労働者が仕事を原因とする事故や病気によって亡くなった場合、一定の遺族には労災保険から遺族補償年金等が支給されます。
ところが、これまでの制度では、亡くなった労働者が夫なのか妻なのかによって、残された配偶者の支給要件に違いがありました。
今回の労災保険法等の改正では、この男女差が見直されます。
特に重要なのが、妻が亡くなった場合の夫にだけ設けられていた年齢または障害に関する要件の撤廃です。
夫には年齢などの要件があった
これまでの遺族補償年金等では、妻が死亡して夫が遺族となる場合、夫について55歳以上または一定の障害の状態にあることという要件が設けられていました。
一方、夫が死亡して妻が遺族となる場合には、夫と同じ形でこの要件が課されていたわけではありません。
つまり、同じ配偶者であっても、夫と妻では受給するための条件が異なっていたのです。
今回の改正では、夫にのみ課せられていたこの支給要件を撤廃します。
なぜ男女で違いがあったのか
こうした違いの背景には、制度がつくられてきた時代の家族像があります。
かつては夫が主に働いて家計を支え、妻がその収入によって生活する家庭が一般的であるという考え方が制度にも反映されていました。
そのため、夫が亡くなった場合には妻の生活保障の必要性が高い一方、妻が亡くなった場合には夫自身が働いて収入を得られるという前提が置かれていました。
しかし、現在の家族の姿は大きく変わっています。
夫婦共働きの家庭では、夫と妻の双方の収入によって家計が成り立っているケースもあります。
妻の死亡によって夫の生活に大きな経済的影響が生じることも当然あります。
従来の家族像をそのまま制度の前提とすることが難しくなっているのです。
55歳という年齢要件がなくなる意味
今回の見直しでは、妻の死亡時に夫に求められていた55歳以上という年齢要件などが撤廃されます。
これは単に年齢の数字を変更する改正ではありません。
例えば、若い夫婦で妻が家計を支える重要な働き手だった場合を考えてみます。
妻が業務災害によって亡くなれば、夫が若くても世帯収入が大きく減少する可能性があります。
残された家族の経済的な影響という点では、夫が55歳以上なのか55歳未満なのかだけで単純に区別できるものではありません。
今回の改正は、こうした現在の家族や就業の実態に制度を近づけるものと考えることができます。
遺族が1人の場合の年金額も見直される
今回の改正では、受給要件だけでなく、遺族が1人の場合の遺族補償年金等の年金額についても見直されます。
これまで一定の条件を満たす妻については、給付基礎日額の175日分とする扱いがあり、それ以外では153日分となる違いがありました。
改正後は、この違いを改めて一律175日分とすることとされています。
支給対象だけでなく、給付水準についても男女差を見直す方向で制度が変更されるわけです。
働き方の変化と社会保障制度はつながっている
今回の資料では、就業構造の変化や働き方の多様化などを踏まえ、労働災害に対する幅広いセーフティネットを整備することが改正の背景として示されています。
働き方の多様化というと、副業やフリーランスなどを思い浮かべるかもしれません。
しかし、夫婦の働き方が変化することも重要な変化です。
夫だけが働く家庭を前提とするのではなく、夫婦双方が働き、双方の収入によって家計を支えることを考えれば、労働災害によってどちらかが亡くなった場合の保障についても同じ視点で考える必要があります。
労災保険の改正は、こうした社会の変化を制度に反映させる動きでもあります。
社会保障には昔の家族像が残ることがある
社会保障制度を理解するときには、現在の給付額や要件を見るだけではなく、なぜその条件が設けられているのかを見ることも大切です。
制度には、それがつくられた時代の働き方や家族の姿が反映されていることがあります。
社会が変化すると、それまで合理的だった区分が現在の実態には合わなくなる場合があります。
今回の遺族補償年金等の見直しは、その分かりやすい例といえるでしょう。
制度改正を見ることで、日本の働き方や家族のあり方がどのように変わっているのかも見えてきます。
結論
今回の労災保険法等の改正では、妻が死亡した場合に夫だけに課されていた55歳以上または一定の障害の状態にあることという支給要件が撤廃されます。
さらに、遺族が1人の場合の年金額についても見直され、一律の扱いとする方向へ変わります。
背景にあるのは、働き方と家族のあり方の変化です。
夫が働き、妻が扶養されるという家族像だけでは、現在の多様な世帯を十分に捉えることができません。
遺族補償年金は、亡くなった人の性別ではなく、労働災害によって残された家族に生じる生活上のリスクを支える制度です。
今回の改正は、労災保険を現在の家族や働き方の実態に近づける重要な見直しといえるでしょう。
参考
企業実務 2026年9月号 働き方の多様化に対応した労災保険法等の改正