相続税対策として、現金を不動産に換える方法は長く利用されてきました。
たとえば1億円の現金をそのまま持っていれば、原則として1億円が相続税の計算対象になります。一方、その1億円で賃貸不動産を購入すると、土地は路線価、建物は固定資産税評価額などを基礎として評価され、さらに貸付による利用制限も考慮されます。
その結果、市場では1億円で売買される不動産でも、相続税評価額はそれよりかなり低くなることがあります。
この市場価格と相続税評価額の差を利用した節税策に大きな見直しが入ります。
2026年度税制改正では、一定の貸付用不動産について新しい評価方法が設けられ、2027年1月からの適用が予定されています。特に重要なのが、相続や贈与の前5年以内に取得した貸付用不動産です。
なぜ不動産を買うと相続税評価額が下がるのか
不動産には二つの価格があります。
一つは、実際に市場で売買される市場価格です。
もう一つが、相続税や贈与税を計算するときに使われる相続税評価額です。
土地であれば主に路線価、建物であれば固定資産税評価額などを使って評価します。さらに賃貸物件では、借家人などの権利によって所有者が自由に利用できないことも評価に反映されます。
このため、一般に貸付用不動産の相続税評価額は市場価格より低くなることがあります。
たとえば現金1億円を持っている場合、相続税評価額は基本的に1億円です。
ところが1億円で賃貸不動産を購入し、その相続税評価額が6000万円になれば、財産価値そのものが4000万円消えたわけではないのに、相続税の計算上は6000万円の財産として扱われることになります。
この評価差が、不動産を使った相続税対策の重要なポイントでした。
問題になったのは市場価格との大きな乖離です
相続税評価額が市場価格より低いこと自体が問題なのではありません。
問題になったのは、両者の差が非常に大きくなるケースです。
特に都心部などの収益性が高い物件では、市場価格が高くなる一方、相続税評価では路線価や固定資産税評価額などを基礎にするため、大きな乖離が生じることがあります。
この乖離を利用して、相続直前に多額の借入れを行って不動産を購入し、相続税評価額を大幅に圧縮する手法などが利用されてきました。
国税庁は、通達による評価が著しく不適当と認められる場合には、財産評価基本通達の総則6項を使って個別に評価し直す対応を行ってきました。
しかし個別対応では、どこまでなら通達評価が認められるのか納税者が事前に判断しにくいという問題もあります。
そこでルールそのものを見直す方向へ進んだわけです。
相続前5年以内の取得が大きなポイントになります
今回の見直しで重要なのが5年という期間です。
資料の図表では、相続前5年を境に貸付用不動産の評価方法が分けられています。
相続の5年超前に取得した土地と建物については、従来の通達評価額を使います。
これに対して、相続前5年以内に取得した貸付用不動産については、原則として通常の取引金額に相当する金額を基準に評価する仕組みになります。
取得価額を基礎として地価の変動などを考慮した価額の80パーセントに相当する金額を使う方法などが示されています。
つまり、相続直前に不動産を買えば簡単に相続税評価額を圧縮できるという従来の考え方が通用しにくくなります。
1億円の不動産ならどう変わるのか
簡単な例で考えてみましょう。
相続発生の2年前に1億円で貸付用不動産を購入したとします。
従来の通達評価による評価額が6000万円だったとします。
従来であれば、この6000万円を基礎として相続税を計算できる可能性がありました。
しかし新しい仕組みでは、取得価額などを基礎にした通常の取引金額に近い価額で評価されます。
仮に地価変動を考慮した価額が1億円であれば、その80パーセントは8000万円です。
6000万円だった評価額が8000万円になれば、相続税の課税対象となる財産額は2000万円増えることになります。
もちろん実際の評価額は個々の不動産や取得時期などによって異なります。
重要なのは、市場価格と相続税評価額の大きな差を利用する効果が縮小するという点です。
