地方移住というと、これまでは仕事をどうするかが最大の問題でした。
地方に移り住みたいと思っても、現在の仕事を辞めなければならないのであれば、家族を抱える現役世代にとって簡単な決断ではありません。
ところが最近は、仕事ではなく「子どもにどのような教育を受けさせたいか」を出発点として住む場所を選ぶ動きがみられるようになっています。
いわゆる「教育移住」です。
少子化で全国的に子どもの数が減るなか、教育環境を整えることで都市部から子育て世帯を呼び込む自治体も現れています。
教育移住とは何か
教育移住に法律上の明確な定義があるわけではありません。
一般的には、子どもの教育環境を重視して家族が住む場所を変えることを指します。
自然豊かな場所で育てたい。
少人数の学校で一人ひとりに目が届く教育を受けさせたい。
地域の人たちとの交流を経験させたい。
都市部とは違った学びを経験させたい。
こうした希望から学校や地域を選び、その結果として家族全体が移住します。
従来は「住んでいる地域にある学校へ通う」という考え方が一般的でした。
教育移住では逆に、「通わせたい学校や受けさせたい教育がある地域へ住む」という発想になります。
従来の地方移住とは何が違うのか
地方移住では、仕事や住宅が中心的なテーマになってきました。
移住先で働く場所を探し、住居を確保し、その地域で生活を始めるという流れです。
教育移住では順番が少し違います。
まず魅力的な学校や教育環境を見つけます。
そのうえで、その地域に住めるか、仕事を続けられるか、住宅を確保できるかを考えます。
つまり教育が移住の目的となり、仕事や住宅がそれを実現するための条件になります。
この違いは、人口減少地域にとって非常に重要です。
大企業や大規模な商業施設がなくても、その地域にしかない教育をつくることで、子育て世帯から選ばれる可能性があるからです。
少人数であることが価値になる
少子化は学校経営にとって大きな問題です。
児童や生徒が減れば、学校の統廃合が必要になることもあります。
しかし、教育移住という視点から見ると、子どもが少ないことが必ずしも弱点になるとは限りません。
少人数だからこそ、一人ひとりの子どもに教員の目が届きやすくなります。
学年を越えた交流もしやすくなります。
地域住民と学校との距離も近くなります。
大規模校では実現しにくい教育環境をつくれる可能性があります。
奈良県の山村などで教育移住がみられる背景には、こうした少人数教育への需要があります。
人口の少なさをそのまま弱点と考えるのではなく、教育上の特徴へ転換する発想です。
自然環境も教育資源になる
地方には都市部にはない教育資源があります。
森林、川、田畑、生き物、地域の伝統文化などです。
これらを単なる自然環境としてではなく、教育の一部として活用することができます。
教室で知識を学ぶだけでなく、実際に自然のなかで体験する。
農作物を育てる。
地域の人から文化や産業について学ぶ。
こうした経験そのものに価値を感じる家庭もあります。
地方が都市部と同じ教育環境をつくって競争する必要はありません。
都市部にはないものを教育資源として活用することが、教育移住では重要になります。
リモートワークが移住のハードルを下げた
教育環境が魅力的でも、親が働けなければ家族で移住することは困難です。
ここで大きな変化をもたらしたのがリモートワークです。
勤務先が東京にあっても、毎日会社へ出勤する必要がなければ、居住地の選択肢は広がります。
実際に北海道東川町では、関東の会社に勤めながらリモートワークを利用し、子どもの教育環境を理由に町内へ移住した例があります。
仕事を変えずに住む場所だけを変えることが可能になれば、地方移住のハードルは大きく下がります。
そのため自治体側でも、学校だけではなくテレワーク施設やシェアオフィスなどを整備することが重要になります。
教育政策だけでは教育移住は完成しません。
親の働き方まで含めて生活全体を設計する必要があります。
まず地域を体験してもらうことも重要になる
教育移住は、住宅を買ったり借りたりして終わりではありません。
家族全体の生活環境が変わります。
学校が魅力的でも、地域での生活が家族に合わなければ長く住み続けることは難しいでしょう。
そこで重要になるのが移住前の体験です。
奈良県の奥大和では、移住体験住宅やテレワーク施設などを整備するとともに、地域住民の自宅へのホームステイを仲介する取り組みも行っています。
2022年度から4年間で15組を受け入れ、そのうち6組が移住を決めました。
まず訪れる。
次に暮らしてみる。
そのうえで移住を決める。
この段階を踏むことで、移住後の生活を具体的にイメージしやすくなります。
学校が人を呼び込む時代になる
これまで自治体にとって学校は、地域に住む子どもたちのために整備する公共施設という位置付けが中心でした。
しかし教育移住では、その関係が逆転します。
魅力的な学校をつくることで、子育て世帯を地域外から呼び込むことができます。
家族が移住すれば住宅需要が生まれます。
日常の買い物やサービスへの需要も生まれます。
地域活動を担う現役世代も増える可能性があります。
つまり学校への投資が教育政策だけではなく、人口政策や地域経済政策にもつながります。
学校は地域に住む子どもを教育する場所であると同時に、地域そのものを選んでもらうための重要な資源になりつつあります。
教育移住だけで少子化は解決しない
一方で注意しなければならない点もあります。
教育移住によってある自治体の子どもが増えても、日本全体の子どもの数が増えるとは限りません。
別の自治体から子育て世帯が移ってきただけであれば、全国でみれば人口の移動です。
教育移住は地域の人口減少対策にはなっても、それだけで少子化そのものを解決する政策ではありません。
それでも人口減少が進む自治体にとって、子育て世帯から選ばれる理由をつくることには大きな意味があります。
全国一律に人口が減る時代だからこそ、それぞれの地域が何を強みにするのかが問われます。
結論
教育移住とは、仕事を基準に住む場所を決める従来型の移住とは異なり、子どもにどのような教育を受けさせたいかを起点として居住地を選ぶ考え方です。
少人数教育、豊かな自然、地域との交流、その土地ならではの学びなど、地方には都市部とは異なる教育資源があります。
さらにリモートワークが普及したことで、都市部の会社で働きながら地方で子育てするという選択肢も現実的になってきました。
重要なのは、地方が都市と同じ条件をそろえて競争することではありません。
人口が少ないことや自然が多いことなど、これまで弱点と考えられていた地域の特徴を教育の価値へ変えることです。
「住んでいるからその学校へ通う」から「その学校で学ばせたいから、その地域へ住む」へ。
教育移住の広がりは、人口減少時代における学校と地域の関係が変わり始めていることを示しています。
参考
日本経済新聞 2026年9月19日 朝刊 教育移住で子ども増 奈良の山村など48自治体
日本経済新聞 2026年9月19日 朝刊 中央区、子ども増に対応 晴海の小学校、新校舎急ぐ