役員借入金が多額にある会社では、「資金に余裕ができたら社長へ返済した方がよいのではないか」と考えることがあります。
確かに、役員借入金を返済すれば貸借対照表の負債は減ります。
そのため、一見すると財務内容が改善するように思えます。
しかし、役員借入金の返済では、会社の現預金も同時に減少します。
つまり、負債を減らすことだけに注目すると、かえって会社の資金繰りを悪化させる可能性があります。
役員借入金を返済すると会社の財務状態はどう変わるのか。資金繰りと自己資本比率の両面から考えてみます。
役員借入金の返済は最も基本的な解消方法
役員借入金を解消する最も基本的な方法は、会社から経営者へお金を返すことです。
例えば、会社が社長から1,000万円を借りているのであれば、会社が社長へ1,000万円を返済すれば、その分だけ役員借入金は減少します。
資料でも、役員借入金の解消方法として、最初に「経営者への返済」が挙げられています。
非常に分かりやすい方法ですが、実際には簡単に返済できない会社も少なくありません。
役員借入金が発生した理由そのものが、会社の資金不足である場合が多いからです。
返済すれば現預金も減少する
役員借入金の返済で注意したいのは、負債だけが減るわけではないことです。
会社が社長へ500万円返済すれば、役員借入金が500万円減少する一方、会社の現預金も500万円減少します。
例えば、現預金が2,000万円あり、役員借入金が3,000万円ある会社が500万円を返済したとします。
返済後には役員借入金が2,500万円になりますが、現預金も1,500万円になります。
借金が減ったという点だけを見れば改善したように見えますが、会社が自由に使えるキャッシュも500万円減っています。
この点を忘れてはいけません。
返済しても純資産は増えない
さらに重要なのが、役員借入金を通常どおり返済しただけでは、会社の純資産が増えるわけではないという点です。
役員借入金を返済すると、資産である現預金と負債である役員借入金が同額減少します。
一方、純資産そのものは変わりません。
例えば、
資産2億円
負債1億8,000万円
純資産2,000万円
という会社を考えてみます。
この会社の自己資本比率は10%です。
ここで役員借入金1,000万円を現金で返済すると、資産は1億9,000万円、負債は1億7,000万円になります。
純資産は2,000万円のままです。
したがって、自己資本比率は約10.5%になります。
比率としては改善しますが、純資産そのものが増えたわけではありません。
自己資本比率だけで返済を判断しない
役員借入金を返済すると、総資産と負債が同額減少するため、純資産がプラスの会社では自己資本比率が上昇することがあります。
しかし、自己資本比率を上げることだけを目的に返済するのは注意が必要です。
会社経営では、自己資本比率だけでなく、手元にどれだけ資金を確保しているかも重要だからです。
自己資本比率が多少改善しても、現預金が大きく減少し、翌月の給与や仕入代金の支払いが難しくなってしまえば意味がありません。
特に中小企業では、売上げの減少や取引先からの入金遅延などによって、資金繰りが短期間で変化することがあります。
財務比率を良くすることと、会社の支払能力を維持することは分けて考える必要があります。
資金繰りが苦しい会社は無理に返済しない
資料でも、役員借入金の返済について重要な注意点が示されています。
経営者への返済が最も基本的な方法である一方、資金繰りの都合から返済することが困難な場合もあります。
そして、無理に返済すると手元資金が減少し、今後の資金繰りの安全性が損なわれるリスクがあるとしています。
役員借入金があること自体を問題視して、急いで残高を減らそうとする必要はありません。
会社にとって最も重要なのは、事業を継続できるだけのキャッシュを確保することです。
銀行が自己資本相当と見ている場合もある
返済を考える前には、取引銀行が役員借入金をどのように評価しているかも確認したいところです。
役員借入金は会計上は負債ですが、経営者が返済を当面要求せず、安定的に会社へ資金を提供している場合には、銀行が自己資本に近いものとして見る可能性があります。
資料では、役員借入金を自己資本として計算した場合の例が示されています。
資産合計2億円、純資産マイナス1,000万円の会社に役員借入金が3,000万円あるケースです。
