経営者確認書があっても監査人は会社を信用するだけではない

会計
グレーとモスグリーン WEBデザイン 特集 ブログアイキャッチ - 1

企業の財務諸表監査では、監査法人が経営者から「経営者確認書」を入手します。

経営者確認書には、財務諸表を適正に作成する責任が経営者にあることや、監査に必要な情報を監査人へ提供したことなど、監査に関する重要な事項が記載されます。

それなら経営者が「正しい情報をすべて提供しました」と確認書に署名すれば、監査法人はそれを信用して適正意見を出せるのでしょうか。

もちろん、そうではありません。

経営者確認書は重要な監査証拠の1つですが、それだけで他の監査手続きを省略することはできません。

ニデックの問題を考えるうえでも、経営者の説明と監査証拠の関係を理解することが重要です。

財務諸表を作る責任は経営者にある

まず押さえておきたいのが、誰が財務諸表を作成するのかという点です。

監査法人ではありません。

財務諸表を作成し、その内容について責任を負うのは会社の経営者です。

監査法人は会社が作成した財務諸表について、独立した第三者の立場から監査します。

この役割分担は非常に重要です。

監査法人が会社に代わって決算を作成し、その決算を自分で監査するのであれば、独立した監査とはいえません。

会社が財務諸表を作成する。

監査法人がそれを検証する。

この2つの役割を分けることで、財務情報の信頼性を高めています。

経営者確認書とは何か

監査を進める過程では、経営者の判断や説明が必要になる場面があります。

例えば重要な訴訟が存在していないか。

監査人に開示していない重要な契約がないか。

不正や不正の疑いについて把握している情報がないか。

決算日後に財務諸表へ影響する重要な出来事が起きていないか。

こうした事項について、監査人は経営者に質問します。

そして監査の最終段階で、一定の重要事項について経営者から書面による確認を取得します。

これが経営者確認書です。

口頭での説明だけではなく、経営者自身が書面で確認するところに意味があります。

確認書があれば監査は終わるわけではない

経営者確認書には重要な意味があります。

しかし、それだけで監査意見を形成することはできません。

例えば会社が100億円の預金を保有しているとします。

経営者確認書に「預金残高は正しい」と書いてあったからといって、監査法人がそれだけを根拠に100億円の預金が存在すると判断するわけではありません。

金融機関への残高確認などによって裏付けを取ります。

売掛金についても同様です。

経営者が「すべて回収できます」と説明しただけでは十分ではありません。

期日後の入金状況などを確認します。

監査は、経営者の説明と客観的な監査証拠を組み合わせながら進められます。

経営者の説明だけでは証拠として弱いことがある

監査証拠には信頼性の違いがあります。

会社内部で作成された資料も監査証拠になりますが、会社から独立した外部から直接入手した証拠の方が信頼性が高い場合があります。

例えば銀行預金なら、会社が作成した預金一覧だけではなく、金融機関から直接取得した情報を利用できます。

売掛金なら、取引先への残高確認があります。

不動産なら登記などの外部資料もあります。

監査法人は、重要性やリスクに応じて複数の監査証拠を組み合わせます。

経営者確認書もその1つです。

しかし経営者確認書があるから他の証拠が不要になるわけではありません。

なぜ経営者確認書が必要なのか

それでは、他の監査証拠が必要なのであれば、なぜ経営者確認書を取るのでしょうか。

理由の1つは、経営者にしか確認できない事項が存在するからです。

例えば経営者が認識している不正の疑い、将来の事業方針、特定の資産を保有し続ける意思など、書類だけでは完全に確認できない事項があります。

さらに経営者が監査人に必要な情報を提供したことを明確にする意味もあります。

監査は経理部門だけで完結するものではありません。

企業全体の重要な情報が監査人に提供される必要があります。

その責任が経営者にあることを書面で確認するわけです。

経営者の説明と他の証拠が矛盾したらどうなるか

監査では、経営者の説明と他の監査証拠が一致しないことがあります。

例えば経営者が「この事業は今後大幅に成長する」と説明している一方、実際の受注は減少しているとします。

過去にも強気の事業計画を作成していたものの、実績が大幅に下回っているかもしれません。

この場合、監査法人は経営者の説明をそのまま採用するのではなく、なぜ差が生じているのかを確認します。

特に減損会計では将来の事業計画が資産価値の判断に大きく影響します。

楽観的な事業計画を作れば、それだけで資産価値を維持できるわけではありません。

計画の合理性を裏付ける証拠が必要になります。

説明に虚偽があれば問題の次元が変わる

単純な見解の違いと虚偽説明は異なります。

将来予測について経営者と監査法人の見方が違うことはあり得ます。

