地方銀行にとって、これから大きな課題になるのが相続による預金流出です。
地方に住む親が地方銀行に預金を持っていても、その子どもや孫が同じ地域に住んでいるとは限りません。
進学や就職をきっかけに東京や大阪などへ移り、そのまま都市部で生活しているケースもあります。
親が亡くなって相続が発生すると、地方銀行にあった預金を都市部の相続人が引き継ぎます。
相続人が普段利用している銀行へ資金を移せば、地方銀行から預金が流出します。
地方銀行が預金を守るためには、親世代だけではなく、その資産を将来引き継ぐ次世代との関係をつくることが重要になります。
相続は預金が大きく動くタイミングになる
日常生活では預金はそれほど頻繁に銀行間を移動しないことがあります。
給与振込や公共料金の引き落としなどを設定していれば、同じ銀行口座を長期間利用する人も多いからです。
しかし相続が発生すると状況が変わります。
親名義の預金について相続手続きが行われ、相続人へ資産が移ります。
このとき相続人には、親が利用していた銀行との長年の関係がない場合があります。
相続は資産の所有者が変わるだけでなく、取引する金融機関まで変わる可能性がある大きな節目なのです。
親の銀行を子どもが使い続けるとは限らない
例えば地方に住む親が地元銀行に3,000万円の預金を持っているとします。
子どもは東京で働き、給与振込や住宅ローン、クレジットカードなどを別の銀行にまとめているとします。
親が亡くなり3,000万円を相続しても、子どもが地元銀行に預け続ける理由は必ずしもありません。
普段使っている銀行へ移した方が資産を管理しやすいからです。
さらに預金金利やアプリの利便性を比較して、ネット銀行などへ資金を移すことも考えられます。
親との取引関係がそのまま子どもへ引き継がれるとは限らないのです。
相続が発生してから営業するだけでは遅い
地方銀行が相続手続きの段階で初めて子どもと接触しても、すでに別の金融機関との関係ができている可能性があります。
子どもが都市部で20年、30年生活していれば、その間にメイン銀行が決まっているでしょう。
住宅ローンを借りているかもしれません。
証券会社で資産運用している可能性もあります。
そこへ突然、親が使っていた地方銀行から取引継続を求められても、簡単には銀行を変更しません。
そのため地方銀行には、相続が発生する前から次世代との接点をつくる戦略が必要になります。
相続相談が次世代との接点になる
地方銀行が次世代との関係をつくるきっかけの一つが相続相談です。
高齢の顧客が相続について相談するとき、本人だけではなく子どもが一緒に参加することがあります。
どのような資産があるのか。
不動産を誰が引き継ぐのか。
預金をどのように分けるのか。
相続税の納税資金をどう確保するのか。
こうした問題を家族で考える過程で、銀行が子ども世代とも接点を持つことができます。
相続発生前から関係があれば、相続後も取引を継続してもらえる可能性が高まります。
預金だけを残してもらおうとしても難しい
次世代との取引を考える場合、預金だけに注目しても十分ではありません。
顧客にはさまざまな金融ニーズがあります。
住宅を購入する人には住宅ローンがあります。
資産形成を始める人には投資信託などがあります。
起業する人には事業資金融資があります。
親から不動産を相続した人には不動産管理や売却についての相談が生じることがあります。
地方銀行が生活や事業に関わる幅広い金融サービスを提供できれば、預金だけではない長期的な関係を築きやすくなります。
資産運用も重要な接点になる
相続によってまとまった現金を受け取った人が、そのすべてを普通預金に置いておくとは限りません。
投資信託や株式などへ資金を移す場合があります。
地方銀行が預金だけを提供していれば、相続資金の一部が証券会社などへ流出する可能性があります。
そのため銀行グループ全体で資産運用ニーズに対応することも重要になります。
ただし金融商品の販売では、顧客の知識や経験、資産状況、目的などに応じた適切な説明が必要です。
預金を残してもらうこと自体を目的にするのではなく、相続人の資産管理全体を支援する視点が求められます。
