2027年4月から発行できるようになるデジタル地方債には、従来の地方債とは異なる大きな特徴があります。
それが、自治体が地方債を保有している投資家を把握しやすくなることです。
これまで地方債は、自治体が発行し、証券会社などを通じて投資家が購入する金融商品でした。
自治体にとって重要なのは必要な資金を調達することであり、地方債を購入した一人ひとりの個人と継続的な関係を持つことは簡単ではありませんでした。
デジタル地方債では、この関係が変わる可能性があります。
地方債を発行して資金を集めたら終わりではなく、購入した投資家との関係がそこから始まる。
デジタル地方債の大きな可能性は、この点にあります。
従来の地方債では投資家との距離が遠かった
自治体が地方債を発行すると、多くの場合は金融機関や機関投資家などが購入します。
個人向け地方債についても、証券会社などを通じて販売されます。
投資家から見れば自治体の地方債を購入していますが、自治体と投資家が直接つながっている感覚は強くありません。
自治体は資金を調達する。
投資家は利息を受け取る。
満期になれば元本が償還される。
金融商品としては、この関係だけでも成立します。
そのため地方債は、発行した後に自治体と個人投資家が継続的に交流する商品ではありませんでした。
デジタル地方債では保有者情報を把握しやすくなる
デジタル地方債では、ブロックチェーンなどの分散型台帳技術を利用して地方債の権利を管理します。
誰が保有しているのか。
保有者が変わったのか。
こうした情報を迅速に反映できるようになります。
日本経済新聞の記事では、自治体が保有者情報を網羅的かつリアルタイムに把握しやすくなることが特徴として挙げられています。
これは単なる事務効率化ではありません。
自治体が投資家に直接情報を届けるための基盤にもなります。
購入者に事業の進捗を伝えられる
例えば自治体が豪雨対策の排水設備を整備するため、デジタル地方債を発行したとします。
個人が10万円分購入しました。
従来であれば、その後に投資家が受け取る情報は利払いなど金融商品として必要なものが中心になります。
しかし、保有者を把握できれば、
工事を開始しました。
設備の半分が完成しました。
予定どおり工事が進んでいます。
設備が完成しました。
といった情報を届けることも考えられます。
投資家は、自分のお金がどのように地域で使われているのかを確認できます。
完成後の成果まで伝えられる
さらに重要なのは、施設をつくって終わりにしないことです。
例えば豪雨対策設備なら、完成後に実際の効果を伝えることもできます。
大雨が発生した。
新しい設備が稼働した。
これまで浸水していた地域で被害が軽減された。
こうした情報が届けば、投資家は自分のお金が地域に与えた効果まで確認できます。
太陽光発電設備なら年間発電量などを知らせることも考えられます。
投資家にとって地方債が単なる債券ではなく、地域プロジェクトへの参加手段になっていきます。
地域イベントへの参加も考えられる
保有者情報を把握できれば、地方債購入者に地域イベントを案内することもできます。
例えば、
完成した公共施設の見学会。
地域の環境イベント。
防災訓練。
自治体の政策説明会。
こうしたイベントです。
地方債を購入した人は、その自治体に一定の関心を持っている可能性があります。
自治体にとっても、地域に関心を持つ人へ情報を届けられることには意味があります。
地域外の投資家との関係もつくれる
デジタル地方債の可能性は、地域住民だけに限りません。
今後の商品設計によっては、地域外の人が購入するケースも考えられます。
出身地。
学生時代を過ごした地域。
以前住んでいた地域。
旅行で好きになった地域。
家族が暮らしている地域。
人と地域との関係は、現在の住所だけで決まるものではありません。
デジタル地方債を通じて、地域外に住む人とも継続的な関係をつくれる可能性があります。
関係人口を増やす仕組みにもなる
地方創生では、定住人口だけではなく、地域と継続的に関わる人を増やすことが重要になります。
住んでいなくても地域を訪れる。
商品を購入する。
イベントに参加する。
地域の活動を応援する。
そして地域に投資する。
デジタル地方債の購入者をこうした関係につなげられれば、地方債は単なる資金調達手段以上の役割を持つことになります。
投資家が地域との接点を持ち続ける仕組みです。
地域ポイントで経済的な関係も続けられる
購入者に地域ポイントを提供する仕組みも考えられます。
ポイントを地域の商店や飲食店などで利用できれば、投資家が実際に地域を訪れるきっかけになるかもしれません。
地方債を購入する。
自治体から地域情報が届く。
地域を訪れる。
ポイントを利用する。
地域の商品を購入する。
そして次の地方債にも関心を持つ。
