金とビットコインは、どちらも法定通貨とは異なる資産として語られることがあります。
インフレに強い。
通貨価値の低下に備えられる。
特定の国や企業に依存しない。
こうした共通点から、金とビットコインを資産防衛の手段として考える人も増えています。
ところが今回の市場では、両者の明暗がはっきりと分かれました。
米財務省による国債買い戻し枠拡大の発表を受け、当初はディベースメント取引として金とビットコインの双方が買われました。
その後、金先物価格は8月19日と比べて9月29日時点で約10%下落しました。
一方、ビットコインは約20%上昇しました。
似ているように見える2つの資産が、なぜ正反対の動きをしたのでしょうか。
そこには資産防衛を考えるうえで重要なヒントがあります。
資産防衛とは値下がりしないことではない
資産防衛という言葉から、価格が下落しない資産を探すことだと考えるかもしれません。
しかし、価格が絶対に下落しない投資資産はありません。
金も下落します。
債券も市場金利が上昇すれば価格が下落します。
株式も下落します。
ビットコインにはさらに大きな価格変動があります。
資産防衛の本質は、値下がりしない資産を見つけることではありません。
異なるリスクに対して、異なる資産を組み合わせることです。
現金にもリスクがある
投資をしなければ安全だと考えることがあります。
確かに預金や現金は、日々の価格変動という意味では安定しています。
しかし、インフレが続けば購買力は低下します。
100万円という金額が変わらなくても、物価が上昇すれば購入できる商品やサービスは少なくなります。
資産防衛では、価格変動リスクだけでなく購買力が低下するリスクも考える必要があります。
現金を持つことにも役割がありますが、現金だけを持つことにも別のリスクがあるのです。
金が守るものは何か
金には利息がありません。
企業のように利益を生み出すわけでもありません。
それでも長い歴史の中で価値の保存手段として利用されてきました。
金の特徴は、特定の企業や政府の債務ではないことです。
政府の財政。
通貨の価値。
金融システム。
地政学リスク。
こうしたものへの不安が強まったとき、金が資産の逃避先として注目されることがあります。
金は収益を生み出すためだけではなく、他の金融資産とは異なる性質を持つことに意味があります。
ただし金も万能ではない
安全資産と呼ばれる金でも、価格は下落します。
今回の相場がその例です。
米国の長期金利が高水準となり、利息を生まない金を保有する機会費用が大きくなりました。
さらに、それまでの価格上昇による買われ過ぎも意識されました。
地政学的な緊張が存在していても、金価格が上昇するとは限りません。
安全資産という言葉を、価格が安全な資産と理解しないことが重要です。
ビットコインが守るものは何か
ビットコインにも、法定通貨とは異なる資産という特徴があります。
供給量に上限が設定されていることから、通貨供給の増加による価値低下に対する代替資産として語られることがあります。
ディベースメント取引で金と同時に買われることがあるのは、このためです。
一方、ビットコインには金とは違う成長要因があります。
ETFへの資金流入。
機関投資家の参加。
規制環境の整備。
暗号資産市場の拡大。
こうした市場構造の変化が価格を押し上げることがあります。
ビットコインは防衛資産だけではない
ビットコインを金と同じ安全資産と考えることには注意が必要です。
価格変動が非常に大きいからです。
短期間で大幅に上昇する一方、大幅に下落することもあります。
金融市場が混乱したときに必ず買われるとも限りません。
投資家が現金を必要とすれば、株式などと同様に売却される可能性があります。
ビットコインには法定通貨とは異なる資産という側面がありますが、価格変動という観点では金とは異なるリスクを持っています。
同じ無国籍資産でも値動きは違う
今回の相場で重要なのは、金とビットコインが最初は同じ理由で買われ、その後は違う理由で動いたことです。
当初は通貨価値への不安から双方が買われました。
その後、金には高金利が逆風となりました。
ビットコインにはETFへの資金流入や規制整備への期待が追い風となりました。
同じカテゴリーに見える資産でも、価格を決める要因は違います。
この違いこそが分散投資を考える出発点になります。
資産防衛では役割を分ける
資産を1つの商品ですべて守ろうとすると無理が生じます。
現金には流動性があります。
債券には利息があります。
株式には企業成長を取り込む役割があります。
金には通貨や金融システムとは異なる価値保存手段としての特徴があります。
ビットコインには高い価格変動を伴いながら、新しいデジタル資産としての特徴があります。
それぞれの役割は異なります。
