介護の仕事では、利用者の身体状況や認知機能、家庭環境などを理解しながら支援することが求められます。
そのため、利用者から多少厳しい言葉を受けても、介護の仕事だから仕方がないと考えてしまう職員もいるかもしれません。
しかし、暴力や脅迫などによって職員の安全が脅かされている場合まで、福祉の問題として事業所だけで抱え込む必要はありません。
状況によっては警察など外部機関への相談が必要になります。
介護サービスを提供する専門職であることと、犯罪になり得る行為を我慢することは別の問題です。
介護だから何でも受け入れる必要はない
介護職員は、利用者の状態に配慮しながらサービスを提供します。
特に認知症などによって本人の言動に影響が出ている場合には、その背景を理解した対応が必要です。
しかし、それは職員の安全を軽視してよいという意味ではありません。
殴られる、物を投げられる、危険な物を使って威嚇される、危害を加えると脅されるなど、職員の身体や生命に危険が及ぶケースも考えられます。
こうした状況を介護の仕事だから仕方がないとして放置すれば、さらに重大な事態につながる可能性があります。
職員にも安全に働く権利があります。
カスハラと犯罪行為は同じではない
介護現場の問題を考えるときには、カスタマーハラスメントという言葉だけですべてをまとめないことも重要です。
大声で怒鳴る、長時間にわたって不合理な要求を繰り返すといった行為は、カスハラとして事業所が対応することになります。
一方、身体への暴力や脅迫などは、単なるサービス上のトラブルでは済まない場合があります。
刑事法上の問題になる可能性もあります。
どこからが犯罪になるかを現場の職員が自分一人で判断する必要はありません。
危険を感じた場合には管理者へ報告し、必要に応じて警察へ相談するという選択肢を最初から持っておくことが重要です。
緊急時と相談では対応が違う
警察への連絡といっても、すべて同じではありません。
その場で暴力を受けているなど、生命や身体に差し迫った危険がある場合には、緊急の対応が必要になります。
一方、緊急性はないものの、繰り返し脅迫的な言動を受けているなど、今後の危険が心配されるケースもあります。
こうした場合には、事前に警察などへ相談し、どのように対応すればよいのか確認しておく方法があります。
問題が重大化してから初めて外部へ相談するのではなく、危険の兆候がある段階で相談するという考え方も必要です。
まず職員を危険な場所から離す
実際に危険な状況が発生した場合、最優先すべきなのは職員の安全です。
介護サービスを予定通り最後まで提供することよりも、まず危険な場所から離れることが重要です。
利用者宅で暴力が発生しているにもかかわらず、サービスを途中でやめてはいけないと職員が考えれば、被害が拡大する可能性があります。
事業所は、どのような状況になれば訪問を中断してよいのかを事前に決めておく必要があります。
職員自身に危険かどうかをその場ですべて判断させるのではなく、一定の行為があれば退避するという基準を共有しておくことが重要です。
記録がその後の対応に役立つ
カスハラや暴力への対応では、記録を残すことも重要です。
いつ、どこで、誰から、どのような言動を受けたのかをできるだけ具体的に記録します。
同じような行為が過去にもあったのか、事業所からどのような注意や説明をしたのかについても残しておきます。
一回だけの出来事に見えても、記録を積み重ねると同じ行為が繰り返されていることが分かる場合があります。
管理者が今後の訪問方法を判断するときにも役立ちます。
警察や自治体など外部機関へ相談する際にも、具体的な経緯を説明しやすくなります。
警察だけですべてを解決するわけではない
一方で、介護現場の問題をすべて警察に任せればよいわけではありません。
利用者の言動の背景に認知症やその他の心身の状態がある場合には、医療や介護の側から対応方法を見直す必要があります。
ケアマネジャーや地域包括支援センター、自治体、医療機関などとの連携が必要になることもあります。
例えば、一人での訪問が危険であれば複数人訪問に変更する方法があります。
在宅でのサービス提供そのものが難しくなっているのであれば、別の支援方法を検討する必要もあります。
警察への相談は、安全確保のための選択肢の一つとして考えることが大切です。
事業所として相談基準を決めておく
職員にとって最も困るのは、どの程度の問題なら警察へ相談してよいのか分からない状態です。
大げさだと思われるのではないか、利用者との関係を悪化させるのではないかと考え、相談をためらうことがあります。
だからこそ事業所があらかじめ対応基準をつくる必要があります。
暴力があった場合、具体的な危害を告げる脅迫があった場合、職員が利用者宅から退出できない状態になった場合など、想定されるケースごとに対応を整理しておきます。
誰へ連絡するのか、管理者はどう対応するのか、次回以降の訪問をどうするのかまで決めておけば、職員個人の判断に依存しにくくなります。
警察への相談は利用者を見捨てることではない
介護職員が警察への相談をためらう背景には、利用者を見捨てることになるのではないかという思いもあるでしょう。
しかし、職員の安全確保と利用者への支援は分けて考える必要があります。
危険な行為については適切に対応しながら、本人に必要な介護や医療については別の方法で支援を続けることができます。
一人の職員が危険を引き受けることで介護制度を維持する仕組みは持続可能ではありません。
安全上の問題を外部機関と共有することも、長期的に適切な支援を続けるための方法なのです。
結論
介護現場では、利用者の状態や事情に配慮することが必要です。
しかし、福祉の仕事だからという理由で、職員が暴力や脅迫まで我慢する必要はありません。
生命や身体に差し迫った危険があれば、まずその場から離れて安全を確保することが優先されます。
緊急性がなくても、繰り返される危険な言動については、事業所内で記録して共有し、必要に応じて警察や自治体など外部機関へ相談することが重要です。
その判断を現場の職員一人に任せてはいけません。
事業所として退避や報告、外部相談の基準をあらかじめ決めておく必要があります。
介護を必要とする人を支えることと、介護を提供する人を危険から守ることは両立できます。
福祉だから我慢するという考え方から、福祉だからこそ安全に働ける仕組みをつくるという考え方へ変えていくことが、これからの介護現場には求められるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月10日 朝刊 ケアマネ8割に「カスハラ」