事業承継では、後継者に自社株を集中させることが重要だといわれます。
では、後継者はどの程度の株式を持てばよいのでしょうか。
参考記事では、一つの目安として、後継者が3分の2以上の議決権を確保することを挙げています。
その理由は、会社の重要事項を決めるために必要となる議決権と関係しています。
株式会社では、社長だからといって何でも一人で決められるわけではありません。一定の重要事項については株主総会の決議が必要になります。
そのため、事業を引き継ぐ人には社長という地位だけではなく、会社を安定して動かすための議決権も引き継がせる必要があります。
株式と議決権は密接に関係しています
株式会社では、株式を持つ株主が会社の所有者になります。
そして株主には、株主総会で会社の重要事項について意思表示する議決権があります。
中小企業では、創業者や現社長が自社株の大部分を持ち、自ら経営しているケースが少なくありません。
この場合、経営する人と会社を所有する人がほぼ同じです。
ところが事業承継によって社長だけを交代させ、自社株を親族へ分散してしまうと状況が変わります。
後継者は会社を経営しているのに、株主総会では十分な議決権を持っていないという状態が生まれる可能性があります。
そこで、経営者の交代と自社株の承継をセットで考える必要があります。
普通決議とは何か
株主総会の決議には、内容によって必要となる賛成の水準が異なります。
比較的通常の事項について使われるのが普通決議です。
会社の意思決定のすべてについて、議決権の3分の2が必要になるわけではありません。
そのため、会社を経営するうえで、まず過半数の議決権を安定して確保することには大きな意味があります。
たとえば後継者が議決権の60パーセントを持っているとします。
残りの40パーセントを複数の親族が持っていたとしても、後継者が過半数を持っているため、通常の株主総会の意思決定では強い立場になります。
反対に、後継者が40パーセントしか持っておらず、ほかの親族が合計60パーセントを持っていれば、後継者以外の株主がまとまった場合、後継者の意向だけでは会社の意思決定を進められなくなる可能性があります。
事業を引き継ぐ人がどれだけの議決権を持つのかは、会社経営の安定性に直結する問題なのです。
特別決議ではより高い賛成が必要になります
さらに重要なのが特別決議です。
会社にとって特に重要な事項については、普通決議より厳しい条件が設けられています。
参考記事では、後継者へ議決権を集中させ、会社の重要事項を単独で可決できる状態をつくる観点から、3分の2以上の確保を目指す考え方が示されています。
ここでいう3分の2は、事業承継を考えるうえで非常に重要な数字です。
単に社長として日常的な経営判断ができるだけではなく、株主総会で重要な意思決定を進められる経営基盤をつくるという意味があります。
事業承継では、後継者を社長にするだけでは十分ではありません。
その後継者が会社の重要な意思決定を安定して行える株主構成まで設計する必要があります。
過半数と3分の2では意味が違います
たとえば100個の議決権がある会社を考えてみます。
後継者が51個を持っていれば、過半数を持っていることになります。
通常の意思決定では非常に強い立場です。
しかし、重要事項についてより高い賛成割合が必要となれば、51個では足りない場合があります。
そこで、さらに安定した経営権を確保する観点から3分の2という水準が重要になります。
後継者が3分の2以上の議決権を確保していれば、過半数を持つ場合よりも会社の重要事項について主体的に判断できる範囲が広がります。
事業承継では、単に一番多く株式を持っているというだけでなく、会社を実際に動かせるだけの議決権があるかを見ることが重要なのです。
兄弟に3分の1ずつ相続するとどうなるのか
具体的に考えてみましょう。
父親が自社株を100パーセント所有しており、長男、次男、長女の3人の子どもがいるとします。
長男が後継者です。
相続の公平を重視して、それぞれに約3分の1ずつ自社株を渡したとします。
財産の分け方だけを見れば公平に見えます。
しかし長男の議決権は約3分の1しかありません。
長男は社長になって会社経営の責任を負っているにもかかわらず、株主として会社を支配できるだけの議決権を持っていない状態になります。
次男と長女が長男の経営方針に賛成している間は問題が表面化しないかもしれません。
しかし、配当を増やしてほしい、会社の資産を売却してほしい、経営方針を変えてほしいなど、株主間で意見が分かれる可能性はあります。
参考記事でも、平等だから、仲がよいからという理由で自社株を親族へ安易に分散すると、次世代で経営の意思決定が滞り、会社の動きが止まるリスクがあるとしています。
3分の2を後継者に持たせるとどうなるのか
同じ会社で、長男に3分の2以上の議決権を持たせ、残りを次男や長女が持つ形を考えてみます。
長男は社長であると同時に、会社の議決権の大部分を持つ株主になります。
つまり経営する人と会社の意思決定権を持つ人を一致させやすくなります。
会社の業績が悪化したときには、迅速な経営改革が必要になるかもしれません。
新しい事業へ進出することもあれば、既存事業から撤退することもあります。
こうした場面で株主間の意見調整に長い時間がかかれば、経営判断が遅れる可能性があります。
後継者へ議決権を集中させるのは、後継者を優遇するためではありません。
経営責任を負う人に、それに対応した意思決定権も持たせるためです。
株式が分散すると次の相続でさらに複雑になります
事業承継で考える必要があるのは、今回の相続だけではありません。
後継者以外の兄弟姉妹が自社株を持てば、その人にもいずれ相続が発生します。
その株式がさらに子どもたちへ相続されれば、株主の数は増えていきます。
最初は創業者の子ども3人だけだった株主が、次の世代では多数の親族に広がる可能性があります。
参考記事でも、少数の株式を持つ親族や元従業員への対応を検討し、将来の経営リスクを防ぐ必要性が示されています。
会社との関係が薄い人まで株主になると、株主の意見をまとめることはさらに難しくなります。
だからこそ、最初の事業承継の段階で株式を必要以上に分散させないことが重要になります。
3分の2だけを考えればよいわけではありません
もっとも、事業承継では単純に3分の2という数字だけを目標にすればよいわけではありません。
参考記事が強調しているのは、後継者へ経営権を確実に集中させ、将来の経営の意思決定が滞るリスクを減らすことです。
そのためには現在の株主が誰なのかを確認する必要があります。
名義だけの株主が残っていないか。
親族や元従業員が少数株式を持っていないか。
定款の譲渡制限は適切になっているか。
こうした問題も一緒に整理しなければなりません。
事業承継は、単なる株式の贈与や相続ではなく、将来の株主構成そのものを設計する作業でもあるのです。
結論
事業承継で後継者に自社株を集中させるのは、後継者が安定して会社を経営できる状態をつくるためです。
株式には財産としての価値だけではなく、株主総会で意思決定するための議決権があります。
過半数の議決権を持つことには通常の意思決定を安定させる意味があります。
さらに会社の重要事項について主体的に意思決定できる経営基盤を考えると、3分の2という水準が重要になります。
兄弟姉妹へ自社株を均等に相続させれば、財産としては平等に見えても、会社の経営権まで分散してしまいます。
しかも、その株式が次の世代へ相続されれば、株主はさらに増えていきます。
会社を引き継ぐ人には、経営責任だけではなく、それに見合った経営権も引き継がせる。
事業承継における議決権の3分の2は、そのために考える重要な目安なのです。
参考
企業実務 2026年9月号 貸付用不動産の評価方法見直しが変える社長の相続・事業承継対策の実務