海には金が溶けています。
地球の表面の約7割を占める海に金が含まれているのであれば、海水から金を回収すれば巨大な金鉱山になるのではないかと思うかもしれません。
実際、日本では海水などから金を採取する技術の研究が進められています。
IHIは、藻を利用して水中の金を回収する技術の実用化を目指しています。
しかし、大きな問題があります。
海水に含まれる金の濃度が極めて低いことです。
金が「存在する」ことと、資源として「採れる」ことはまったく別なのです。
海水にも金は溶けている
金というと固体の金属を想像しますが、自然界ではさまざまな状態で存在しています。
海水中にも極めて微量の金が存在します。
元記事で紹介されたIHIの技術では、水中で塩素と結びついた塩化金として存在する金に着目しています。
藻の成分と塩化金を接触させることで塩素を除き、金を回収する仕組みです。
山を掘って鉱石を取り出す従来の金鉱山とはまったく違います。
水そのものを金の供給源として利用しようという発想です。
問題は金の濃度が極めて低いこと
海水から金を採る最大の課題は濃度です。
海には大量の水があるため、海全体で考えれば膨大な量の金が存在する可能性があります。
しかし、1リットルの海水に含まれる金はごくわずかです。
つまり金を少し回収するためにも、非常に大量の海水を処理しなければなりません。
元記事によると、IHIが研究する方法では1グラムの金を採取するために、栃木県日光市の中禅寺湖1杯分に相当する水が必要とされています。
金1グラムを得るための水量として考えると、いかに大きな規模かが分かります。
資源量が多くても採算が取れるとは限らない
ここで重要になるのが、これまでの記事でも取り上げてきた資源量と経済性の違いです。
仮に海全体に莫大な量の金が存在していたとしても、それだけでは利用可能な資源とはいえません。
大量の海水を取り込む。
金を吸着させる。
金を回収する。
使用した材料を処理する。
設備を動かす。
こうした工程には費用とエネルギーが必要です。
回収した金の価値より処理費用の方が高ければ、金が存在していても事業にはなりません。
海水中の金は、この問題を非常に分かりやすく示しています。
天然鉱山では自然が金を濃縮している
では、なぜ山の金鉱山では採掘できるのでしょうか。
理由の一つは、自然が長い時間をかけて金を特定の場所に集めているからです。
地下の熱水活動などによって金が運ばれ、岩石の割れ目などに沈殿すると金鉱脈が形成されます。
つまり金鉱床は、自然界の働きによって金が濃縮された場所と考えることができます。
鉱山会社は、この濃縮された場所を探して採掘します。
海水の場合には金が広大な海に薄く分散しています。
同じ金でも、濃縮されているか分散しているかによって資源としての価値が大きく変わります。
金1グラムの価値だけでは判断できない
金価格が大幅に上昇すれば、海水からの金回収も採算が改善するように思えます。
確かに価格上昇はプラス要因です。
しかし金1グラムを回収するために巨大な量の水を処理しなければならない状況では、金価格が上昇しただけで直ちに事業化できるとは限りません。
設備費。
エネルギー費。
吸着材料。
維持管理費。
こうした費用を含めて判断する必要があります。
金価格と回収コストの差が十分に大きくなって、初めて事業として成立する可能性が出てきます。
そこで温泉や鉱山廃水に注目する
海水そのものから金を回収するのが難しいのであれば、もっと金の濃度が高い水を探すという方法があります。
IHIも温泉や鉱山の廃水などを視野に入れています。
ここが非常に重要です。
金回収技術を開発したからといって、必ず海水を原料にする必要はありません。
同じ技術でも、金の濃度が高い水に利用すれば必要な処理水量を減らせる可能性があります。
天然鉱山で高品位の鉱石を探すのと同じ考え方です。
固体の鉱石では金品位を比較します。
水から金を回収する場合には、水中の金濃度が重要になります。
廃水なら別の価値も生まれる可能性がある
鉱山廃水などを利用する場合には、金の回収だけではない意味も考えられます。
もともと処理が必要な水から有価金属を回収できれば、
水処理
と
資源回収
を組み合わせられる可能性があります。
これは焼却灰から金属を回収する都市鉱山の考え方にも似ています。
もともと処理しなければならない廃棄物や廃水から価値のある資源を取り出せれば、資源回収だけを目的に新たな原料を集める場合とは経済性が変わってきます。
「金だけで採算が取れるか」ではなく、処理工程全体の中で資源回収を考えることが重要になります。
藻が金回収の材料になる
IHIが研究している技術で興味深いのが、藻を利用していることです。
元記事では、同社の研究者が東北地方の温泉で入手した藻をシート状にして活用するとされています。
金が含まれる水と藻由来の材料を接触させ、金を回収する仕組みです。
鉱山開発というと巨大な重機や坑道を想像しますが、将来の資源開発では生物由来の材料などが重要な役割を果たす可能性があります。
「掘る技術」だけではなく「選択的に集める技術」も資源開発になるわけです。
海水から金を採る技術には別の意味もある
現時点で海水から大量の金を経済的に生産するのは大きな課題があります。
しかし、研究に意味がないわけではありません。
極めて低い濃度の金を選択的に回収できる技術が確立されれば、より濃度の高い温泉水や鉱山廃水などへ応用できる可能性があります。
さらに金以外の有価金属を回収する技術へ発展する可能性も考えられます。
海水から金を採るという壮大な目標から生まれた技術が、別の資源回収分野で実用化されることもあり得ます。
研究開発を見るときには、最初に掲げられた用途だけで判断しないことも重要です。
結論
海水には金が存在します。
しかし、金が存在していることと、経済的に採取できることは別です。
海水中の金は極めて薄く分散しているため、わずかな金を得るためにも非常に大量の水を処理する必要があります。
元記事によると、IHIが研究する方法では1グラムの金を採取するために中禅寺湖1杯分に相当する水が必要とされています。
この数字は、資源の価値が「総量」だけでは決まらないことを示しています。
重要なのは濃度です。
そこで将来的には、通常の海水だけでなく、金濃度が比較的高い温泉水や鉱山廃水などが有力な対象になる可能性があります。
地下の鉱山では高品位の鉱石を探します。
都市鉱山では金属濃度の高い廃棄物を探します。
そして水から金を採る場合には、金濃度の高い水を探します。
形は違っても原理は同じです。
「どこに金があるか」ではなく、「どこに金が濃縮されているか」を探すことが、資源開発の基本なのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月21日 朝刊 「黄金の国ジパング」再興へ