事業承継では企業取引と個人取引が重なる
地方銀行にとって特に重要なのが、地域企業の経営者の相続です。
中小企業経営者は個人として預金や不動産を持っているだけでなく、自社株を保有している場合があります。
経営者が高齢になれば、個人財産の相続と会社の事業承継を同時に考えなければなりません。
後継者が誰になるのか。
自社株を誰が引き継ぐのか。
相続税や贈与税の納税資金をどう確保するのか。
会社の借入金をどうするのか。
地方銀行がこうした問題を早い段階から支援すれば、後継者との関係もつくることができます。
専門家との連携も必要になる
相続や事業承継は銀行だけで完結する問題ではありません。
税金については税理士が関わります。
不動産登記や相続登記などでは司法書士が関わります。
遺産分割など法律上の問題では弁護士が必要になる場合もあります。
地方銀行が地域の専門家と連携できれば、顧客に必要な支援を提供しやすくなります。
銀行自身がすべてを行うのではなく、適切な専門家へつなぐことも重要な役割になります。
地域のネットワークを持つ地方銀行だからこそできる支援です。
都市部に住む相続人にも使いやすい銀行になる必要がある
次世代との関係をつくるうえで問題になるのが距離です。
親は地方に住んでいても、子どもは遠く離れた都市部に住んでいる場合があります。
相続人が手続きのたびに地元の支店まで行かなければならないのであれば、取引を続ける負担が大きくなります。
そこでオンライン手続きやスマートフォンアプリなどが重要になります。
地方銀行であっても、全国どこからでも利用できる仕組みが必要です。
地域密着とデジタル化は対立するものではありません。
地域で築いた信頼関係を、デジタルによって地域外に住む次世代までつなぐことが重要なのです。
金利だけでは預金流出を止められない
地方銀行が高い預金金利を提示すれば、一定の預金を集められる可能性があります。
しかし金利競争には限界があります。
預金金利を引き上げれば銀行の資金調達コストも上昇します。
ネット銀行などと際限なく金利競争を続ければ、地方銀行の収益が圧迫される可能性があります。
そのため金利だけではなく、相続、資産運用、住宅ローン、事業承継などを含めた総合的な関係をつくる必要があります。
金利が少し高い銀行が現れただけでは移されない関係をつくることが重要です。
預金流出対策は地域経済を守ることにもつながる
地方銀行が預金流出を問題視するのは、自分たちの収益だけが理由ではありません。
地域で集めた預金は、地域企業への融資などにも使われます。
相続によって大量の預金が都市部へ移動し続ければ、地方金融機関の安定した資金基盤が弱くなる可能性があります。
地方銀行が市場から資金を調達することはできますが、預金は重要な安定資金です。
地域内に預金を残すことは、地域企業へ資金を循環させる基盤を維持することにもつながります。
相続による預金流出は、個人の資産移動だけではなく地域経済全体の問題でもあるのです。
結論
地方銀行が相続による預金流出に対抗するためには、親世代との取引だけを守っていては十分ではありません。
相続によって資産を引き継ぐ子どもや孫との関係を、相続が発生する前からつくる必要があります。
その重要な接点になるのが相続相談や事業承継、資産運用などです。
特に地域企業の経営者では、個人財産の相続と会社の事業承継が同時に起こるため、地方銀行が長年蓄積してきた企業情報や地域ネットワークを生かす余地があります。
一方、次世代が都市部に住んでいれば、地域密着だけでは取引を維持できません。
スマートフォンやオンライン手続きなどを整え、地域外からでも利用できる銀行になる必要があります。
地方銀行の預金流出対策とは、単に高い預金金利を提示してお金を引き留めることではありません。
親から子へ資産が移っても金融機関との関係まで途切れない仕組みをつくることが、本当の意味での預金流出対策になるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月23日朝刊 大手行、国内融資に回帰