日本の個人預金で、金融機関が破綻した場合に預金保険制度によって保護されない部分が急増しています。
2026年3月時点で、その金額は142兆円を超え、個人預金全体の約24%を占める規模となりました。10年前の約66兆円から倍以上に増えています。
背景には、高齢化に伴う相続の増加、不動産売却によるまとまった資金の流入、預金金利の上昇などがあります。
人生100年時代において、預金は老後の生活費や医療費、介護費用を支える重要な金融資産です。しかし、預金残高が増えることと、その全額が安全に保護されることは同じではありません。
税理士・FPの視点から、ペイオフ制度の基本、大口預金が増える背景、相続時の注意点、そして個人が実践できる預金防衛策について整理します。
ペイオフ制度の基本と1,000万円の保護上限
ペイオフとは、金融機関が破綻した場合に、預金保険制度によって預金者を保護する仕組みです。
日本では、銀行などの対象金融機関が預金保険機構に保険料を支払い、万一の破綻に備えています。
保護される範囲は預金の種類によって異なります。
一般的な利息のつく普通預金や定期預金については、預金者1人につき、1金融機関ごとに元本1,000万円とその利息までが保護されます。
例えば、同じ銀行に普通預金800万円と定期預金700万円を保有している場合、合計1,500万円のうち、元本1,000万円とその利息が保護対象です。
残りの元本500万円については、銀行が破綻した場合、全額が戻る保証はありません。
ここで重要なのは、1口座につき1,000万円ではなく、1人につき1金融機関ごとに1,000万円という点です。
同じ銀行の異なる支店に預金を分散しても、原則として合算されます。
一方、別々の対象金融機関に預金を分ければ、それぞれの金融機関で保護上限が適用されます。
個人預金593兆円のうち保護対象外は142兆円超
日本銀行によると、2026年8月末時点の個人預金は593兆円に達しています。
預金全体が増えるなか、特に目立つのが大口預金の増加です。
2026年3月時点で、残高1,000万円以上の預金口座は1,288万口座となり、5年間で23%増加しました。
さらに、残高1億円以上の口座は15万2,400口座に達し、5年間で約1.5倍になっています。
一方、1,000万円未満の口座数は減少しています。
第一ライフ資産運用経済研究所の試算によると、ペイオフで保護されない個人預金は142兆円超です。
5年前と比較して36%増加し、10年前の約66兆円からは倍以上となりました。
保護対象外の預金が全体に占める割合も、約15%から約24%へ上昇しています。
ただし、この142兆円は、直ちに損失が発生する金額ではありません。
金融機関が破綻した場合に、預金保険制度による全額保護が保証されない部分の推計額です。
また、口座残高1,000万円以上という統計と、実際のペイオフ保護対象外金額は同じではありません。保護額の計算には、同一金融機関内の預金の合算や預金種類の違いが関係します。
相続によって大口預金が増える構造
大口預金が増加する背景として、相続による金融資産の移転が挙げられます。
国税庁によると、2024年に相続税の課税対象となった被相続人は約16万人となり、2015年と比較して約6割増加しました。
高齢者が長年蓄積してきた預貯金が、相続によって次の世代へ移転しています。
例えば、父親が保有していた預金4,000万円を子ども2人が均等に相続すると、それぞれ2,000万円の預金を取得することになります。
相続人がすでに同じ銀行に800万円の預金を持っていた場合、相続した2,000万円をその銀行に入金すると、合計2,800万円になります。
利息のつく一般預金であれば、元本1,000万円を超える1,800万円はペイオフによる保護対象外となります。
相続税の納税資金や生活費として、一時的に多額の預金を保有することもあります。
相続財産の分割だけでなく、相続後の資金管理まで考える必要があります。
相続直後の預金には特に注意
相続によって取得した預金は、相続税の納税、遺産分割後の精算、不動産の購入などに使われることがあります。
そのため、一定期間だけ預金残高が大きくなるケースも少なくありません。
例えば、相続財産として5,000万円の預金を取得し、翌年の相続税納税や住宅購入に備える場合です。
この資金をすべて1つの銀行の利息つき普通預金に置くと、ペイオフの保護上限を大きく超えます。
対応策としては、複数の対象金融機関への分散や、全額保護される決済用預金の活用が考えられます。
なお、相続税の申告・納付期限は、原則として相続開始を知った日の翌日から10か月以内です。
資金を分散する際にも、納税に必要な金額と時期を確認し、必要なときに確実に引き出せる状態を維持することが重要です。
また、預金の分散や移動そのものによって相続税が軽減されるわけではありません。
全額保護される決済用預金の活用
ペイオフ対策として知っておきたいのが、決済用預金です。
決済用預金とは、次の3つの条件を満たす預金をいいます。
- 無利息であること
- 要求払いであること
- 決済サービスを提供できること
これらの条件を満たす預金は、預金保険制度によって全額保護されます。
一般的な銀行では、無利息型の普通預金などが該当します。
例えば、相続で取得した3,000万円を、対象金融機関の決済用預金に預けた場合、預金保険制度上は全額保護の対象となります。
ただし、決済用預金には利息がつきません。
金利が上昇している現在、預金利息を受け取れないことは機会損失にもなります。
そのため、全額保護の安心感と、利息収入を得るメリットを比較する必要があります。
複数銀行への分散と名寄せの注意点
もう一つの基本的な対策が、預金を複数の金融機関に分散する方法です。
例えば、3,000万円を3つの異なる対象金融機関に、それぞれ1,000万円ずつ預ける方法です。
ただし、利息が付くことを考慮すると、元本を1,000万円ちょうどにするより、一定の余裕を設けた管理が実務的です。