通常の自己資本比率はマイナス5%ですが、役員借入金3,000万円を自己資本相当として考えれば、実質的な純資産は2,000万円となり、自己資本比率は10%になります。
このような評価を銀行がしているのであれば、役員借入金を急いで返済する必要性は低くなる場合があります。
返済前に銀行へ確認する意味
資料では、自社の役員借入金の取扱いについて銀行担当者に聞いてみることを勧めています。
自己資本と同一の扱いを受けているのであれば、そのままにするという選択肢があります。
反対に、そのような扱いを受けておらず、経営者への返済能力も乏しいために財務基盤が弱いと判断されているのであれば、解消方法を検討することになります。
つまり、「役員借入金が多いから返済する」という順番ではありません。
まず銀行がどう評価しているのかを確認し、そのうえで会社の資金繰りを考えながら対応することが大切です。
返済額は手元資金とのバランスで考える
役員借入金が3,000万円あるからといって、一度に3,000万円返済する必要はありません。
会社に十分な資金が蓄積されてきたのであれば、資金繰りに影響しない範囲で少しずつ返済する方法も考えられます。
重要なのは、返済後に会社へいくら現預金が残るのかということです。
毎月の人件費、仕入代金、家賃、税金、社会保険料、借入金返済など、今後発生する支出を考えなければなりません。
さらに、予定していた売上げが入らなかった場合にも耐えられる資金を残しておく必要があります。
役員借入金の残高を減らすことより、会社の資金繰りを守ることを優先すべきです。
経営者個人にも資金が戻る
役員借入金の返済には、会社側だけではなく経営者側の視点もあります。
経営者は、それまで会社に貸していたお金を回収することになります。
中小企業では、会社の資金繰りが苦しくなるたびに経営者が個人資金を投入しているケースがあります。
しかし、経営者個人の資金にも限界があります。
資料では、特に中小企業では販売先が1社減っただけでも売上高が大きく減少し、赤字になる場合があることから、非常時に備えて経営者の個人資金を確保しておくことも重要だとしています。
会社に余裕があるときに一定額を返済しておけば、将来、本当に会社が資金不足になった場合の備えにもなります。
返済できないなら原因を見る
会社に利益が出ているにもかかわらず、いつまでたっても役員借入金を返済できない場合には、なぜキャッシュが残らないのかを確認する必要があります。
売掛金が増えているのか。
在庫が膨らんでいるのか。
設備投資が多いのか。
銀行借入金の返済負担が大きいのか。
あるいは、そもそも本業から十分な利益を生み出せていないのか。
役員借入金を返済できないという事実から、会社の別の財務課題が見つかることがあります。
役員借入金に頼らない資金繰りへ
最終的に目指したいのは、役員借入金を返済することそのものではありません。
経営者の個人資金に頼らなくても会社が回る状態をつくることです。
資料では、役員借入金に依存しない経営には、企業全体で利益を出し、それに見合ったキャッシュを増やすことが不可欠だとしています。
また、資金不足になる可能性がある場合には、その数か月前から取引銀行に相談し、円滑に資金調達できるようにすることも重要だと指摘しています。
社長のお金を投入すれば当面の資金不足は解決できます。
しかし、それが繰り返されるのであれば、役員借入金そのものより資金繰り管理を見直す必要があります。
結論
役員借入金を返済すれば、会社の負債は減ります。
しかし、その一方で現預金も減少します。
通常の返済であれば純資産そのものが増えるわけではありません。
したがって、「借金を減らせば財務内容が良くなる」という考えだけで役員借入金を返済するのは危険です。
重要なのは、返済後の資金繰りです。
取引銀行が役員借入金をどのように評価しているのかを確認し、今後必要になる運転資金を確保したうえで、無理のない範囲で返済を考える必要があります。
役員借入金の残高を減らすことが目的なのではありません。
経営者の個人資金に頼らなくても、会社自身が利益とキャッシュを生み出し、安定して事業を続けられる状態をつくること。
役員借入金を考えるときには、そこを最終的な目標にすることが大切です。
参考
企業実務 2026年10月号 役員借入金の発生理由と解消方法について