どれか1つがすべてを代替するわけではありません。
高金利なら債券にも役割がある
資産防衛というと、金やビットコインなどに目が向きがちです。
しかし、高金利時代には債券の存在も重要です。
安全性の高い債券から一定の利回りを得られるのであれば、資産を増やすために大きな価格変動を受け入れる必要性は以前より小さくなる場合があります。
金利がほぼゼロだった時代と、5%前後の利回りが存在する時代では資産配分の考え方も変わります。
資産防衛では、その時代の金利環境を無視できません。
インフレには複数の備えがある
インフレ対策も金だけではありません。
企業が物価上昇を販売価格へ転嫁できれば、株式が長期的なインフレ対策になる場合があります。
不動産にも実物資産としての側面があります。
物価連動型の金融商品もあります。
金も選択肢の1つです。
ビットコインを通貨価値低下への備えとして考える投資家もいます。
重要なのは、インフレ対策イコール金というように1つの資産だけに依存しないことです。
政府債務への不安にも両面がある
政府債務が増加すれば、金に追い風になるという考え方があります。
財政への不安から通貨価値への警戒が強まり、金が買われる可能性があるからです。
しかし、政府債務の増加によって長期金利が上昇すれば、金には逆風となります。
同じ出来事が異なる経路を通じて反対方向に作用することがあります。
資産防衛では、1つの経済指標から機械的に投資判断を導かないことが重要です。
日本では円の価値も考える
日本の投資家には、もう1つ重要な要素があります。
為替です。
ドル建て金価格が下落しても円安が進めば、円建て金価格は上昇する場合があります。
海外資産についても、資産そのものの値動きと為替の値動きが組み合わさります。
日本で暮らし、将来も円で支出するのであれば、円ベースで資産全体を考える必要があります。
外貨資産を持つこと自体が通貨分散になる一方、為替変動という新しいリスクも生まれます。
資産防衛で最も危険なのは集中
金が上昇しているから金だけを持つ。
ビットコインが上昇しているからビットコインへ集中する。
株式が好調だから株式だけを持つ。
高金利だから債券だけを持つ。
どの方法にも共通するのは、特定の経済環境が続くことを前提としていることです。
しかし、経済環境は変化します。
インフレからデフレへ。
高金利から低金利へ。
円安から円高へ。
景気拡大から景気後退へ。
将来を完全に予測できないからこそ、異なる環境に強い資産を組み合わせる意味があります。
値上がりより生き残ることを考える
資産形成では、最も値上がりする資産を当てることに関心が集まりがちです。
しかし、長期的な資産防衛では、大きな損失を避けながら資産を維持することも重要です。
100が50に下落すると50%の損失です。
50から100へ戻るには100%の上昇が必要になります。
大きな損失から回復するには、それだけ大きな上昇が必要です。
だからこそ、1つの資産へ集中するのではなく、異なる値動きをする資産を組み合わせる考え方が重要になります。
資産防衛は商品選びだけではない
資産防衛というと、何を買えばよいのかという話になりがちです。
しかし、本当に重要なのは資産全体の設計です。
生活に必要な現金を確保する。
長期資金を成長資産へ振り向ける。
必要に応じて債券などから収益を得る。
インフレや通貨価値の変化に備える。
異なるリスクを持つ資産へ分散する。
そして定期的に資産配分を確認する。
特定の商品を買えば資産防衛が完成するわけではありません。
結論
金とビットコインの明暗は、資産防衛について重要なことを教えてくれます。
似ている資産でも同じようには動きません。
金は高金利の影響を強く受けました。
ビットコインはETFへの資金流入や規制整備への期待によって上昇しました。
将来は逆の動きになる可能性もあります。
だからこそ、どの資産が一番上がるのかを当て続けることより、それぞれの資産が何のために存在するのかを考えることが重要です。
現金には流動性があります。
債券には利息があります。
株式には成長があります。
金には特定の発行体を持たないという特徴があります。
ビットコインには新しいデジタル資産としての可能性と大きな価格変動があります。
資産防衛とは、1つの最強の資産を見つけることではありません。
異なる弱点と強みを持つ資産を組み合わせ、どのような経済環境になっても資産全体が致命的な影響を受けにくい状態をつくることです。
金とビットコインの明暗を見ることは、どちらが優れているかを決めるためではありません。
資産にはそれぞれ違う役割があるという、分散投資の基本を改めて確認する機会なのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月30日 夕刊 明暗分ける金と仮想通貨