また、銀行の支店を変えるだけでは、保護上限が増えるわけではありません。
同じ金融機関に複数の口座を保有している場合、預金者ごとに合算する「名寄せ」が行われます。
さらに、同一金融機関に借入金がある場合には、一定の条件のもとで預金との相殺が関係することもあります。
預金の分散を検討する際には、銀行名や支店名だけでなく、預金保険制度上の金融機関単位を確認することが大切です。
外貨預金は1,000万円以下でも保護対象外
預金保険制度で見落としやすいのが、外貨預金の取り扱いです。
外貨預金は、原則として預金保険制度の対象外です。
例えば、円換算で500万円の米ドル預金を保有している場合でも、ペイオフによる保護はありません。
外貨預金には、金融機関の信用リスクに加えて為替変動リスクがあります。
金利の高さだけで預金商品を選ぶことには注意が必要です。
また、預金に似た名称の商品でも、仕組預金などは商品内容によってリスクや保護範囲が異なります。
預け入れる前に、預金保険の対象商品かどうかを確認する必要があります。
米国の銀行破綻が示したデジタル時代のリスク
2023年に米国で発生したシリコンバレーバンクの破綻は、預金保険制度の重要性を改めて示しました。
同行では、保険による保護対象外の大口預金が多く、信用不安が広がると預金の引き出しが急増しました。
破綻当日に見込まれていた預金流出額は、約1,000億ドルに達していました。
現代では、スマートフォンやインターネットバンキングを利用して、多額の資金を短時間で移動できます。
預金者が一斉に資金を引き出すと、健全性に懸念が生じた金融機関の資金繰りが急速に悪化する可能性があります。
日本でも、デジタル化によって預金移動の速度が高まっています。
もっとも、日本と米国では預金者構成、金融規制、破綻処理制度などが異なります。
米国の事例がそのまま日本で再現されるとは限りませんが、金融機関の信用リスクと預金集中リスクを意識する必要があります。
40年間変わらない1,000万円の保護上限
日本の預金保護上限は、1986年7月に1,000万円へ引き上げられて以降、変更されていません。
その間、物価は上昇しています。
消費者物価指数は約40年間で3割程度上昇しており、1,000万円という保護額の実質的な価値は低下しています。
さらに、今後もインフレが続けば、実質的な保護水準は低下します。
海外では、物価や金融環境の変化を踏まえて預金保護上限を引き上げる動きがあります。
シンガポールは2024年4月、韓国は2025年9月に保護上限を引き上げました。
一方、日本では現時点で保護上限の引き上げは検討されていないと報じられています。
預金者としては、将来の制度改正を期待するだけでなく、現行制度に基づいて資金を管理する必要があります。
預金の全額保護には副作用もある
預金保護の上限を引き上げれば、預金者の安心感は高まります。
しかし、すべての預金を無条件に保護することには課題もあります。
金融機関が過度なリスクを取っても預金が保護されるという期待が強まれば、金融機関や預金者のリスク管理意識が弱まる可能性があります。
これはモラルハザードと呼ばれる問題です。
また、保護範囲を拡大すれば、預金保険制度の財源確保が必要となり、金融機関が負担する保険料が増える可能性もあります。
預金保険の実効料率は、2026年度には0.012%となっています。
保護上限の見直しでは、預金者保護と金融システムの健全性、金融機関の負担のバランスを考える必要があります。
人生100年時代の預金管理で実践したいこと
人生100年時代の資産管理では、預金を単に増やすだけでなく、使う目的と時期に応じて管理することが重要です。
特に、退職金や相続財産、不動産売却代金などのまとまった資金を受け取る際には、次の点を確認したいところです。
- 同一金融機関にある預金残高を合算して把握すること
- 利息つき預金の1,000万円の保護上限を確認すること
- 複数金融機関への分散を検討すること
- 必要に応じて決済用預金を活用すること
- 外貨預金など保護対象外の商品を区別すること
- 相続税や生活費の支払時期に合わせて流動性を確保すること
- 金利だけでなく金融機関の信用力や資金管理の利便性も確認すること
なお、預金保険制度の対象外となる金額を、すべて投資商品に移す必要はありません。
近い将来に使用する資金は、元本の安全性と流動性を優先することが基本です。
一方、長期間使用する予定のない資金については、預金だけに集中することによるインフレリスクも考慮し、資産全体の配分を検討する余地があります。
結論
個人預金のペイオフ保護対象外金額が142兆円を超えたことは、日本の家計金融資産の構造変化を示しています。
特に注目したいのは、相続による金融資産の移転が、大口預金の増加につながっていることです。
高齢者が蓄積した金融資産を次の世代へ引き継ぐ際には、相続税や遺産分割だけでなく、相続後の預金保護まで視野に入れる必要があります。
預金は安全性の高い金融資産ですが、金融機関が破綻した場合にすべての預金が無条件に保護されるわけではありません。
また、金利上昇によって預金の魅力が高まる一方、インフレによる購買力の低下にも注意が必要です。
人生100年時代の資産管理では、**「いくら預金があるか」だけでなく、「どこに、どの種類の預金として、何の目的で保有しているか」**が重要になります。
相続、退職、不動産売却などによって大きな資金を受け取るときこそ、預金保険制度を確認し、資金の安全性と利便性を両立させることが求められます。
税理士・FPとしては、相続税対策と金融資産管理を別々に考えるのではなく、資産承継後の生活設計まで含めた総合的な助言が重要になると考えます。
参考
日本経済新聞 2026年11月6日 朝刊「個人預金『ペイオフ保護なし』140兆円に 相続で大口化、金融リスクに」
日本経済新聞「ペイオフとは 破綻した金融機関の預金『1000万円+利息』まで保護」
預金保険機構「預金保険制度の概要」
日本銀行「預金・現金・貸出金」
国税庁「令和6年分相続税の申告事績の概要」