温泉から金を採る。
一見すると夢のような話ですが、水の中に溶けている金を回収する技術の研究は実際に進んでいます。
IHIは、藻を利用して水中から金を回収する技術を研究しています。
海水にも金は含まれていますが、その濃度は極めて低く、海水から直接金を大量生産するには大きな課題があります。
そこで重要になるのが、最初から金の濃度が比較的高い水を狙うという考え方です。
温泉水や鉱山廃水などが、その候補になります。
海水から金を採る最大の壁は濃度
前回の記事で説明したように、海水には金が存在します。
しかし、資源として利用するには金の濃度が低すぎます。
元記事によると、IHIが研究する方法では、1グラムの金を回収するために中禅寺湖1杯分に相当する水が必要とされています。
仮に金を回収できる技術があっても、それだけの水を処理するには巨大な設備やエネルギーが必要になります。
つまり問題は、
金を回収できるか
ではなく、
金を経済的に回収できるか
です。
そこで発想を変えます。
大量の海水を処理するのではなく、もっと金濃度の高い水を探せばよいという考え方です。
温泉と金鉱床には共通点がある
温泉と金鉱山は、一見するとまったく別のものに見えます。
しかし地下の熱水活動という点では関係があります。
地下深くの高温の水は、岩石と接触しながらさまざまな成分を取り込みます。
その熱水が地下を移動し、温度や圧力などの条件が変化すると、溶けていた金属が沈殿することがあります。
長い地質学的な時間をかけて金が特定の場所に集積すれば、金鉱床になる可能性があります。
日本には火山や温泉が多く存在します。
それは地下で活発な熱水活動が起きてきたこととも関係しています。
日本で金鉱床が形成されてきた背景と、温泉が豊富な背景には共通する地質環境があるのです。
水に溶けた金を捕まえる
水の中に存在する微量の金を回収するには、金だけを効率的に集める技術が必要です。
IHIが研究しているのが藻を利用する方法です。
元記事では、東北地方の温泉から採取した藻をシート状にして利用しています。
水中では金が塩素と結びついた塩化金として存在する場合があります。
藻由来の材料を利用して塩素を取り除き、金を回収する仕組みです。
従来の鉱山のように岩石を掘り出して砕くのではありません。
水を材料に接触させ、そこから目的の金属を選択的に取り出します。
鉱山技術のイメージそのものが変わってきます。
金濃度が高ければ必要な水量を減らせる
水から金を回収するとき、採算性を大きく左右するのが金濃度です。
単純化して考えてみます。
ある水に含まれる金の濃度が別の水の10倍なら、同じ1グラムの金を得るために必要な水量は理論上10分の1になります。
100倍なら100分の1です。
実際には回収率や水質、設備などさまざまな条件があるため、これほど単純ではありません。
それでも、金濃度が高い水を選ぶことが重要なのは変わりません。
天然鉱山で高品位鉱石を探すのと同じです。
水を鉱石と考えれば、「水中の金濃度」が品位に相当します。
鉱山廃水も新しい鉱山になる可能性がある
温泉水とともに注目されるのが鉱山廃水です。
鉱山では地下水などの処理が必要になることがあります。
その水に有価金属が含まれていれば、単に処理して排出するのではなく、資源回収と組み合わせられる可能性があります。
ここには都市鉱山と似た発想があります。
一般ゴミの焼却灰は、本来なら処理すべき廃棄物です。
しかし、そこから金などの有価金属を回収できれば資源になります。
鉱山廃水も同じです。
もともと処理が必要な水から有価金属を取り出せれば、
環境対策
と
資源回収
を同時に進められる可能性があります。
回収技術だけでは事業にならない
ただし、温泉水に金が含まれているからといって、全国の温泉地が金鉱山になるわけではありません。
重要なのは経済性です。
金の濃度。
1日に処理できる水量。
金の回収率。
設備費。
吸着材料の費用。
エネルギー費。
設備の維持費。
そして金価格。
これらを総合して判断する必要があります。
さらに温泉は観光資源でもあります。
既存の温泉利用や環境への影響を避けながら資源回収できるかという問題もあります。
技術的に可能であることと、社会的、経済的に事業化できることは別です。
金価格上昇が研究開発を後押しする
金価格が高くなれば、水から金を回収する技術の経済性も改善する可能性があります。
例えば同じ設備で同じ量の金を回収できる場合、金価格が2倍になれば得られる金の価値も2倍になります。
以前は採算ラインから大きく離れていた技術でも、資源価格の上昇によって事業化に近づく可能性があります。
さらに回収技術の改良によって、
回収率が上がる
処理速度が上がる
設備費が下がる
材料を繰り返し使える
ようになれば、コスト面でも改善します。
資源価格の上昇と技術革新の両方が、実用化を左右します。
金以外の金属にも応用できる可能性がある
水から金属を選択的に回収する技術の価値は、金だけに限定されない可能性があります。
産業や鉱山から出る水には、さまざまな金属が含まれる場合があります。
もし特定の金属だけを効率的に吸着できる材料を開発できれば、廃水処理と資源回収を組み合わせられる可能性があります。
これまで「除去して捨てる」対象だったものが、「回収して利用する」資源へ変わるかもしれません。
都市鉱山が廃電子機器の価値を変えたように、水からの資源回収技術は廃水の意味を変える可能性があります。
鉱山の概念が広がっている
従来の鉱山では、山を掘って鉱石を取り出しました。
しかし現在は資源回収の対象が広がっています。
地下の鉱脈から採る天然鉱山。
電子機器や焼却灰から採る都市鉱山。
そして温泉水や鉱山廃水から採る水資源型の回収技術です。
共通しているのは、金が存在するだけでは資源にならないということです。
十分な濃度があり、回収する技術があり、経済的に成立して初めて利用可能な資源になります。
資源とは地質だけで決まるものではありません。
価格と技術によっても生み出されるのです。
結論
温泉から金を採るという発想は、単なる夢物語ではなくなりつつあります。
IHIは藻を利用して、水中から金を回収する技術を研究しています。
ただし通常の海水では金濃度が極めて低いため、現時点では大量の水を処理しなければなりません。
そこで重要になるのが、温泉水や鉱山廃水など、より金濃度の高い水を狙う考え方です。
天然鉱山では高品位の鉱石を探します。
都市鉱山では金属を多く含む廃棄物を探します。
水から金を回収する場合には、金濃度の高い水を探します。
対象は違っても、資源開発の基本は同じです。
さらに、もともと処理が必要な鉱山廃水などから金属を回収できれば、環境対策と資源確保を同時に進められる可能性があります。
将来の「金鉱山」は、必ずしも山の地下にあるとは限りません。
温泉や廃水を流れる水の中にも、新しい鉱山が生まれる可能性があるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月21日 朝刊 「黄金の国ジパング」再興へ