企業不祥事が起きると、「内部統制を強化する」という言葉がよく使われます。
しかし、内部統制は規程を作ったり、チェック項目を増やしたりすれば完成するものではありません。
重要なのが、内部統制の「整備」と「運用」の違いです。
ニデックは2025年10月、東京証券取引所から特別注意銘柄に指定されました。今後の上場維持を考えるうえでも、内部管理体制が整備されているかだけでなく、それが実際に運用されているかが重要になります。
制度が存在することと、制度が機能することは同じではありません。
内部統制とは何か
内部統制というと、経理部門によるチェックをイメージする人も多いかもしれません。
しかし実際には、もっと広い概念です。
企業が事業を適切に運営するために、組織内部に設けるさまざまな仕組みが内部統制です。
例えば、1人の担当者だけで取引の開始から支払いまで完結できないようにする。
一定金額以上の支出には上司の承認を必要とする。
会計システムへのアクセス権限を担当業務に応じて制限する。
子会社から定期的に財務情報を報告させる。
内部監査部門が業務を確認する。
こうした仕組みを組み合わせて、誤りや不正を防止したり、発見したりします。
「整備」は仕組みを作ること
内部統制の整備とは、必要な仕組みが設計され、会社の制度として存在している状態です。
例えば、1,000万円以上の設備投資には役員の承認が必要という規程を設けたとします。
誰が申請するのか。
誰が内容を確認するのか。
誰が最終承認するのか。
どのような書類を保存するのか。
こうしたルールを決めます。
会計処理についても同様です。
減損の判定を誰が行うのか。
子会社の決算数値を誰が確認するのか。
重要な会計上の見積もりを誰が承認するのか。
このような仕組みを設計することが内部統制の整備です。
「運用」は仕組みを実際に動かすこと
問題は、その仕組みが本当に使われているかです。
1,000万円以上の設備投資には役員承認が必要という規程があっても、実際には承認を受けずに支出しているのであれば内部統制は機能していません。
子会社の決算について本社が確認する制度があっても、担当者が形式的に承認ボタンを押しているだけなら十分とはいえません。
内部監査部門が存在していても、経営陣に問題を指摘できないのであれば本来の役割を果たせません。
このように、制度として存在することと、実際に機能することは別問題です。
前者が整備、後者が運用です。
マニュアルを作るだけでは内部統制は完成しない
企業不祥事が起きると、再発防止策として新しい規程やマニュアルを作ることがあります。
もちろん、それ自体は重要です。
しかし新しい規程を作っただけでは、不正が再発しないとは限りません。
例えば不正会計を防止するために、新たに上司による承認手続きを追加したとします。
ところが上司が内容を確認せず毎回承認しているのであれば、チェック機能は働きません。
承認印があるという形式だけが残ります。
内部統制で重要なのは、チェックした証拠が残っていることだけではありません。
実際に何を確認したのかまで問われます。
職務分掌は内部統制の基本
内部統制の代表的な考え方が職務分掌です。
1人の担当者に権限を集中させない仕組みです。
例えば商品の発注、商品の受け入れ、請求書の確認、代金の支払いをすべて同じ人物が担当できるとします。
架空の取引を作って会社から資金を流出させることが比較的容易になります。
そこで発注する人、受け入れる人、支払いを承認する人を分けます。
複数の人が関与することで、不正や誤りを防ぎやすくします。
ただし、これも組織図上で担当者を分けるだけでは不十分です。
実際に別の人が確認していることが重要です。
経営者が無視すれば内部統制は機能しない
内部統制には大きな弱点があります。
経営者や強い権限を持つ役職員が、決められた仕組みを無視する可能性です。
例えば重要な会計処理について複数の承認が必要だとしても、社長が部下に特定の処理を指示すれば、担当者が反対できないことがあります。
本来なら内部監査部門が問題を指摘すべきですが、内部監査部門が経営トップに対して十分な独立性を持っていなければ機能しないこともあります。
制度は存在する。
書類も存在する。
承認印も存在する。
それでも実質的にはトップの指示が優先されている。
この状態では内部統制が整備されていても、適切に運用されているとはいえません。
ニデックで問われるのも運用の実態
ニデックでは、PwCジャパン監査法人が、会計監査人に虚偽の説明をした役職員の一部について、会社やグループ会社の財務報告プロセスで責任ある立場を担当していると指摘しました。
ここから重要になるのが、財務報告に関する内部統制が実際にどのように機能していたのかという点です。
決算数値を誰が作成したのか。
誰が確認したのか。
誰が承認したのか。
子会社の情報を本社がどのように検証したのか。
監査法人への説明について誰が管理していたのか。
問題を把握した人が上位者や社外取締役などに報告できる仕組みがあったのか。
