日本では長期間にわたって低金利が続き、企業年金にとって厳しい運用環境が続いてきました。
安全性を重視して国内債券を保有しても十分な利回りを得にくく、必要な運用収益を確保するためには株式や外国債券などにも資産を分散する必要があったからです。
ところが金利上昇によって、この状況が変わり始めています。
日本の10年物国債の利回りが一時3%まで上昇するなど、国内債券でも一定の利回りを確保できる環境になってきました。
企業年金にとって金利上昇は追い風なのでしょうか。
企業年金は長期間にわたって資産を運用する
確定給付企業年金であるDBでは、企業が将来の年金給付について一定の責任を負います。
従業員から受け取った掛金や企業が拠出した資金を積み立て、長期間にわたって運用します。
その資産から退職者などへ年金を支払います。
したがって企業年金では、単純に資産を増やせばよいわけではありません。
将来必要になる給付を安定して支払えることが重要です。
そのため、株式だけではなく国内債券や外国債券など複数の資産を組み合わせて運用します。
なかでも国内債券は、企業年金の安定運用を支える重要な資産の一つです。
国内債券の魅力は円で利回りを確保できること
企業年金にとって国内債券には大きな特徴があります。
基本的に為替変動の影響を受けないことです。
例えば米国債を購入すれば、ドル建てでは高い利回りを得られる場合があります。
しかし企業年金の給付は基本的に円で行われます。
米国債を購入した後に円高ドル安が進めば、ドルで増えた資産を円に換算したときに価値が減る可能性があります。
為替ヘッジを利用する方法もありますが、ヘッジにはコストがかかります。
一方、日本国債などの円建て債券なら、この為替リスクを基本的に負いません。
円で将来の年金を支払う企業年金にとって、円で一定の利回りを確保できることには大きな意味があります。
低金利時代は国内債券だけでは難しかった
長期間続いた低金利環境では、国内債券の利回りが非常に低い状態が続きました。
安全性を重視して国内債券を多く保有すれば、資産価格の変動を抑えやすくなります。
しかし利回りが低すぎれば、企業年金が必要とする運用収益を確保できません。
そこで企業年金は外国債券や国内外の株式などへ運用先を広げてきました。
株式には高い収益を期待できる反面、価格が大きく下落する可能性があります。
外国資産には為替リスクもあります。
低金利時代の企業年金は、安定性を確保しながら必要な収益も得るという難しい運用を迫られていたわけです。
国債利回りの上昇で選択肢が変わる
国内金利が上昇すると、企業年金の資産配分にも変化が生じる可能性があります。
日本国債などで以前より高い利回りを確保できるのであれば、高い価格変動リスクを取らなくても必要な収益の一部を確保しやすくなるからです。
例えば株式の比率を高くして収益を狙っていた企業年金が、国内債券の比率を増やすことを検討する可能性があります。
これは単純に収益を増やすためだけではありません。
将来支払う年金をより安定的に準備するという企業年金本来の目的にも合っています。
金利上昇によって、国内債券が再び重要な運用資産として注目される理由です。
金利上昇には債券価格下落という別の顔がある
ただし、金利上昇が企業年金にとって全面的な追い風というわけではありません。
債券には、金利が上昇すると価格が下落するという関係があります。
例えば利率の低い既発債を保有しているときに、市場でより高い利回りの新しい債券が発行されるようになれば、既発債の魅力は相対的に低下します。
そのため既発債の市場価格は下がります。
企業年金がすでに大量の債券を保有していれば、金利上昇によって保有債券に評価損が発生する場合があります。
つまり金利上昇には、新しく購入する債券の利回りが高くなるというメリットと、すでに持っている債券の価格が下がるというデメリットがあります。
金利が高いから今すぐ買えばよいわけではない
企業年金にとって難しいのが購入時期です。
例えば現在の国債利回りが高くなったと考えて大量に購入した後、さらに金利が上昇したとします。
その場合、もっと高い利回りの国債を後から購入できたことになります。
同時に、先に購入した債券の市場価格は下落します。
逆に金利低下を待っている間に金利が下がれば、高い利回りで長期間運用できる機会を逃すことになります。
将来の金利を正確に予測することは困難です。
そのため企業年金では、一度に資産を動かすのではなく、金利動向や将来の給付予定などを確認しながら資産配分を考える必要があります。
満期まで保有するという考え方もある
債券価格が下落しても、それだけで企業年金に同額の損失が確定するわけではありません。
債券を満期まで保有すれば、発行体が債務不履行にならない限り、原則として決められた利息を受け取り、満期には額面金額の償還を受けることができます。
企業年金は個人投資家とは違い、何十年にもわたる将来の給付予定を持っています。
そのため、将来の年金支払いに合わせて債券を保有するという考え方ができます。
市場価格が一時的に下落したかだけではなく、将来必要となる資金を予定どおり確保できるかを見ることが重要です。
金利上昇は予定利率にも影響する
国内債券で安定した利回りを確保しやすくなれば、企業年金の予定利率にも影響する可能性があります。
予定利率は、将来どの程度の運用収益を得られると見込んで年金財政を計算するのかという重要な前提です。
低金利時代には、安全性の高い資産だけで予定利率を達成することが難しい状況がありました。
国内債券の利回りが上昇すれば、企業年金は以前より安定的に予定利率を達成できる可能性があります。
その結果、予定利率の見直しや給付改善を検討する余地が生まれることも考えられます。
企業年金では利回りだけを見てはいけない
金利が上昇すると、どうしても国債の利回りに注目しがちです。
しかし企業年金の目的は、その年の運用成績を最大化することではありません。
何十年にもわたって加入者や受給者へ年金を支払い続けることです。
高い利回りを得るために大きなリスクを取れば、資産価格が急落したときに年金財政が悪化する可能性があります。
反対に安全性だけを重視して収益をほとんど得られなければ、企業の掛金負担が増える可能性があります。
収益、安全性、将来の給付をどのように組み合わせるかが企業年金運用の重要なポイントになります。
結論
金利上昇は企業年金にとって、国内債券で一定の利回りを確保しやすくなるという大きなメリットがあります。
特に円建ての国内債券は為替リスクを基本的に負わずに運用できるため、円で将来の年金を支払う企業年金との相性がよい資産です。
長く続いた低金利時代と比べれば、企業年金の運用環境には改善の余地が生まれています。
一方、金利が上昇すると既に保有している債券の価格は下落します。
さらに、今後どこまで金利が上昇するのかを正確に判断することもできません。
したがって金利上昇は単純な追い風ではなく、新たな投資機会と債券価格下落の両方をもたらします。
企業年金にとって重要なのは、その時点で最も高い利回りを追いかけることではありません。
将来の年金給付まで見据えながら、安定した利回りを長期間確保することです。
参考
日本経済新聞 2026年9月25日朝刊 インフレ下の企業年金(1)「企業、給付額増を検討」