同族会社というと、創業家が株式を持ち、創業家出身者が経営を担う会社をイメージする人が多いでしょう。
所有と経営が一致していることは、意思決定が速く、長期的な視点で経営しやすいという大きな強みがあります。
一方で、会社が成長し、創業者から二代目、三代目へと世代交代が進むと、一族内の利害関係は複雑になります。
誰が会社を経営するのか。誰が株式を持つのか。経営に参加していない一族の株主をどう扱うのか。後継者をどのように選ぶのか。
こうした問題を、その都度の話し合いだけで解決しようとすると、いわゆるお家騒動につながることがあります。
そこで重要になるのがファミリーガバナンスです。
経済産業省は二〇二六年六月にファミリーガバナンスガイダンスを公表しました。主として非上場の中堅規模のファミリービジネスで参照されることが想定されています。
ファミリーガバナンスとは何か
ガバナンスという言葉は、一般には企業統治と訳されます。
上場会社では、取締役会や社外取締役、株主総会などを通じて経営者を監督する仕組みが整備されています。
ところが同族会社では事情が異なります。
大株主と経営者が同じ一族であることが多く、株主と経営者の利害が一致しやすいという特徴があります。
これは同族会社の強みです。
経営者が短期的な株価に左右されず、十年、二十年という長期的な視点で経営判断を行うこともできます。
創業家の理念や価値観を世代を超えて引き継ぐこともできます。
その反面、経営者を監督する仕組みが弱くなる可能性があります。
資料でも、金融機関や投資家からの牽制が働きにくい場合には、経営者の独善的な行動や成長意欲の減衰、後継者の経営能力不足などが企業価値を毀損する構造的リスクとして挙げられています。
こうした同族会社特有の問題を、一族自身がルールをつくることで防ごうという考え方がファミリーガバナンスです。
なぜ一族にもガバナンスが必要なのか
会社が小さいうちは、創業者一人の判断で経営できる場合があります。
株式も創業者がほとんど保有していれば、所有と経営の関係も単純です。
問題は世代交代です。
創業者が亡くなり、子どもたちが株式を相続すると株主が増えます。
さらに孫の世代になると株主は一段と増えていきます。
その中には会社で働く人もいれば、会社とはまったく関係のない仕事をしている人もいるでしょう。
経営者と株主が同じ一族でありながら、立場や考え方は異なってきます。
会社を成長させるため利益を内部留保したい経営者と、配当を増やしてほしい一族株主が対立することもあります。
だからこそ、問題が発生してから話し合うのではなく、あらかじめ一族としてのルールを決めておくことが重要になります。
五つの項目を決めておく
ファミリーガバナンスガイダンスでは、ファミリーガバナンスの内容として五つの項目が示されています。
一つ目が、ファミリービジネスの持続的成長に向けた理念や価値観、ビジョンです。
二つ目が、ファミリーとしての意思決定の仕組みです。
三つ目が、ファミリービジネスへのファミリー等の関与方針です。
四つ目が、ファミリービジネスの所有と経営の承継です。
五つ目が、ステークホルダーへの情報発信です。
つまりファミリーガバナンスは、単に後継者を決める制度ではありません。
会社と一族が将来どこへ向かうのかという理念から、経営への参加条件、株式の承継、外部への情報発信まで幅広く対象にしています。
一族だから自由に経営できるわけではない
ファミリーガバナンスで特に重要なのが、一族の誰を会社経営に参加させるかという問題です。
創業者の子どもだから自動的に入社できる。
社長の長男だから次の社長になる。
このような仕組みでは、会社の成長と一族の事情が一致しなくなる可能性があります。
そこで、一族が会社へ入社するときの条件や、役員へ昇進するときの条件をあらかじめ決める方法があります。
資料では、一族の入社について一定の要件を設ける選択型と、入社自体には一定の要件を求めない開放型という考え方が紹介されています。
選択型では、四年制大学以上の卒業や、自社以外で数年間働いた経験などを条件とする例があります。一方、開放型でも役員への昇進について厳格な要件を設定することがあります。
