円建てステーブルコインは、1コインの価値を1円程度に安定させるため、円預金や国債などの裏付け資産を保有する仕組みが重要になります。
利用者がステーブルコインを購入すると、表側ではウォレットの残高が増えます。
しかし、その裏側では発行者が利用者から受け取った資金を管理しています。
その資金の一部が国債で運用されるのであれば、ステーブルコインの発行残高が増えるほど国債の保有額も増える可能性があります。
ステーブルコインは決済技術であると同時に、将来は国債市場とも深く結び付く存在になるかもしれません。
なぜ国債を裏付け資産にするのか
ステーブルコインで最も重要なのは、利用者が1コインを1円として信頼できることです。
そのためには、発行者が十分な裏付け資産を持っている必要があります。
仮に100億円分のステーブルコインが発行されているのに、発行者が10億円分しか資産を持っていなければ、利用者全員から償還を求められた場合に対応できません。
そこで円や国債などを保有し、発行残高を支える仕組みが重要になります。
特に国債は市場規模が大きく、換金しやすい資産の1つです。
裏付け資産には、安全性だけでなく流動性も求められます。
発行残高が増えれば裏付け資産も増える
単純化して考えてみます。
100億円分のステーブルコインが発行され、その全額について同額の裏付け資産を保有するとします。
必要な裏付け資産は100億円です。
発行残高が1,000億円になれば1,000億円、1兆円になれば1兆円規模の裏付け資産が必要になります。
その一定割合を国債で保有するなら、ステーブルコイン市場の拡大とともに国債への投資額も増えることになります。
利用者から見ればスマートフォンのウォレットにあるデジタル通貨ですが、その裏側には巨大な金融資産が積み上がる可能性があるのです。
ステーブルコイン発行者が新しい国債投資家になる
国債は銀行、生命保険会社、年金基金など多くの投資家が保有しています。
ステーブルコイン市場が大きくなれば、そこにステーブルコイン発行者という新しい投資主体が加わります。
重要なのは、発行者が利用者から集めた資金をどのような資産で保有するかです。
国債の比率が高ければ、ステーブルコインの普及が国債需要の増加につながる可能性があります。
市場規模が小さいうちは影響も限定的でしょう。
しかし発行残高が数兆円、さらにそれ以上へ拡大すれば、国債市場との関係を無視できなくなる可能性があります。
金利が上がると発行者の収益も増える可能性
ステーブルコインのビジネスを考えるうえで、金利は非常に重要です。
例えば利用者から受け取った100億円を裏付け資産として保有するとします。
現金のまま保有すれば大きな運用収益は期待できません。
一方、利回りのある国債などで運用すれば収益が発生します。
仮に100億円を年率1%で運用すれば、単純計算では年間1億円です。
1,000億円なら10億円、1兆円なら100億円になります。
実際の運用方法や費用などによって収益は異なりますが、発行残高と市場金利が収益力を大きく左右することが分かります。
利用者から手数料を取らなくても収益を得られる理由
元記事では、JPYCは発行や償還の手数料を無料としていると紹介されています。
決済手数料についても無料とされています。
それでは、どこで収益を得るのでしょうか。
1つの重要な収益源になり得るのが裏付け資産から生じる運用収益です。
利用者がステーブルコインを保有している間、発行者側にはそれに対応する裏付け資産があります。
その資産から利息収入などを得ることができれば、取引のたびに高い手数料を徴収しなくても事業を成立させられる可能性があります。
これはクレジットカードなどとは異なる収益モデルです。
金利上昇が追い風になる場合もある
一般に金利上昇は企業や家計の借入負担を増やします。
しかし、ステーブルコイン発行者にとっては別の面があります。
裏付け資産から得られる利回りが上昇すれば、運用収益が増える可能性があるからです。
発行残高が大きいほど、その影響も大きくなります。
ステーブルコイン事業では、利用者数や決済件数だけでなく、裏付け資産の規模と利回りが重要な経営指標になる可能性があります。
