企業が工場や店舗、機械などを購入すると、通常は固定資産として貸借対照表に計上します。
しかし、その資産が将来にわたって購入時に想定していた利益を生み続けるとは限りません。
事業環境が悪化し、資産から十分な収益を得られなくなれば、帳簿上の価値を引き下げる必要が生じることがあります。
これが減損会計です。
減損損失を計上すると企業の利益は減少します。
金額によっては黒字企業が一気に赤字になることもあります。
そのため、業績目標への強いプレッシャーがある企業では、減損を先送りしたいという動機が生まれる可能性があります。
減損損失とは何か
固定資産は、将来の企業活動に利用するために保有する資産です。
工場、店舗、機械設備などが代表例です。
例えば企業が100億円を投じて工場を建設したとします。
その工場を長期間使用するのであれば、100億円を購入した年にすべて費用にするのではありません。
固定資産として計上し、原則として使用期間に応じて減価償却を行います。
ところが、その工場で生産する商品の需要が急減し、将来十分な収益を生み出せなくなる場合があります。
そのような状況で、帳簿上だけ高い資産価値を維持することが適切とは限りません。
一定の要件を満たした場合に資産の帳簿価額を切り下げ、損失を計上するのが減損会計です。
減損すると利益が減る
減損損失を計上すると、企業の利益に直接影響します。
例えば帳簿価額100億円の固定資産について30億円の減損損失を計上したとします。
その期には30億円の損失が発生します。
減損前の利益が20億円しかなければ、ほかの条件が同じなら最終的に赤字になる可能性があります。
一方、減損を計上しなければ黒字を維持できるかもしれません。
このため、業績目標の達成を強く求められている経営者にとって、減損の判断は非常に重いものになります。
なぜ減損を先送りしたくなるのか
減損を計上すると、その期の利益が大きく減少することがあります。
株価が下落する可能性もあります。
経営者が大型投資や企業買収を主導していた場合には、その投資判断そのものが失敗だったと評価される可能性もあります。
さらに、経営者の報酬や社内評価が利益目標に連動している場合もあります。
こうした状況が、不正のトライアングルでいう「動機やプレッシャー」になる可能性があります。
もちろん、減損を計上しなかったからといって直ちに不正というわけではありません。
問題になるのは、本来必要な減損処理を意図的に回避したり、前提となる数字を不合理に操作したりする場合です。
将来予測が入るから判断が難しい
減損会計が難しい理由の一つは、将来に関する判断が必要になることです。
現金100万円なら、原則として金額は明確です。
しかし、工場や店舗が今後どれだけの利益やキャッシュフローを生み出すかは、現在の時点では確定していません。
将来の売上高、販売数量、利益率、市場成長率など、さまざまな前提が必要になります。
経営者が非常に楽観的な事業計画を作れば「将来十分に回収できる」と判断しやすくなる可能性があります。
反対に厳しい前提を置けば、減損の必要性が高まることがあります。
経営者の見積もりが決算数字に大きく影響する領域なのです。
楽観的な事業計画には注意が必要
例えば赤字が続いている事業について、経営者が「来期から売上高が急増し、利益も大幅に改善する」と予測したとします。
その予測に合理的な根拠があれば問題ありません。
新商品が発売される、すでに大型契約を獲得している、市場そのものが急成長しているといった事情が考えられます。
しかし、過去数年間にわたって事業計画を下回り続けているにもかかわらず、毎年「来年から急回復する」という計画を作っているのであれば、慎重に見る必要があります。
監査人も経営者が提示した将来予測をそのまま受け入れるのではなく、その前提や過去の予測精度などを検討します。
ここでも職業的懐疑心が重要になります。
減損回避が会計不正につながることもある
減損の先送りは、利益を実態より大きく見せることにつながります。
本来30億円の減損損失を計上すべきところ、それを計上しなければ当期利益は30億円大きく表示されることになります。
貸借対照表にも、本来より高い金額の固定資産が残ります。
つまり損益計算書と貸借対照表の両方が実態から離れる可能性があります。
元の記事でも、過度な業績目標達成へのプレッシャーを背景として、固定資産の減損回避などの不適切な会計処理が判明した企業の事例が紹介されています。
減損は、企業の業績と経営者の判断が強く結び付くため、不正リスクを考えるうえでも重要な領域なのです。
監査人は何を確認するのか
監査人は、経営者が作成した事業計画だけを見て減損の妥当性を判断するわけではありません。
将来の売上高や利益などの前提に合理性があるのかを検討します。
過去の事業計画と実績を比較することも重要です。
毎年強気の計画を作っているのに実績が大幅に下回っていれば、今回の計画についても慎重な検討が必要になります。
市場環境や競合企業の状況など、会社内部の資料とは異なる情報も判断材料になります。
経営者の説明を裏付ける証拠だけでなく、それと矛盾する情報にも目を向ける必要があります。
投資家は減損前の兆候を見る
個人投資家にとっても、減損は重要なテーマです。
ただし、減損損失が発表された時点で初めて問題が発生したとは限りません。
その前から事業の収益性が低下していた可能性があります。
例えば、大型買収後に対象事業の利益が計画を下回り続けている場合です。
工場の稼働率が低下している場合や、不採算店舗が増えている場合もあります。
こうした状況が長く続けば、将来減損が必要になる可能性があります。
有価証券報告書のKAMに固定資産やのれんの減損が記載されている場合には、監査人がその領域を重要な監査事項と考えていることも分かります。
減損損失が実際に計上される前から、関連情報を見ることができる場合があるのです。
減損は必ずしも悪いニュースだけではない
減損損失が大きいと、企業の決算数字は悪化します。
しかし、減損そのものをすべて悪い会計処理と考える必要はありません。
過去の投資によって期待した収益を得られなくなったのであれば、その事実を財務諸表に適切に反映する必要があります。
むしろ問題なのは、資産価値が低下しているにもかかわらず、その事実を決算書に反映しないことです。
減損によって過去の投資の失敗を認識し、不採算事業の整理や経営資源の再配分を進める企業もあります。
減損損失の金額だけではなく、なぜ減損が発生し、その後経営がどう対応するのかを見ることが重要です。
結論
減損損失とは、固定資産などが将来十分な収益を生み出せなくなった場合に、その資産の帳簿価額を一定のルールに基づいて切り下げることで生じる損失です。
減損を計上すれば、その期の利益は減少します。
場合によっては黒字が赤字になるほど大きな影響を与えます。
そのため、過度な業績目標へのプレッシャーがある企業では、減損を先送りしたいという動機が生まれる可能性があります。
しかも減損の判断には将来の事業計画やキャッシュフローなどの見積もりが関係するため、経営者の判断が入りやすい領域です。
だからこそ監査人は、経営者の説明をそのまま受け入れず、過去の実績や市場環境などの監査証拠と照らし合わせて検討します。
投資家も減損損失が発表された後だけを見るのではなく、不採算事業の状況やKAMなどから、その兆候を確認することができます。
減損は突然発生する数字ではありません。
その背景には、過去の投資と現在の収益力、そして将来に対する経営者の見積もりがあるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月12日 朝刊 監査報告書、不正リスク記載