一族であることと、経営能力があることを分けて考えるわけです。
所有と経営を分ける選択肢もある
ファミリービジネスでは、株式を持つことと会社を経営することを必ずしも同じ人が続ける必要はありません。
一族が株式を保有しながら、経営は一族以外の専門経営者に任せる方法もあります。
反対に、株式の一部を外部へ移しながら一族が経営を続ける方法も考えられます。
さらに上場するのか、非上場を維持するのかという選択もあります。
ガイダンスでも、所有だけを維持するのか、経営だけを維持するのか、所有と経営の両方を承継するのかといった方向性を検討する必要性が示されています。
重要なのは、一族経営を続けること自体を目的にしないことです。
会社を持続的に成長させるために、どの形が最も適しているのかを考える必要があります。
事業承継が起きる前に決める
ファミリーガバナンスが最も威力を発揮するのは、問題が起きる前です。
創業者が元気なうちに後継者候補を決める。
一族が会社へ入社する条件を決める。
株式を誰に承継するかを決める。
会社に関与しない一族株主の株式をどのように扱うかを決める。
こうしたルールを早い段階で整備しておけば、相続が発生したときの混乱を抑えることができます。
資料でも、事業承継の遅れや不確実性は事業の成長を阻害するとし、親族内承継、従業員承継、第三者承継のいずれを予定するのかを早期に検討する必要性が指摘されています。
ファミリーガバナンスは、相続が発生してから考える制度ではありません。
むしろ相続が起きる前に準備するからこそ意味があります。
ファミリー憲章という方法もある
一族のルールを明文化する方法としてファミリー憲章があります。
たとえば、会社の理念、一族の経営参加条件、後継者の選び方、株式保有の考え方などを文書にして共有します。
ただし、すべてをファミリー憲章だけで処理できるわけではありません。
ガイダンスでは、ファミリー憲章などのソフトなルールを使うのか、株主間契約や信託契約など法的拘束力を持つハードなルールを使うのかについて、個々の中小企業の実情に応じて判断する必要があるとしています。
つまり、理念や行動原則はファミリー憲章で決め、株式や議決権など法律上重要な事項については契約や信託を組み合わせるという考え方もできます。
ファミリーガバナンスは会社を縛る制度ではない
経済産業省のガイダンスには法的拘束力がありません。
中小企業が必ず従わなければならない制度でもありません。
それでも、このガイダンスには大きな意味があります。
同族会社では、一族内の問題を外部から見えにくいまま処理してきた会社も少なくありません。
創業者が元気なうちは、それでも経営できるでしょう。
しかし世代交代が進むほど、株主も増え、経営に関係する一族も増えていきます。
暗黙の了解だけでは会社を動かせなくなります。
ファミリーガバナンスとは、一族を会社から排除する仕組みではありません。
むしろ、一族の強みを残しながら、一族であることによって生じるリスクを小さくする仕組みなのです。
結論
ファミリービジネスには、長期的な視点で経営できることや、創業家の理念や価値観を受け継ぎやすいという大きな強みがあります。
一方で、世代交代による株式の分散、後継者問題、一族間の対立、経営者への牽制不足など、同族会社特有の問題もあります。
ファミリーガバナンスとは、こうした問題が表面化する前に、一族と会社との関係をルールとして整理しておく仕組みです。
誰が経営するのか。
誰が株式を持つのか。
一族が会社に入るためにはどのような条件が必要なのか。
経営に参加しない一族の株式をどうするのか。
そして次の世代へ会社をどのように渡していくのか。
これらを創業者個人の判断ではなく、世代を超えて機能する仕組みに変えていくことが重要です。
同族会社にとって事業承継とは、単に次の社長を決めることではありません。
会社を引き継ぐと同時に、一族と会社との関係を次の世代でも安定させる仕組みを引き継ぐことでもあるのです。
参考
企業実務 2026年9月 ファミリーガバナンスガイダンスが実務に与える影響