規程の存在だけではなく、こうした実際の運用が問われます。
東証も整備と運用を分けて見る
ニデックは2025年10月に特別注意銘柄に指定されました。
特別注意銘柄では、内部管理体制の改善状況が重要になります。
ここでも、体制が整備されているかと、それが適切に運用されているかは別の問題として考える必要があります。
仕組みそのものが十分でなければ、まず整備する必要があります。
仕組みが整っていても運用実績が十分でなければ、本当に改善されたのかを確認するための期間が必要になることがあります。
新しい規程を作った翌日に、内部統制が完全に機能していると証明することは難しいからです。
一定期間、実際に運用し、その結果を確認する必要があります。
トップ交代直後に難しいのは運用実績
ニデックでは2026年9月29日に岸田光哉前社長が辞任し、戒田理夫氏が社長に就任しました。
経営トップの交代によってガバナンス改革を進めることはできます。
新しい責任者を配置する。
承認権限を変更する。
内部監査を強化する。
監査法人への情報提供体制を見直す。
こうした制度変更は比較的短期間でも可能です。
しかし、その新しい制度が実際に機能することを確認するには時間が必要です。
ここが内部統制改善の難しいところです。
整備は短期間でも可能ですが、運用実績は時間をかけなければ積み上がりません。
子会社管理では特に運用が重要
大企業では、多数の国内外子会社を抱えています。
本社に優れた内部統制制度があっても、海外子会社などで同じように機能しているとは限りません。
本社から会計方針を通知している。
決算マニュアルを配布している。
定期的な報告制度を設けている。
これらは整備です。
しかし重要なのは、本社が子会社から報告された情報を実際に確認しているかです。
異常な数値があれば質問しているか。
回答に矛盾があれば追加調査しているか。
現地経営者に過度な権限が集中していないか。
内部監査が定期的に現地を確認しているか。
グループ経営では、こうした運用が非常に重要になります。
内部通報制度も作るだけでは意味がない
内部通報制度も同じです。
通報窓口を設置すれば整備したことになります。
しかし従業員が「通報すると不利益を受ける」と考えているのであれば、制度は利用されません。
通報があっても調査されない。
経営陣に不都合な内容が握りつぶされる。
通報者が特定される。
このような状態では制度があっても機能しているとはいえません。
内部統制では制度の名称や規程だけでなく、従業員が実際に利用できる環境になっているかまで重要になります。
内部監査部門の独立性も問われる
内部監査部門も企業統治を支える重要な存在です。
しかし内部監査部門が経営陣から独立して問題を指摘できなければ、本来の役割を果たせません。
経営トップに関係する問題を調査できるのか。
重要な指摘を取締役会や監査委員会などに直接報告できるのか。
必要な資料にアクセスできるのか。
人員や専門性は十分なのか。
こうした条件がそろって初めて内部監査が機能します。
内部監査部門を設置したという事実だけでは、内部統制が有効とは判断できません。
投資家も再発防止策の「その後」を見る
企業不祥事が発覚すると、会社は再発防止策を発表します。
組織を変更する。
新しい委員会を設置する。
承認手続きを追加する。
内部監査部門を増員する。
研修を実施する。
こうした発表は重要ですが、投資家がさらに確認したいのは、その後です。
新しい制度は実際に運用されたのか。
内部監査でどのような問題が発見されたのか。
監査法人の評価は変わったのか。
内部統制報告書の内容は改善したのか。
再発防止策は発表した瞬間ではなく、実際に機能して初めて意味を持ちます。
結論
内部統制の「整備」と「運用」は似ていますが、意味は大きく異なります。
整備とは、不正や誤りを防止するための仕組みを設計し、会社の制度として用意することです。
運用とは、その仕組みを実際の業務の中で継続して機能させることです。
規程を作る。
承認ルートを変更する。
内部監査部門を強化する。
こうした対応は重要ですが、それだけでは内部統制の改善は完成しません。
決められた手続きが本当に行われているか。
問題があれば上層部まで報告されるか。
経営者自身もルールに従っているか。
子会社を含めて同じ仕組みが機能しているか。
そこまで確認する必要があります。
ニデックの今後を見るうえでも、新しい社長の下でどのような制度を作るかだけでなく、その制度が実際に機能したことを示せるかが重要になります。
内部統制は「作った仕組み」ではありません。
「動いている仕組み」でなければ意味がないのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月1日 朝刊「ニデック監査、再び不表明 前期有報 上場維持厳しさ増す 最終赤字5646億円」
日本経済新聞 2026年10月1日 朝刊「ニデック統治、再構築急ぐ PwC『適切な監査証拠入手できず』 東証報告、月末に迫る」