事業承継では、後継者にいつ経営を任せるのかという問題があります。
後継者候補を育てるためには、実際に会社経営を経験させる必要があります。
しかし、まだ経験の浅い後継者に、いきなりすべての経営判断を任せることに不安を感じる社長もいるでしょう。
今回の参考記事では、自社株信託を利用する場合に、後継者の議決権行使について一定の縛りを設ける指図権という方法が紹介されています。
後継者に経営を経験させながら、社長が元気なうちはその経営を見守るための仕組みです。
指図権とは何か
自社株信託では、社長が保有する自社株を後継者候補に信託する方法が考えられます。
この場合、後継者候補は受託者として自社株を管理することになります。
参考記事では、この信託契約において、会社経営に関する指図権を設定できると説明されています。
指図権は、信託契約で定めた内容に基づいて、後継者による議決権の行使について一定の縛りを設けるための仕組みです。
つまり、自社株を後継者候補に信託したからといって、直ちにすべての経営判断を後継者へ委ねなければならないわけではありません。
自社株と議決権は会社経営に直結する
自社株は単なる財産ではありません。
株式には議決権が伴うため、誰が株式を管理し、その議決権をどのように行使するかは会社経営に大きく関係します。
特に、社長個人が会社の株式の大半を保有している中小企業では重要です。
自社株の承継は、財産の承継であると同時に経営権の承継という側面を持っています。
そのため、後継者候補へ株式を託す場合には、経営に関する権限をどの段階まで任せるのかも考える必要があります。
後継者の議決権行使に縛りを設けられる
参考記事では、指図権を設定することによって、後継者の議決権行使について縛りをかけることができると説明されています。
これは、後継者候補に経営を経験させながらも、重要な意思決定について社長が一定の関与を続けるという考え方です。
社長が元気な間から後継者候補に経営を経験させることは、後継者育成につながります。
一方で、会社の将来を大きく左右する判断まで最初から全面的に任せることにはリスクがあります。
指図権を利用することで、経営を任せることと社長が見守ることを両立させる方法が考えられます。
社長が元気なうちは経営を見守れる
参考記事では、指図権を設定することによって、社長が元気なうちは後継者にフリーハンドで会社経営を任せるのではなく、後継者による経営を見守ることができるとしています。
ここが自社株信託を事業承継に利用する場合の特徴の一つです。
事業承継をある日突然行うのではなく、社長と後継者が一定期間並走することができます。
後継者候補は実際の経営を経験します。
社長はその判断や行動を確認します。
その過程を通じて、少しずつ後継者へ経営を移していくという考え方です。
後継者の適性を確認する期間にもなる
指図権を設けながら後継者候補に経営を経験させる期間は、後継者としての適性を確認する期間にもなります。
参考記事では、自社株信託を利用することで後継者候補を試すことができるとしています。
実際に経営を任せてみて、能力的に不十分であることが分かった場合には、信託契約を解除し、信託している株式を社長へ戻すことができると説明されています。
つまり、後継者候補へ自社株を完全に承継させてから適性を判断するのではありません。
社長が見守れる状態を残しながら経営を経験させ、その結果を見て最終的な承継を判断することができます。
段階的な事業承継という考え方
事業承継というと、現社長が退任し、その日から後継者がすべてを引き継ぐというイメージを持つかもしれません。
しかし、参考記事が示す自社株信託の仕組みでは、より段階的に承継を進めることができます。
まず後継者候補に経営を経験させます。
その間、社長は指図権を通じて経営を見守ります。
後継者候補が経営者として十分に成長したことを確認したうえで、本格的な承継へ進むという考え方です。
長年社長一人に集中していた経営権を、一度にすべて移す必要はありません。
指図権にも注意点がある
もっとも、指図権を設定すればすべての問題を解決できるわけではありません。
参考記事では、自社株信託のデメリットとして、指図権に反した場合の後継者による行為の有効性が挙げられています。
自社株信託を締結した後、受託者である後継者が指図権に反した行為をした場合、その効力を取引先などの第三者に対してどこまで主張できるのかについては争いがあると説明されています。
したがって、指図権があるから絶対に社長の意思どおりになると考えるのは適切ではありません。
信託契約の内容や具体的な運用について慎重に検討する必要があります。
社長が権限を持ち続けすぎる問題も考える
参考記事では、指図権によって社長が後継者の経営を見守れるというメリットが示されています。
一方、指図権をいつまで残すべきかといった具体的な運用方法までは示されていません。
実際の事業承継では、後継者を育てるために経営を経験させる以上、どの範囲を任せるのかを考えることも重要になります。
社長がすべてを決め続ければ、後継者が自ら判断する機会は少なくなります。
後継者を見守ることと、後継者に経営を任せることのバランスを考える必要があります。
結論
自社株信託における指図権とは、信託契約で定めた内容に基づき、後継者による議決権の行使について一定の縛りを設けるための仕組みです。
これによって、社長は自社株を後継者候補に信託した後も、元気なうちは後継者による会社経営を見守ることができます。
後継者候補には実際の経営を経験させながら、すべての経営権を一度に任せないという段階的な事業承継が可能になります。
さらに、その期間を利用して後継者としての適性を確認し、能力的に不十分であれば後継者選定をやり直す方法も考えられます。
一方、後継者が指図権に反した行為をした場合の有効性という問題もあります。
指図権は万能な仕組みではありません。
それでも、事業承継を一度の引き継ぎではなく、社長が後継者を見守りながら少しずつ経営を任せていく過程として考えるうえで、自社株信託の指図権は重要な仕組みといえます。
参考
企業実務 2026年9月号 社長の相続対策リスク