相続前から所有していた土地に建物を建てた場合はどうなるのか
少し複雑なのが、以前から持っていた土地に相続前5年以内に貸付用建物を建築したケースです。
資料の図表では、この場合、土地については従来の通達評価額を使う一方、新たに建築した建物については通常の取引金額に相当する金額を基準とする仕組みが示されています。
つまり土地を昔から持っていたからといって、相続直前に建物を建てれば従来と同じ評価がすべて認められるとは限りません。
いつ土地を取得したのか。
いつ建物を取得または建築したのか。
この時間軸が、今後の相続税対策では非常に重要になります。
不動産小口化商品はさらに厳しくなります
今回の改正で特に注意したいのが不動産小口化商品です。
不動産小口化商品とは、一つの不動産を小口に分け、多数の投資家が出資できるようにした商品です。
比較的少ない資金から不動産に投資できるだけでなく、不動産としての相続税評価を利用できる商品もあり、富裕層の相続税対策として利用されてきました。
ところが今回の見直しでは、不動産小口化商品については取得時期にかかわらず、通常の取引金額に相当する金額を基準として評価する方向です。
つまり5年以上前に取得すれば従来評価に戻るという貸付用不動産とは扱いが異なります。
相続税評価額を圧縮することを主目的として小口化商品を購入する戦略は、大きな転換を迫られることになります。
節税から事業承継そのものを考える時代になります
今回の資料が強調しているのは、単なる不動産評価ルールの変更だけではありません。
相続や事業承継を考えるときに、最初から節税策を考えることへの警鐘です。
過度な節税策によって会社の資金を減らしたり、自社株を経営に関与しない親族へ分散させたりすれば、税金は減っても事業承継そのものが難しくなることがあります。
資料では、事業承継を考える順番として、まず経営の方向性と後継者を決め、次に経営権を後継者へ集中させながら遺留分への配慮を行い、その後に納税資金や節税対策を検討する考え方が示されています。
これは非常に重要な考え方です。
相続税を1000万円減らせても、会社の経営権が分散して意思決定できなくなれば、本末転倒です。
不動産についても同じです。
節税効果だけを理由に必要のない不動産を購入すれば、相続後に売却できない、借入金の返済が続く、会社や家族の資金繰りを圧迫するといった問題が起こる可能性があります。
今後は相続直前の節税ほど難しくなります
相続税対策では、これまで市場価格と税務上の評価額との差を利用する方法が数多く使われてきました。
しかし、その差が大きすぎるものについては制度改正によって順番に修正される流れが続いています。
タワーマンションに続き、今回の貸付用不動産や不動産小口化商品もその流れに位置付けられます。
資料では、取引相場のない株式についても評価方法の見直しが議論されており、早ければ2028年1月から新たな評価方法が適用される可能性が示されています。
これからの相続対策では、評価額を一時的に下げることだけではなく、誰に財産を渡すのか、誰に会社を任せるのか、納税資金をどう確保するのかという全体設計がますます重要になります。
結論
2026年度税制改正による貸付用不動産の評価見直しは、相続直前に不動産を購入して相続税評価額を大きく下げる節税策に大きな影響を与えます。
特に相続や贈与の前5年以内に取得した貸付用不動産では、従来の通達評価ではなく、通常の取引金額に近い価額を基準として評価する方向になります。
さらに不動産小口化商品については、取得時期にかかわらず新しい評価方法の対象となります。
重要なのは、相続税を減らすこと自体を目的にしないことです。
誰に会社や財産を引き継ぐのか。
経営権をどう守るのか。
相続人間の公平をどう確保するのか。
納税資金をどう準備するのか。
その全体像を決めた後に、税負担をどう適正化するかを考える。
相続税評価の節税余地が縮小していくほど、この順番が重要になっていくのではないでしょうか。
参考
企業実務 2026年9月号 貸付用不動産の評価方法見直しが変える社長の相続・事業承継対策の実務