多額の利益を上げている企業が銀行から巨額の資金を借りると、疑問に感じることがあります。
これだけ利益を蓄積しているのなら、自分のお金を使えばよいのではないかという疑問です。
しかし企業に内部留保があることと、設備投資やM&Aをすべて自己資金で行えることは同じではありません。
企業はあえて銀行から借りることで手元資金を残し、将来の投資余力や経営の安全性を確保することがあります。
大型設備投資が増える局面では、この資金調達の考え方が重要になります。
内部留保は現金そのものではない
まず理解しておきたいのが、内部留保と現金の違いです。
内部留保という言葉から、企業が利益を現金として銀行口座に積み上げている姿を想像するかもしれません。
しかし内部留保は、企業が過去に稼いだ利益のうち、配当などで社外へ流出せず企業内に蓄積された部分を示す考え方です。
その利益がすべて現金として残っているわけではありません。
工場や機械、土地などを購入するために使われていることがあります。
他社の株式を取得していることもあります。
内部留保が大きい企業でも、それと同額の現預金を保有しているとは限らないのです。
現金をすべて設備投資に使うことはできない
企業が多額の現預金を持っていても、そのすべてを設備投資に使えるわけではありません。
会社を経営するためには日常的にお金が必要です。
従業員への給与を支払います。
仕入先への代金も支払います。
税金や社会保険料などの支払いもあります。
売上代金が入金される前に多額の支払いが発生することもあります。
こうした日常の事業活動に必要なお金が運転資金です。
設備投資に手元資金を使いすぎると、通常の事業を続けるための資金が不足する可能性があります。
不測の事態に備える現金も必要になる
企業経営では予定通りに売り上げが入ってくるとは限りません。
景気悪化によって売り上げが急減することがあります。
主要取引先が経営不振になる可能性もあります。
原材料価格が急騰することもあります。
災害や感染症などによって事業活動が停止することも考えられます。
こうした事態が起きても給与や取引先への支払いは続きます。
一定の現預金を保有することは、企業にとって経営上の安全装置でもあるのです。
投資機会は1回だけとは限らない
企業が現在1,000億円の設備投資を計画していたとしても、それが最後の投資になるとは限りません。
数年後に新しい工場が必要になるかもしれません。
競合企業を買収する機会が突然現れる可能性もあります。
新しい技術が登場し、研究開発費を増やさなければならなくなることもあります。
現在の設備投資に現金を使い切ってしまえば、次の投資機会に対応できなくなります。
銀行借入を組み合わせることで手元資金を残しておけば、経営の選択肢を維持できます。
自己資金と借入金を組み合わせる
設備投資では、自己資金か借入金かのどちらか一方だけを選ぶ必要はありません。
例えば1,000億円の設備投資を行う場合、500億円を自己資金、残り500億円を銀行借入で調達する方法があります。
これなら借入金を利用しながら、一定の自己資金も投入できます。
企業は金利水準や財務状況、将来の投資計画などを考えながら資金調達方法を決めます。
借入金を使うこと自体が問題なのではありません。
どの程度の借入金なら無理なく返済できるのかが重要です。
長期間使う設備は長期間で資金を返す考え方がある
工場や機械は購入した年だけ使うものではありません。
10年、20年と使用する設備もあります。
そこで設備が将来生み出す利益やキャッシュフローを使いながら、借入金を長期間で返済する考え方があります。
例えば工場を建設するために1,000億円を借り、その工場から得られる収益によって長期間で返済します。
投資時点で全額を自己資金から支払う必要がなくなります。
資産を利用する期間と資金を返済する期間を対応させる考え方です。
借入金には当然コストがかかる
銀行から借りれば利息を支払う必要があります。
例えば1,000億円を年1%で借りれば、単純計算では年間10億円の利息です。
年2%なら20億円になります。
金利が上昇すれば借入金の負担も大きくなります。
そのため企業は、借入金によって得られる利益と金利負担を比較します。
借りたお金を使って十分な利益を生み出せるのであれば、利息を払ってでも借りる合理性があります。
反対に投資から得られる利益が低ければ、借入金を増やす意味は小さくなります。
借入金を使うことで資本効率が高まる場合がある
企業経営では、株主から預かった資本をどれだけ効率よく使って利益を生み出しているかも重要です。
すべての投資を自己資金だけで行うのではなく、一定の借入金を組み合わせることで自己資本に対する利益率が高まる場合があります。
これを財務レバレッジの効果と考えることができます。
ただし借入金を増やせば必ず企業価値が高まるわけではありません。
利益が予想を下回っても利息や元本の支払いは必要です。
借入金が多すぎれば経営リスクは高まります。
自己資金と借入金のバランスが重要なのです。
金利上昇局面では借り方も重要になる
金利のある世界では、企業の資金調達戦略も変わります。
超低金利時代には低い金利で長期間の資金を借りやすい環境がありました。
金利が上昇すると、借入金の利息負担が増えます。
固定金利で借りるのか、変動金利で借りるのかという判断も重要になります。
借入期間をどの程度にするのかも検討しなければなりません。
企業にとっては、単に借りられるかどうかではなく、どの条件で借りるかが重要になります。
銀行にとって企業の設備投資は大きな融資機会になる
企業が内部留保を持っていても銀行借入を利用するのであれば、大規模な設備投資は銀行にとって大きな融資機会になります。
政府はAIや半導体など戦略17分野について、2040年度までに官民で総額370兆円超を投じる方針です。
すべての投資が銀行融資になるわけではありません。
しかし企業が自己資金だけでなく借入金を組み合わせれば、巨額の融資需要が生まれる可能性があります。
これがメガバンクの国内融資回帰を後押しする要因の一つになります。
借金が少ない会社が必ず優れているわけではない
個人の家計では借金が少ない方が安心だと考えることがあります。
しかし企業経営では必ずしも同じではありません。
成長機会があるのに借金を一切使わず、手元資金だけで投資していると、投資の速度が遅くなる場合があります。
反対に借入金を増やしすぎれば、景気悪化や金利上昇に弱くなります。
重要なのは借金の有無ではありません。
借りたお金を何に使い、そこからどれだけのキャッシュフローを生み出し、無理なく返済できるのかを見る必要があります。
結論
企業に多額の内部留保があっても、設備投資やM&Aで銀行借入を利用することには合理性があります。
そもそも内部留保は現金そのものではありません。
さらに企業には日常の運転資金や不測の事態に備える資金、将来の投資に使う資金も必要です。
現在の投資に現金をすべて使ってしまえば、経営の自由度が低下します。
そこで自己資金と銀行借入を組み合わせます。
長期間使用する設備であれば、その設備が将来生み出すキャッシュフローを使って長期間で借入金を返済する方法も合理的です。
もちろん金利が上昇すれば借入金の負担は増えます。
だからこそ企業は自己資金と借入金の適切なバランスを考える必要があります。
企業を見るときには、内部留保があるのになぜ借金をするのかと考えるだけでは十分ではありません。
手元資金をどれだけ残し、借りたお金をどのような投資に使い、その投資からどれだけの利益とキャッシュフローを生み出しているのかを見ることが重要なのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月23日朝刊 大手行、国内融資に回帰