ニデックの会計問題では、会社と監査法人との長い関係にも注目が集まっています。
PwCジャパン監査法人は2023年12月にPwC京都とPwCあらたが統合して発足しましたが、同系列の監査法人は40年超にわたりニデックの監査を担当してきました。
同じ監査法人が長期間にわたって1つの企業を監査することにはメリットがあります。
一方で、関係が長くなりすぎることによるリスクもあります。
企業と監査法人の適切な距離とはどのようなものなのでしょうか。
長期監査には企業を深く理解できる利点がある
監査では企業のビジネスを理解することが重要です。
何を販売しているのか。
どこで利益を稼いでいるのか。
どのような商流になっているのか。
主要な取引先はどこなのか。
海外子会社はどのように管理されているのか。
どの資産について減損リスクが高いのか。
企業ごとに事業内容や会計上のリスクは異なります。
長期間監査を担当すれば、監査法人には企業についての知識が蓄積されます。
これは監査の効率と品質を高めるうえで大きな利点になります。
過去からの変化を追える
長期継続監査には、企業の変化を継続的に確認できるメリットもあります。
例えば売上高が急増した。
利益率が突然改善した。
設備投資が急拡大した。
特定地域の子会社だけ業績が急成長した。
経営者が会計方針の変更を求めるようになった。
長期間その企業を見ている監査人であれば、過去との違いに気づきやすくなります。
前年までの事業計画や監査資料との比較もできます。
企業を長く知っていることは、不自然な変化を発見するための武器にもなるのです。
巨大企業では監査人交代にも大きなコストがかかる
ニデックのように世界各国で事業を展開する企業の場合、監査法人の交代は簡単ではありません。
新しい監査法人は企業について一から理解する必要があります。
国内外の子会社。
会計システム。
内部統制。
過去のM&A。
設備投資。
会計上の重要な見積もり。
過年度の監査資料。
これらを短期間で把握しなければなりません。
海外拠点を含む監査チームも構築する必要があります。
企業側にも、新しい監査法人への説明や資料提供など大きな負担が発生します。
長期継続監査には、こうした交代コストを避けられるメリットがあります。
長く付き合うほど距離が近くなるリスク
一方で、同じ企業を長期間監査することには別の問題があります。
監査法人と企業の関係が固定化することです。
監査では経営者や経理担当者とのコミュニケーションが不可欠です。
毎年同じ相手と決算について議論し、問題を解決していきます。
長期間続けば相互理解は深まります。
それ自体は悪いことではありません。
しかし、距離が近くなりすぎると、企業側の説明や判断を当然のものとして受け入れてしまう危険があります。
監査に必要な職業的懐疑心をどう維持するかが重要になります。
前年と同じだからという思考の危険
長期監査で注意したいのが、前年踏襲です。
昨年もこの処理だった。
前年も問題にならなかった。
過去にも同じ説明を受けた。
こうした経験は監査を効率化します。
しかし、企業を取り巻く環境は変化します。
過去に妥当だった会計判断が、今年も妥当とは限りません。
例えば設備投資後に市場環境が急激に悪化していれば、前年は減損不要でも今年は減損が必要になる可能性があります。
過去の判断を知っていることと、過去の判断に縛られることは違います。
企業側にも慣れが生まれる
長期間の監査関係では、企業側も監査法人の仕事の進め方を理解するようになります。
どの資料を確認するのか。
どの取引を重点的に調べるのか。
どの時期に質問が来るのか。
どのような説明を求められるのか。
通常であれば、これは監査対応を効率化するメリットになります。
しかし、不正を行おうとする側から見れば、監査手続きを予測しやすくなるという側面もあります。
そのため監査法人には、毎年同じ手続きを機械的に繰り返すのではなく、リスクに応じて監査方法を変える姿勢が求められます。
ニデック側の認識も問題になった
ニデックの会計不正を調査した第三者委員会の報告書では、同社が監査法人を「くみしやすい相手」と捉えていたとされています。
この認識は重いものです。
監査法人は経営者の相談相手になることはあっても、経営者にとって都合のよい存在になってはいけません。
会社側が監査法人について「最終的には認めてもらえる」と考えるようになれば、監査の緊張感が失われる可能性があります。
