人手不足が深刻になっているにもかかわらず、「扶養内勤務OK」と明記する求人が増えています。
一見すると不思議な現象です。
企業が人手を必要としているのであれば、1人でも多く、できるだけ長い時間働いてもらいたいはずです。
ところが実際の採用現場では、扶養の範囲内で働きたいという希望に対応する企業が少なくありません。
背景にあるのが年収の壁です。
働く側が壁を意識しているため、企業側も壁を前提として求人条件を設計しなければ、人材を集めにくくなっています。
扶養を意識した求人は7.7%
企業の採用支援を手掛けるHRソリューションズによると、2026年1月から9月の各月1日に公開されていた非正規向け求人402万件のうち、扶養を意識したとみられる求人の割合は7.7%でした。
前年同期と比べて1.3ポイント増えています。
年収の壁を見直す制度改正が進んでいるにもかかわらず、求人市場ではむしろ扶養を意識した募集が増えていることになります。
これは制度改正だけでは、働く人の意識や企業の採用行動がすぐには変わらないことを示しています。
求職者にとって扶養内は重要な条件
パートの仕事を探している人の中には、最初から扶養内勤務を希望している人がいます。
求人票に扶養内勤務が可能かどうか書かれていなければ、応募前に確認しなければなりません。
場合によっては、条件が分からないという理由だけで応募先の候補から外してしまうこともあります。
そこで企業側は、扶養内勤務OKと明記します。
これは単なる福利厚生ではありません。
人材を集めるための採用条件になっているわけです。
人手不足だからこそ条件を合わせる
人手不足であれば、企業が強い立場になり、長時間働ける人だけを採用できるようにも思えます。
実際には逆です。
応募者が少ないからこそ、企業側が働く人の希望に合わせなければなりません。
週5日働ける人だけを募集して応募者が集まらないのであれば、週3日勤務を認める。
1日8時間が難しければ、4時間勤務を用意する。
扶養内を希望する人が多ければ、年収を調整できるシフトを用意する。
採用難が深刻になるほど、企業は勤務条件を細かく設定して幅広い人を採用する必要があります。
スーパーでは22.7%に達する
扶養を意識した求人の割合は業界によって大きく異なります。
特に目立つのがスーパーです。
2026年1月から9月の約31万8,000件の求人のうち、扶養を意識したとみられる求人は22.7%を占めました。
前年同期から4.4ポイント増えています。
およそ4件から5件に1件という高い割合です。
スーパーではレジ、品出し、総菜、鮮魚、清掃など、短時間勤務と組み合わせやすい仕事が多くあります。
主婦や主夫など、家庭との両立を重視する人も重要な労働力になっています。
そのため、扶養内勤務への対応が採用力そのものに影響しやすい業界です。
給食でも大きく増えている
給食業界でも同じ傾向があります。
約28万4,300件の求人のうち、扶養外を除き扶養と記載した求人は8.9%を占めました。
前年同期から6.8ポイント増えています。
給食の仕事は学校や事業所などの時間帯に合わせた勤務が多く、短時間労働との相性があります。
一方で、人手不足が深刻になれば、企業としては勤務時間を増やしてもらいたいところです。
それでも扶養内勤務を求人条件として提示する必要があるところに、採用現場の難しさがあります。
週20時間未満も求人条件になる
求人では年収だけが意識されているわけではありません。
「週20時間以内」または「週20時間未満」と明記された求人もあります。
2026年10月から106万円という社会保険加入の賃金要件は撤廃されました。
しかし、週20時間以上という労働時間要件は残っています。
そのため、社会保険加入を避けたい人にとっては、今後106万円より週20時間という数字の方が重要になる可能性があります。
企業側も、その希望に対応する求人を用意することになります。
企業にはシフト管理の負担が生じる
扶養内勤務を認めれば人材を採用しやすくなる一方、企業側には別の負担が発生します。
年収や労働時間を意識しながらシフトを組まなければならないからです。
従業員から年収が壁を超えそうなので来月の勤務を減らしてほしいと申し出られることもあります。
最低賃金や時給が上昇すれば、同じ勤務時間でも年間収入は増えます。
前年と同じシフトでは壁を超えてしまうため、さらに勤務時間を減らす必要が出てくる場合もあります。
企業の人事担当者や現場責任者にとって、年収の壁はシフト管理の問題でもあります。
1人の時間を減らすと必要人数は増える
扶養内勤務が増えると、企業は必要な総労働時間をより多くの人で分担する必要があります。
例えば週200時間分の仕事があるとします。
1人が週25時間働けば8人で対応できます。
1人が週20時間未満しか働かなければ、単純にはそれより多くの人数が必要になります。
人数が増えれば、採用、教育、勤怠管理などの負担も増えます。
人手不足の時代に、少ない労働時間を多くの人で埋めることには限界があります。
賃上げだけでは採用問題を解決できない
企業は人材を集めるために時給を引き上げています。
しかし、年収の壁を意識する人の場合、時給が上がるほど勤務時間を減らすことがあります。
企業が時給を上げる。
従業員は同じ年収を維持するため勤務時間を減らす。
不足した時間を埋めるため企業が新たな人を採用する。
この循環が続けば、賃上げをしても人手不足が十分に解消されない可能性があります。
年収の壁は、賃金政策の効果にも影響しているわけです。
扶養内勤務OKが示す制度の影響
求人票は企業と働く人をつなぐ場所です。
そこに扶養という言葉が多く登場すること自体が、税や社会保険制度が働き方に大きな影響を与えていることを示しています。
本来であれば、働く人は自分が働ける時間や得たい収入をもとに仕事を選ぶはずです。
企業も必要な労働時間をもとに求人を設計するはずです。
ところが実際には、制度上の境界線を意識して双方が勤務時間を調整しています。
働き方が仕事の必要性だけで決まっていないところに、年収の壁の問題があります。
結論
「扶養内勤務OK」とする求人が増えている背景には、働く側の強いニーズがあります。
2026年1月から9月の非正規向け求人では、扶養を意識したとみられる求人が7.7%を占めました。
スーパーでは22.7%に達しています。
人手不足だからこそ企業は、扶養内で働きたい人も採用できるよう勤務条件を柔軟にしています。
一方、それによって1人当たりの勤務時間が短くなれば、企業はより多くの人を採用しなければなりません。
時給を引き上げても、年収の壁を理由に勤務時間を減らされれば、必要な労働時間を確保できない場合もあります。
扶養内勤務OKという求人の増加は、単なる採用トレンドではありません。
年収の壁が企業の採用、賃金、シフト、人員配置にまで影響していることを示しています。
年収の壁を考えるときには、働く人の手取りだけでなく、企業の採用現場で何が起きているのかを見ることも重要です。
参考
日本経済新聞 2026年10月1日朝刊 労働臨界「働き控え」なお400万人超 「年収の壁」106万円撤廃