企業活動にとって、電力は欠かすことのできないインフラです。
工場の生産設備、物流センターの自動倉庫、店舗の冷蔵設備、オフィスのパソコンやサーバーなど、ほとんどの企業活動が電力に依存しています。
普段はスイッチを入れれば電気が使えるため、その供給源を意識する機会はそれほど多くありません。
しかし、気候変動による猛暑や豪雨、洪水、渇水などがエネルギー供給にも影響するようになると「電力は常に供給される」という前提そのものを見直す必要があります。
そこで重要になるのが「エネルギー分散」という考え方です。
エネルギー分散とは何か
企業のエネルギー分散とは、事業に必要な電力や熱などを、1つの供給源だけに過度に依存しないようにする考え方です。
例えば、外部の電力網から購入する電気だけではなく、自社施設の太陽光発電、非常用発電機、蓄電池などを組み合わせる方法があります。
重要なのは、すべての電力を自社でつくることではありません。
1つの供給源が使えなくなった場合でも、別の手段によって重要な事業を継続できる状態をつくることです。
サプライチェーンで仕入先を分散するのと同じように、エネルギーにも代替手段を持たせる考え方です。
系統電力だけに依存するリスク
企業の多くは、電力会社などから電気を購入しています。
通常時には非常に便利で効率的な仕組みです。
企業がそれぞれ大規模な発電設備を持つ必要がなく、必要な電力を電力網から受け取ることができます。
しかし、大規模災害などによって送配電設備が被害を受ければ、企業の建物や設備が無事でも電力を利用できなくなる可能性があります。
電力がなければ、生産設備や情報システムなども動きません。
自社が直接被災していなくても、外部インフラの停止によって事業が止まる可能性があるのです。
自家発電という選択肢
エネルギーを分散する方法の1つが自家発電です。
企業が自社施設に発電設備を設置し、必要な電力の一部を自らつくります。
例えば、工場や倉庫の屋根に太陽光発電設備を設置する方法があります。
通常時には購入する電力量を減らし、一定の条件を満たす設備構成であれば、非常時の電源として活用できる可能性もあります。
また、事業の性質によっては燃料を利用した発電設備を設置する方法もあります。
外部の電力網と自家発電を組み合わせることで、電力供給源を複数持つことができます。
蓄電池にはどんな役割があるのか
太陽光発電などには課題もあります。
太陽光発電は夜間には発電できず、天候によって発電量も変化します。
そこで組み合わせて利用されるのが蓄電池です。
昼間につくった電気を蓄えておき、必要な時間帯に利用します。
停電時にも蓄電池に電気が残っており、設備が非常時利用に対応していれば、重要な機器へ一定時間電力を供給できる可能性があります。
ただし、蓄電池にも容量があります。
企業全体を長期間動かせるとは限りません。
そのため、どの設備へ優先的に電力を供給するのかをあらかじめ決めておくことが重要です。
非常用発電機があれば安心とは限らない
企業や病院、データセンターなどでは、停電対策として非常用発電機を設置している場合があります。
しかし、発電機を設置しているだけでは十分とは限りません。
燃料がなければ発電できないからです。
大規模災害では道路が寸断され、燃料を運ぶ車両が到着できない可能性があります。
非常用発電機そのものが正常でも、燃料供給という別のサプライチェーンが止まれば利用できなくなるわけです。
何時間分、あるいは何日分の燃料を確保するのか。
燃料を複数のルートから調達できるのか。
エネルギーのBCPでは、発電設備だけでなく燃料の供給まで考える必要があります。
すべての設備を動かす必要はない
停電したとき、企業が通常時と同じ活動を続けようとすれば大量の電力が必要になります。
しかし、非常時には業務を絞るという考え方があります。
例えば、工場に10本の生産ラインがある場合、すべてを動かすのではなく、重要商品を生産する1本だけを動かす方法です。
情報システムでも、すべての設備を維持するのではなく、顧客対応や受発注など重要な機能を優先することが考えられます。
限られた電力を重要業務へ集中させれば、必要な非常用電源の規模を抑えることもできます。
エネルギー分散とBCPは一体で考える必要があるのです。
再生可能エネルギーには別の意味もある
再生可能エネルギーというと、脱炭素のための取り組みというイメージが強いでしょう。
しかし、企業のエネルギー安全保障という視点では別の価値もあります。
自社施設などで電力をつくることができれば、外部から購入するエネルギーへの依存度を一定程度下げられる可能性があります。
また、地域でつくられたエネルギーを地域で利用する仕組みを整備すれば、遠く離れた場所からエネルギーを運ぶことへの依存を抑えられる場合もあります。
環境対策とエネルギー安全保障が重なる部分があるのです。
エネルギー分散にもコストがかかる
もちろん、供給源を増やせばよいという単純な話ではありません。
太陽光発電設備や蓄電池を導入するには設備投資が必要です。
非常用発電機にも購入費や維持管理費がかかります。
燃料を備蓄すれば保管や管理も必要になります。
そのため企業は、停電によって発生する可能性のある損失と、エネルギー分散に必要な費用を比較する必要があります。
数時間の停電でも巨額の損失が発生する事業と、一定時間停止しても影響が小さい事業では、必要な対策も異なります。
自社にとってどの程度の電力確保が必要なのかを考えることが重要です。
電気の価格から電気の安定性へ
企業がエネルギーを調達するとき、これまでは価格が重要な判断材料でした。
もちろん、電気料金は企業の収益に直接影響するため、これからも重要です。
しかし、気候変動や自然災害などによる供給リスクまで考えれば、価格だけでは十分ではありません。
安い電気を購入できても、供給が止まったときに事業全体が停止すれば大きな損失が発生します。
これからは「いくらで買えるのか」と同時に「止まったときに代替できるのか」という視点が必要になります。
結論
企業のエネルギー分散とは、事業に必要な電力などを1つの供給源だけに過度に依存せず、複数の手段によって確保する考え方です。
外部の電力網、自家発電、再生可能エネルギー、蓄電池、非常用発電機など、それぞれの特徴を組み合わせます。
重要なのは、すべての電力を自給することではありません。
外部からの供給が止まった場合でも、重要な事業を一定期間続けられる状態をつくることです。
さらに、非常用発電機なら燃料、太陽光発電なら発電時間、蓄電池なら容量というように、それぞれの弱点まで考える必要があります。
これまで企業のエネルギー戦略では、価格と脱炭素が大きなテーマでした。
これからはそこに「供給が止まったときにも事業を続けられるか」という安全保障の視点が加わります。
最も安いエネルギーを選ぶだけでなく、何か起きても必要なエネルギーを確保できる仕組みをつくる。
気候安全保障の時代には、エネルギーの分散そのものが企業のレジリエンスを支える重要な経営戦略になるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月25日 朝刊 「気候安全保障」時代の企業経営