認することを勧めています。
自己資本と同じように扱われているのであれば、そのまま残しておくことも考えられます。
役員借入金を整理すること自体を目的にしないことが大切です。
税金だけで判断しない
役員借入金を整理するときには、税負担を抑えることだけを目的にするのも適切ではありません。
返済すれば会社のキャッシュが減ります。
役員報酬を減額すれば、会社の利益や経営者個人の負担に影響します。
債務免除をすれば純資産の改善が期待できますが、債務免除益が発生します。
さらに、金融機関が役員借入金をどのように評価しているかによっても判断は変わります。
資金繰り、税負担、財務状態、金融機関からの評価を一体として考える必要があります。
役員借入金が再び増えない会社にする
そして忘れてはいけないのが、役員借入金を整理した後です。
せっかく返済や債務免除によって役員借入金を減らしても、会社の資金が不足するたびに社長がお金を入れていれば、再び役員借入金が増えてしまいます。
資料では、役員借入金を発生させないためには、法人と個人を明確に分離し、事業継続に必要な資金は銀行から調達することを勧めています。
さらに、資金不足が予想される場合には、その数か月前から取引銀行へ相談することが重要だとしています。
整理することと、再発を防ぐことはセットで考える必要があります。
結論
役員借入金の整理では、単純に残高をゼロにすることを目標にしてはいけません。
まず、なぜ役員借入金が発生したのか、その中身を確認する必要があります。
返済するのであれば、会社の手元資金を減らしすぎないか確認する。
役員報酬を減額して返済するのであれば、会社の利益、税負担、社会保険料、経営者個人の負担への影響を見る。
債務免除を行うのであれば、債務免除益と法人税負担を確認し、繰越欠損金との関係を考える。
さらに、取引銀行が役員借入金をどのように評価しているのかも確認する。
役員借入金は、会社の資金繰り、税務、財務、経営者個人のお金が交差する勘定科目です。
だからこそ、安易に返済したり債務免除したりするのではなく、会社全体への影響を見ながら整理する必要があります。
そして最終的に目指したいのは、役員借入金を一度なくすことではありません。
会社自身が利益とキャッシュを生み出し、社長の個人資金に頼らなくても事業を続けられる状態をつくることです。
それが、役員借入金を根本から解決するための重要な考え方になります。
参考
企業実務 2026年10月号 役員借入金の発生理由と解消方法について