しかし、経営者や役職員が事実と異なることを認識しながら監査法人へ説明していたのであれば、問題の性質が変わります。

監査法人は、その人物による他の説明についても信頼できるのか検討しなければなりません。

過去に提出された資料は正しかったのか。

他の会計処理についても虚偽説明がなかったのか。

ほかの役職員も関与していないか。

問題の範囲を広げて確認する必要が生じます。

ニデックで問われている問題

ニデックの2026年3月期有価証券報告書について、PwCジャパン監査法人は意見不表明としました。

特に重要なのが、監査法人に虚偽の説明をした役職員の一部が、会社やグループ会社の財務報告プロセスで責任ある立場を担当しているとの指摘です。

ここでは単に1つの会計処理が正しいかどうかだけが問題になっているわけではありません。

財務報告を担う人たちから提供される情報を、監査法人がどこまで信頼できるのかという問題につながります。

経営者確認書などの書面を提出するだけでは、この問題を解決することはできません。

監査法人が客観的な監査証拠を入手し、会社から提供される情報の信頼性を確認できる状態を作る必要があります。

経営者確認書は免責の書類ではない

経営者確認書について、もう1つ注意したいのが、経営者の責任を軽くするための書類ではないということです。

むしろ逆です。

財務諸表を作成する責任が経営者にあることや、監査に必要な情報を提供したことなどを確認するものです。

監査法人に確認書を提出したから、財務諸表に問題があった場合の責任を監査法人に移せるわけではありません。

監査法人が適正意見を出した場合でも、財務諸表の作成責任そのものは経営者にあります。

経営者と監査人では役割と責任が異なります。

監査人には職業的懐疑心が求められる

監査を理解するうえで重要な言葉の1つに「職業的懐疑心」があります。

監査人は、会社が必ず嘘をついていると考えて監査するわけではありません。

一方で、経営者が説明したから正しいと無条件に信用するわけでもありません。

証拠を批判的に評価し、矛盾する情報があれば理由を確認します。

例えば売上高が急増しているのに営業キャッシュフローが悪化している。

利益が増えているのに売掛金だけが大幅に増えている。

事業環境が悪化しているのに将来計画だけが急激に改善している。

こうした不自然な動きがあれば、その理由を調べます。

経営者の説明と客観的な事実を照らし合わせる姿勢が監査では重要です。

経営者確認書そのものの信頼性が問われることもある

経営者の誠実性について重大な疑問が生じた場合には、経営者確認書についても慎重に評価する必要があります。

書面に署名があるという形式だけでは十分ではありません。

監査人は、これまでに得た監査証拠や経営者の説明などを総合して判断します。

もし経営者から得た説明に重大な問題が繰り返し見つかれば、監査そのものを継続できるのかという問題にまで発展する可能性があります。

監査では書類の形式だけではなく、その情報を提供する人や仕組みの信頼性も重要なのです。

投資家にも同じ考え方が役立つ

この考え方は投資家が企業を見る際にも参考になります。

企業は決算説明会などで将来の事業計画を説明します。

しかし経営者が説明したから、その計画が必ず実現するわけではありません。

過去の会社計画と実績を比較する。

受注状況を見る。

キャッシュフローを見る。

競合企業の動向を見る。

市場全体の成長率を見る。

こうした客観的な情報と経営者の説明を組み合わせて判断することが重要です。

監査人と投資家では立場は異なりますが、説明だけでなく裏付けを見るという考え方には共通する部分があります。

結論

経営者確認書は財務諸表監査における重要な監査証拠の1つです。

しかし、経営者確認書があるから監査法人が会社の説明をそのまま信用するわけではありません。

銀行への残高確認、取引先への確認、契約書、請求書、入金記録、事業計画の検証など、さまざまな監査証拠と組み合わせて財務諸表を検証します。

特に重要なのは、経営者や財務報告に責任を持つ役職員の説明に重大な疑問が生じた場合です。

1つの説明の問題が、ほかの資料や説明の信頼性にも影響する可能性があります。

その場合、経営者確認書を提出しただけでは問題は解決しません。

監査法人が客観的な証拠を取得でき、会社の財務報告プロセスそのものを信頼できる環境を再構築する必要があります。

上場企業の財務情報の信頼性は、経営者の言葉だけによって成立するものではありません。

経営者の説明と、それを裏付ける証拠、そして正しい財務情報を生み出す内部統制がそろって初めて成り立つものなのです。

参考

日本経済新聞 2026年10月1日 朝刊「ニデック監査、再び不表明 前期有報 上場維持厳しさ増す 最終赤字5646億円」

日本経済新聞 2026年10月1日 朝刊「ニデック統治、再構築急ぐ PwC『適切な監査証拠入手できず』 東証報告、月末に迫る」

日本経済新聞 2026年10月1日 朝刊「監査意見 財務情報の信頼性高める」

タイトルとURLをコピーしました