日本公認会計士協会は、不正に関する監査基準の改正を進めています。
重要な不正リスクを監査報告書で開示したり、不正やその疑いを把握した場合の監査手続きを明確にしたりすることが柱です。
では、なぜ今、日本の監査基準が変わるのでしょうか。
その背景の一つに、国際的な監査基準の見直しがあります。
重要になるのが「ISA240」です。
企業活動が世界へ広がるなか、会計基準だけでなく監査についても国際的な整合性が求められるようになっています。
ISAとは何か
ISAとは、国際監査基準を意味します。
英語のInternational Standards on Auditingの頭文字を取ったものです。
財務諸表監査をどのような考え方や手続きに基づいて実施するのかについて、国際的な基準を示しています。
企業活動が国内だけで完結していた時代であれば、各国が独自の監査制度を持っていても問題は比較的小さかったかもしれません。
しかし現在は、一つの企業が世界各国で事業を展開しています。
投資家も国境を越えて企業へ投資します。
そのため監査についても、国によって考え方が大きく異なる状態では、財務情報に対する信頼を確保しにくくなります。
ISA240は不正を扱う基準
数多くある国際監査基準のうち、不正に関係する重要な基準がISA240です。
財務諸表監査において監査人が不正にどのように対応するのかを定めています。
財務諸表に誤りがあった場合、その原因は大きく二つに分けて考えることができます。
一つは意図しない誤謬です。
もう一つが意図的な不正です。
不正は発見されないように隠されるため、単純な誤謬より発見が難しくなることがあります。
書類が偽造されたり、複数の社員が共謀したり、経営者が内部統制を無効化したりする可能性があるためです。
ISA240は、こうした不正特有のリスクを踏まえた監査人の責任や対応を扱っています。
IAASBとは何か
国際監査基準を策定する主体が、国際監査・保証基準審議会です。
英語ではInternational Auditing and Assurance Standards Boardといい、IAASBと略されます。
IAASBは、監査や保証業務に関する国際的な基準の策定を行っています。
企業活動や金融市場が変化すれば、監査に求められる役割も変わります。
大規模な会計不正が発生すれば、監査人が不正リスクへどのように対応すべきかという議論も強まります。
こうした環境変化を踏まえて国際監査基準も見直されていきます。
2025年にISA240が改訂された
IAASBは2025年、不正に関するISA240を改訂しました。
その流れを受け、日本でも監査基準報告書240号「財務諸表監査における不正」の改正が進められています。
つまり、日本だけが独自に不正監査を強化しようとしているわけではありません。
国際的に監査人の不正への対応を強化する流れがあり、日本もその方向に合わせて制度を見直しているのです。
日本企業には海外投資家も多く投資しています。
日本の監査制度が国際的な基準と整合していることは、日本企業の財務情報への信頼を確保するうえでも重要になります。
不正リスクを見えるようにする
今回の改正で特に注目されるのが、重要な不正リスクに関する情報の開示です。
監査人が特に重要と判断した不正リスクに関する事項について、KAMとして監査報告書に記載することが想定されています。
これまで投資家から見ると、監査法人が企業内部のどこに重要な不正リスクを認識していたのかは必ずしも分かりやすくありませんでした。
KAMとして記載されれば、監査人がどの領域を重要視したのかを理解しやすくなります。
例えば売上高の認識や経営者による会計上の見積もりなどが、不正リスクと関連する重要事項として取り上げられる可能性があります。
監査の透明性を高めるという意味があります。
不正を把握した後の対応も重要になる
監査で難しいのは、不正リスクを事前に評価することだけではありません。
実際に不正やその疑いを把握したとき、監査人がどう行動するのかも重要です。
日本公認会計士協会の改正案では、不正やその疑いを把握した場合、監査役などへ質問することなどが想定されています。
企業が不正について社内調査を実施していれば、その調査や是正措置が適切なのかも評価します。
明らかに軽微なものを除いて、追加の監査手続きを行うことも求められる方向です。
不正の兆候を把握しても、その後十分に調べなければ監査の意味が薄れてしまいます。
経営者に都合のよい証拠だけを見ない
不正監査では職業的懐疑心も重要です。
例えば経営者が「この取引には問題ありません」と説明し、その説明を裏付ける資料を提出したとします。
それだけで監査を終えることはできません。
別の資料には経営者の説明と矛盾する情報が含まれている可能性があるからです。
今回の基準改正でも、経営者の主張を裏付ける証拠だけを集め、矛盾する証拠を排除するといった偏りを避けることが重視されています。
最初に結論を決め、その結論に合う証拠だけを集めるのではなく、反対の証拠にも目を向ける必要があります。
なぜ監査基準の国際的な統一が必要なのか
現在の巨大企業は、一つの国だけで事業を行っているとは限りません。
日本企業でも、売上高の半分以上を海外で稼ぐ企業があります。
海外子会社の監査では現地の監査人が関与することもあります。
もし国によって不正リスクに対する監査の考え方が大きく異なれば、グループ監査を一貫して行うことが難しくなります。
国際的に共通する監査基準があれば、世界各地の監査人が同じ基本的な考え方に基づいて監査を行いやすくなります。
企業活動が国際化した以上、監査にも共通の物差しが必要なのです。
投資家にとっても国際基準は重要
国際監査基準は、公認会計士だけが知っていればよい専門的なルールのように見えるかもしれません。
しかし、投資家にも関係があります。
日本企業には海外投資家が投資し、日本の投資家も海外企業へ投資しています。
国を越えて企業を比較するためには、決算書だけでなく、その決算書を監査する仕組みに対する信頼も必要です。
国際的に整合した監査基準が使われることで、財務情報の信頼性を支える共通の土台ができます。
ISA240の改訂は、単なる監査業界内部のルール変更ではないのです。
日本の監査報告書も変わっていく
日本公認会計士協会による改正後の基準は、2028年3月期の監査から適用される見通しです。
投資家にとって特に大きいのは、重要な不正リスクに関する情報が監査報告書から読み取れるようになる可能性があることです。
これまで監査報告書を「適正意見かどうか」だけ確認していた人も、KAMを読む意味が一段と大きくなります。
監査人が何を重要な不正リスクと考え、どのように対応したのか。
監査結果だけでなく監査の過程に関する情報も、企業分析の材料になっていくでしょう。
結論
ISA240とは、財務諸表監査における不正への監査人の対応を定めた国際監査基準です。
国際監査・保証基準審議会であるIAASBが2025年にISA240を改訂したことを受け、日本でも不正に関する監査基準の見直しが進められています。
背景には企業活動と投資のグローバル化があります。
企業が世界各地に子会社を持ち、投資家も国境を越えて企業へ投資する時代には、監査にも国際的な共通基準が必要になります。
今回の日本の基準改正では、不正を発見した場合の監査手続きを強化するだけでなく、重要な不正リスクをKAMとして監査報告書で見えるようにする方向が示されています。
これは監査人だけの制度変更ではありません。
投資家が監査報告書から得られる情報も増えることになります。
会計基準が世界で共通化されてきたように、監査についても国際的な共通言語が必要になっています。
ISA240の改訂と日本の監査基準改正は、企業の不正リスクを世界共通の視点で監査する流れの一つなのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月12日 朝刊 監査報告書、不正リスク記載