こうした循環が生まれれば、地方債をきっかけに地域経済との関係が続いていきます。
満期後も関係を続けられる
地方債には満期があります。
満期になると原則として元本が償還されます。
従来であれば、そこで投資家と地方債の関係は終わります。
しかしデジタル地方債では、その後の関係も考えられます。
例えば満期が近づいたときに、
これまでの事業成果。
次に予定している地域プロジェクト。
新しく発行する地方債。
などの情報を届けます。
投資家が次の地方債を購入すれば、自治体との関係が続きます。
自治体にとって継続購入は大きな意味を持つ
地方債を発行するたびに新しい投資家を一から集めるのは簡単ではありません。
過去に地方債を購入し、自治体の情報を継続的に受け取っている人であれば、次の地方債にも関心を持つ可能性があります。
最初は1万円。
次は5万円。
さらに別の地域プロジェクトにも投資する。
こうした継続購入が広がれば、自治体にとって安定した個人投資家層を形成できる可能性があります。
地方債の個人保有が非常に少ない現在の状況を変える一つの方法になります。
個人保有はまだ0.14%にすぎない
2024年度末の地方債証券の残高は69兆4,000億円です。
そのうち個人の保有額は約980億円で、わずか0.14%です。
地方債市場では個人投資家の存在感は非常に小さいのが現状です。
だからこそ、単に購入しやすくするだけではなく、購入後も自治体との関係を続けてもらうことが重要になります。
1回だけ地方債を買う人を増やすのではなく、地域に継続的に投資する人を増やすという発想です。
投資家情報の扱いには慎重さも必要
一方、自治体が投資家情報を把握できることには注意も必要です。
誰が地方債を持っているのか。
いくら持っているのか。
どのような商品を購入したのか。
こうした情報は適切に管理されなければなりません。
デジタル化によって情報を活用しやすくなるほど、情報管理の重要性も高まります。
投資家への情報提供やサービス向上と、個人情報などの適切な管理を両立させる必要があります。
情報を送りすぎても逆効果になる
保有者を把握できるからといって、自治体が大量の情報を送り続ければよいわけではありません。
投資家が知りたいのは、自分が投資した事業や地域に関係する有益な情報です。
関係のない情報が大量に届けば、かえって負担になります。
どの情報を。
どの頻度で。
どの方法で届けるのか。
自治体にも情報発信の工夫が求められます。
デジタル化によって情報を送れることと、情報を読んでもらえることは別の問題です。
自治体にも投資家対応という仕事が生まれる
デジタル地方債が広がれば、自治体側の仕事も変わる可能性があります。
これまでは地方債を発行して資金を調達することが中心でした。
これからは、
投資家に事業内容を説明する。
進捗を報告する。
成果を伝える。
質問に対応する。
次の地方債を案内する。
といった仕事が重要になるかもしれません。
企業が株主や投資家との関係を重視するように、自治体にも個人投資家との継続的なコミュニケーションが求められる可能性があります。
発行して終わりから関係を育てる地方債へ
デジタル地方債の価値を単にブロックチェーンを使うことだと考えると、本質を見失います。
技術は手段です。
重要なのは、その技術によって自治体と投資家の関係をどう変えるかです。
これまでは、
地方債を発行する。
投資家が買う。
利息を払う。
満期に元本を返す。
という関係でした。
これからはその間に、
事業の情報を届ける。
成果を共有する。
地域イベントに参加してもらう。
地域で消費してもらう。
次のプロジェクトにも投資してもらう。
という関係を加えられる可能性があります。
結論
デジタル地方債では、自治体が地方債の保有者情報を把握しやすくなることが大きな特徴です。
これは単に地方債の管理を効率化するためだけの仕組みではありません。
購入者に事業の進捗を伝える。
完成後の成果を報告する。
地域イベントを案内する。
地域ポイントを提供する。
次に発行する地方債を知らせる。
こうした継続的な関係をつくれる可能性があります。
現在、地方債証券69兆4,000億円のうち個人保有は約980億円、わずか0.14%です。
個人投資家を増やすには、買いやすくするだけでは十分ではありません。
買った後に「この地方債を持っていてよかった」と感じてもらえる関係をつくることが重要になります。
地方債を発行して終わる自治体から、投資家との関係を育てる自治体へ。
デジタル地方債が本当に変えるのは地方債の形ではなく、自治体と個人のお金の関係なのかもしれません。
参考
日本経済新聞 2026年9月29日朝刊 「デジタル地方債の可能性 地域に投資、裾野広げる 個人の購入、増やす契機」