企業が新しい製品や技術を開発すると、「研究開発費」という言葉が使われます。
一方、研究開発税制では「試験研究費」という言葉が使われます。
どちらも研究開発に使った費用のように見えますが、実は同じものではありません。
会計上の研究開発費は、企業の財政状態や経営成績を適切に表すことを目的として処理されます。これに対して税務上の試験研究費は、研究開発税制による税額控除の対象を決めるための概念です。
したがって、会計上は研究開発費として処理されていても、その全額が研究開発税制の対象になるとは限りません。
会計では研究開発費を原則として発生時に費用処理する
資料では、会計上の研究開発費について、新製品や著しい改良のための支出は、原則として発生時に費用処理すると整理されています。
研究開発には大きな不確実性があります。
多額の費用をかけて研究しても、新製品が完成するとは限りません。完成したとしても、将来どの程度の利益を生み出すのかを正確に予測することは困難です。
そのため、研究開発に使ったお金を将来の資産として計上するのではなく、原則として支出した時点の費用として処理します。
企業が研究開発に1,000万円を支出した場合、一定の研究開発費に該当すれば、基本的にはその期の費用として損益計算書に反映されるという考え方です。
ソフトウェアは資産になる場合がある
ただし、すべての研究開発関連支出が必ずその場で費用になるわけではありません。
資料では、ソフトウェアについて、将来の収益獲得や費用削減が確実な部分については無形固定資産として計上すると整理されています。
ここには、会計の重要な考え方があります。
将来の経済的な効果が見込まれるものについては、その効果が及ぶ期間にわたって費用化するという考え方です。
つまり、会計では単に「研究開発に使ったお金かどうか」だけを見るのではありません。
その支出が企業の将来の収益や費用削減にどのようにつながるのかを考え、費用として処理するのか、資産として計上するのかを判断します。
税務では試験研究費に該当するかを判断する
研究開発税制では、別の視点から判断します。
重要になるのが「試験研究費」です。
資料では、税務上の試験研究について、新たな知見を得るため、または利用可能な知見の新たな応用を考案するために行う創造的で体系的な活動のうち、自然科学に係るものと説明されています。
新製品の開発だけが対象ではありません。
現在生産している製品の改良や、既存技術の改良、考案、発明についても対象になる場合があります。
したがって、「まったく新しいものを発明していなければ研究開発税制は使えない」というわけではありません。
既存製品を改良するための研究であっても、その内容が税務上の試験研究に該当すれば対象になる可能性があります。
試験研究費には人件費や原材料費などが含まれる
では、試験研究に該当した場合、どのような費用が研究開発税制の対象になるのでしょうか。
資料では、試験研究を行うために必要となる原材料費、人件費、経費などが挙げられています。
ただし、人件費については、専門的知識を持ち、その試験研究の業務に専ら従事する者に係るものとされています。
ここが実務上の重要なポイントです。
例えば、ある技術者が研究開発だけではなく、通常の製造業務や営業支援なども担当している場合、その給与をそのまま全額試験研究費として扱えるとは限りません。
誰がどの研究に、どの程度従事したのかを把握する必要があります。
そのため、研究開発税制を利用する企業では、研究者の工数管理が重要になります。
外注費も内容を確認する必要がある
自社の社員だけで研究開発を行うとは限りません。
外部企業に研究の一部を委託することもあります。
資料では、他の者に委託して試験研究を行う場合、その試験研究のために委託先へ支払った一定の費用も試験研究費に含まれることが示されています。
しかし、単に外注費という勘定科目で処理しているだけでは、その実態までは分かりません。
何を研究するための契約だったのか。
どのような研究活動が行われたのか。
どのような成果物が納品されたのか。
こうした内容を確認できるようにしておくことが重要です。
資料でも、研究開発税制の実務上の留意点として、工数管理による労務費の按分や、外注先の成果物の定義を立証することが重要だと指摘されています。
会計上の研究開発費なら税額控除できるとは限らない
ここで、会計と税務の違いがはっきりします。
会計上、研究開発費として費用処理されていたとしても、それだけで研究開発税制の試験研究費になるわけではありません。
税務上の試験研究に該当する活動なのかを別途判断する必要があります。
例えば、資料では、既存のマーケティング手法や販売手法の導入、完成品を販売するためのマーケティング調査や消費者アンケート、既存製品の品質管理などは、試験研究に含まれない活動として挙げられています。
企業内部では広い意味で「新商品の開発プロジェクト」と呼ばれていても、そのプロジェクトに使われた費用のすべてが税額控除の対象になるとは限らないわけです。
経理部門だけでは判断できない
この違いは、研究開発税制の実務にも大きく影響します。
経理担当者が会計帳簿だけを見ても、その費用が税務上の試験研究費に該当するのか判断できないケースがあります。
例えば、同じ外注費でも、技術的な試験を委託した費用なのか、商品の市場調査を委託した費用なのかによって扱いが変わります。
同じ人件費でも、研究活動に従事した時間なのか、通常業務に従事した時間なのかを区別する必要があります。
そのため、研究開発税制を適切に利用するには、経理部門だけではなく、研究開発部門や技術部門などとの情報共有が重要になります。
研究内容、担当者、研究期間、外注内容、成果物などを記録しておくことが、後から試験研究費を正確に把握するための基礎になります。
結論
会計上の研究開発費と税務上の試験研究費は、似ているようで目的が異なります。
会計では、企業の将来キャッシュフローなどを適切に伝えるため、研究開発に関する支出をどのように財務諸表へ反映するかを考えます。
一方、税務では、研究開発税制による税額控除の対象となる試験研究に該当するのか、そのためにどのような費用を使ったのかを判断します。
そのため、会計上の研究開発費をそのまま研究開発税制の対象額として使えるとは限りません。
研究開発税制を適切に利用するには、会計帳簿の数字を見るだけではなく、実際にどのような研究活動が行われたのかまで確認することが重要です。
参考
第33回青山学院大学同窓祭公開講座 2026年9月23日 R&D税制とイノベーションボックス税制 会計プロフェッショナルによるイノベーション・コンサルテーション