監査法人と企業には良好なコミュニケーションが必要ですが、同時に適切な緊張関係も必要です。
監査法人には独立性が求められる
監査制度の根幹にあるのが独立性です。
監査法人は企業から監査報酬を受け取ります。
それでも企業の意向とは独立して判断しなければなりません。
会社が適正意見を求めていても、十分な監査証拠が得られなければ適正意見を出すことはできません。
今回、ニデックが約170億円の監査報酬を支払い、約730人が監査に投入されたにもかかわらず、PwCジャパン監査法人は意見不表明としました。
監査報酬の大きさと監査意見は切り離して考える必要があります。
担当者の交代で緊張感を維持する
監査法人そのものを毎年変更することは現実的ではありません。
そこで重要になるのが、監査チーム内での担当者交代です。
長期間同じ担当者が同じ経営者や経理担当者と向き合えば、どうしても関係が固定化しやすくなります。
担当者を適切に交代させれば、新しい視点を監査に持ち込むことができます。
これまで当然とされてきた会計処理について、新しい担当者が疑問を持つこともあります。
長期継続監査のメリットを残しながら、慣れによるリスクを抑えるための考え方です。
監査法人を変更すればすべて解決するわけではない
会計不正が起きると、監査法人を変更すべきだという議論が出ることがあります。
確かに監査法人の変更によって新しい視点が入るメリットはあります。
しかし、変更すれば自動的に問題が解決するわけではありません。
新しい監査法人には企業についての知識が十分にありません。
過去の会計処理を理解するところから始める必要があります。
企業側の内部統制に問題が残っていれば、監査法人だけを変更しても根本的な解決にはなりません。
監査法人の問題と企業側の問題を分けて考える必要があります。
長期関係だからこそ過去の監査も問われる
ニデックと同系列の監査法人との関係が40年超に及ぶことで、もう1つの論点が生まれます。
過去の監査は適切だったのかという問題です。
現在になって会計不正が明らかになった以上、それ以前の監査でなぜ発見できなかったのかという疑問が生じるのは自然です。
PwCジャパン監査法人は、まず足元の監査を進めることを最優先としつつ、過去の監査についても内部で検討し、必要があれば対応する考えを示しています。
長期間監査してきたことは企業への深い理解という強みになります。
同時に、問題が発生した場合には長期間の監査そのものが検証対象になる可能性があります。
必要なのは近さと距離の両立
監査法人と企業がまったくコミュニケーションを取らなければ、質の高い監査はできません。
企業のビジネスを理解し、経営者や経理担当者と十分に議論する必要があります。
一方で、近づきすぎてもいけません。
会社の説明を疑うべきところでは疑う。
経営者と意見が対立しても必要な監査手続きを行う。
十分な証拠がなければ意見を出さない。
この距離感が重要です。
監査法人に求められるのは、企業を深く理解しながら企業から独立しているという、一見矛盾する2つの役割なのです。
結論
同じ監査法人が長期間にわたって企業を監査することには、大きなメリットがあります。
企業への理解が深まり、過去からの変化にも気づきやすくなります。
巨大企業では監査法人交代に伴うコストも大きいため、継続監査には合理性があります。
一方で、関係が長期化すれば慣れや固定観念が生まれる危険もあります。
ニデックと同系列の監査法人との40年超にわたる関係は、長期継続監査の難しさを改めて浮き彫りにしました。
大切なのは、長いか短いかだけではありません。
長期間企業を理解しながら、毎年新しい目で企業を見ることができるか。
良好な関係を築きながら、必要な場面では会社に厳しい判断を示せるか。
企業との距離が近くても、監査人としての独立性と職業的懐疑心を維持できるか。
監査の信頼性を支えるのは、この絶妙な距離感なのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月2日朝刊 PwC「信頼できぬ」 迫る有報提出期限、水面下で攻防
日本経済新聞 2026年10月2日朝刊 過去との決別がニデック存続の条件だ
日本経済新聞 2026年10月2日朝刊 ニデック減損、過剰投資の蓄積原因 戒田社長「最後に貢献」