金融政策とステーブルコイン事業が結び付いてくるわけです。
ただし長期国債なら価格変動リスクがある
国債だから絶対に価格が動かないわけではありません。
市場金利が上昇すると、一般に既に発行されている債券の市場価格は下落します。
特に残存期間の長い債券ほど、金利変動による価格への影響が大きくなる傾向があります。
ステーブルコインでは利用者からいつ償還を求められるか分かりません。
そのため、裏付け資産には信用力だけでなく、必要なときに現金化できる流動性が重要です。
高い利回りを求めて長期間の資産へ過度に投資すれば、償還との期間のずれが生じる可能性があります。
取り付けへの備えが重要になる
ステーブルコインの信用が揺らぐと、多くの利用者が同時に円への交換を求める可能性があります。
銀行でいう取り付けに似た現象です。
そのとき発行者が十分な現金を持っていなければ、保有している国債などを売却して資金を確保する必要があります。
市場が安定していれば問題なく売却できるかもしれません。
しかし金融市場が混乱しているときに大量売却が重なれば、想定した価格で換金できない可能性もあります。
そのため裏付け資産では、いくら持っているかだけではなく、何をどの期間で持っているかが重要です。
大量売却が国債市場へ影響する可能性
ステーブルコイン市場が巨大になれば、国債市場との関係は購入時だけではありません。
償還時にも影響する可能性があります。
平常時にはステーブルコイン発行者が国債を購入することで需要が生まれます。
一方、大量の償還が発生すれば、発行者が国債を売却する可能性があります。
市場規模が十分に大きくなれば、ステーブルコインへの資金流入と流出が国債の需給にも影響する可能性があります。
決済手段の動向が債券市場へ波及するという新しい経路が生まれるわけです。
銀行預金から国債へ資金が移る可能性
ステーブルコインの普及は銀行との関係でも興味深い変化を生みます。
利用者が銀行預金100万円を使って100万円分のステーブルコインを取得したとします。
発行者がその資金で国債を購入すれば、利用者から見た資産は銀行預金からステーブルコインへ変わります。
そして金融システム全体では、資金の一部がステーブルコインの裏付けとして国債へ向かうことになります。
大規模に起きれば、銀行の預金構造と国債市場の双方に影響する可能性があります。
ステーブルコインは単なる新しい財布ではなく、金融資産の保有構造を変える可能性を持っています。
裏付け資産の情報開示が重要になる
利用者にとって重要なのは、発行者がどのような裏付け資産を持っているかです。
発行残高に見合う資産が本当に存在するのか。
円はいくら保有しているのか。
国債はいくら保有しているのか。
資産はどのように分別管理されているのか。
必要なときにすぐ換金できるのか。
ステーブルコインの信用は、こうした情報の透明性に大きく左右されます。
発行残高が増えるほど、裏付け資産についての情報開示や監査の重要性も高まるでしょう。
結論
ステーブルコインはスマートフォンの中にあるデジタルなお金ですが、その裏側には現実の金融資産があります。
円建てステーブルコインの発行残高が増えれば、それを支える円や国債などの裏付け資産も増えることになります。
その規模が十分に大きくなれば、ステーブルコイン発行者が国債市場の新しい主要投資家になる可能性があります。
金利が上昇すれば裏付け資産から得られる収益が増え、低い決済手数料を支える収益源にもなり得ます。
一方、利用者から大量の償還請求があれば、国債を売却して現金を確保する必要が生じる可能性があります。
つまり、ステーブルコインと国債市場は資金流入時にも資金流出時にも結び付く可能性があります。
ステーブルコインの普及を見るとき、利用者数や決済額だけを追うのでは十分ではありません。
その裏側で何兆円の資産が保有され、その資金がどこへ向かっているのか。
ステーブルコインが本格的に普及する時代には、デジタル通貨のニュースが国債市場のニュースでもあるという時代が訪れるのかもしれません。
参考
日本経済新聞 2026年10月3日 朝刊 「個人間・国際送金を安く ステーブルコインを活用」
日本経済新聞 2026年10月3日 朝刊 「実証実験の最中」