相続というと、親から子どもへ財産が引き継がれる家族の問題というイメージが強いかもしれません。
しかし、日本全体で見ると、相続は大量のお金が世代間だけでなく地域間を移動する出来事でもあります。
地方に住む親が地元の信用金庫に預けていたお金を、東京や大阪などに住む子どもが相続すれば、その預金が都市部の金融機関へ移ることがあります。
人口減少が進む地方では、人だけでなくお金まで都市へ流出する可能性があるのです。
相続では資産の所有者が変わる
相続が発生すると、亡くなった人が持っていた預金や株式、不動産などの資産が相続人へ引き継がれます。
例えば、地方で暮らす親が地元の信用金庫に2000万円の預金を持っていたとします。
親が亡くなり、東京で暮らしている子どもがその2000万円を相続すれば、資産の所有者は地方に住む親から東京に住む子どもへ変わります。
重要なのは、所有者が変わるだけとは限らないことです。
預金を管理する金融機関まで変わる可能性があります。
親にとって便利だった地元の信用金庫が、東京で生活する子どもにとって便利な金融機関とは限らないからです。
地方の親と都市部の子どもという構図が増えている
高度経済成長期以降、日本では地方から大都市圏への人口移動が続いてきました。
進学や就職をきっかけに地元を離れ、そのまま都市部に住み続ける人も少なくありません。
その結果、地方では高齢の親が暮らし、子どもは東京などの都市部で暮らすという家族が生まれます。
親が元気な間は、親の金融資産も地方に残ります。
地元の信用金庫で給与や年金を受け取り、定期預金をつくり、住宅ローンや各種金融サービスを利用してきた人もいるでしょう。
ところが相続が発生すると、その資産の管理主体が都市部に住む子どもへ一気に変わります。
ここが地域のお金が動く大きな転換点になります。
相続した子どもが金融機関を変更する理由
相続した子どもが、親と同じ金融機関を使い続けなければならないわけではありません。
東京で生活している人なら、給与振込や住宅ローン、クレジットカードなどで既にメガバンクやネット銀行を利用している可能性があります。
親から相続した預金についても、自分が普段利用している金融機関へまとめた方が管理しやすくなります。
例えば、地方の信用金庫から2000万円を相続した人が、その全額を自分のメインバンクへ移せば、相続人の金融資産総額は変わりません。
しかし、地方の信用金庫から見ると2000万円の預金が一度に流出したことになります。
相続人にとっては単なる口座整理でも、地域金融機関にとっては預金流出になるのです。
相続による資産移転は非常に大きい
この問題を考えるうえで重要なのが、これから日本で相続される資産の規模です。
参考記事によると、日本総合研究所は国内で1年間に相続される資産を足元で約46兆円と推計しています。
さらに2030年には48兆8000億円、2040年には51兆円まで増えると見込まれています。
もちろん、このすべてが地方から都市へ移動するわけではありません。
不動産のように簡単には地域を移動しない資産もあります。
それでも預金や有価証券などの金融資産は、口座を変更すれば比較的容易に地域を越えて移動します。
年間数十兆円規模の相続が続けば、その一部が地域間を移動するだけでも地方金融機関への影響は無視できません。
人口流出の後に資金流出が起きる
興味深いのは、人とお金が同じ時期に移動するとは限らないことです。
子どもは20代で地方から東京へ就職したとしても、親の金融資産はその後数十年間、地方に残っていることがあります。
つまり、最初に人が地方から都市へ移動します。
そして数十年後、親の死亡と相続をきっかけとして金融資産が子どものいる都市へ移動するのです。
人口流出が先に起き、その後を追うように資産流出が起きると考えることもできます。
人口減少の影響は、人口統計だけを見ていては分からないということです。
地域から預金が減ると何が起きるのか
銀行や信用金庫は、預金として集めた資金を企業や個人への融資などに活用しています。
地元住民から集めた預金を地元企業へ貸し出し、企業が設備投資をして雇用を生み、そこで働く人が所得を得るという循環は地域金融の重要な役割です。
ところが相続によって預金が地域外へ流出すれば、地域金融機関が持つ資金基盤にも影響します。
現時点では信用金庫の預貸率は低く、預金減少が直ちに融資資金不足につながるわけではありません。
しかし、相続による資金流出が長期間続けば、地域金融機関の経営や地域内の資金循環を考えるうえで無視できない問題になります。
相続人との関係が重要になる
そこで信用金庫などの地域金融機関にとって重要になるのが、預金者本人だけでなく、その子どもとの関係です。
親が長年取引していたとしても、子どもとの接点がなければ、相続が発生した時点で取引関係が途切れる可能性があります。
逆に、親が元気なうちから相続や資産承継について家族と相談する機会があれば、子ども世代との関係をつくることができます。
地域金融機関にとって相続相談は、単なる相続手続きのサービスではありません。
次の世代との取引関係をつくる重要な機会でもあるのです。
相続は地域経済の問題でもある
相続税など税金の問題に注目しがちな相続ですが、より大きな視点では地域経済の問題でもあります。
地方の高齢者が長年蓄積してきた金融資産が、相続によって都市部の次世代へ移る。
その結果、地方では人口だけでなく金融資産も減少する可能性があります。
これから高齢者の死亡者数が増え、大規模な資産承継が進む日本では、この動きがさらに重要になるでしょう。
相続を考えるときには、誰がいくら受け取るのかだけでなく、そのお金が最終的にどの地域へ移るのかという視点も必要になります。
結論
相続で地方のお金が都市へ流れるのは、地方に住む親と都市部に住む子どもという家族構造が背景にあります。
親が亡くなれば、地方の金融機関にあった預金を都市部の子どもが相続します。
そして子どもが普段利用しているメガバンクやネット銀行などへ資金を移せば、地方から都市へ金融資産が移動します。
日本では年間約46兆円もの資産が相続され、その規模は今後さらに増えると見込まれています。
人口流出は若い世代が地方を離れた時点で終わる問題ではありません。
数十年後の相続によって、親世代が地方に残していたお金まで都市へ移る可能性があります。
人口減少時代の地方を考えるときには、人の流れだけでなく、お金の流れを見ることも重要です。
参考
日本経済新聞 2026年9月10日 朝刊 信金の個人預金、初の2年連続減 昨年度