モラルハザードとは何か 公的保証を手厚くしすぎると銀行の審査が甘くなる理由編

経営

中小企業が銀行からお金を借りやすくするためには、信用保証協会による保証を手厚くすればよいように思えます。

企業が返済できなくなっても信用保証協会が銀行へ支払ってくれるのであれば、銀行は安心して融資できます。

しかし、保証を手厚くすればするほど良いとは限りません。

銀行が融資による損失をほとんど負わなくなると、融資先を慎重に審査する動機が弱くなる可能性があるからです。

このように、損失を他者が負担してくれることで人や企業の行動が変わってしまう問題をモラルハザードと呼びます。

今回は、モラルハザードとは何か、なぜ信用保証制度では銀行にも一定のリスクを負わせることが重要なのかを見ていきます。

モラルハザードとは何か

モラルハザードとは、自分の行動によって生じる損失を他者が負担してくれるため、行動が変化してしまうことをいいます。

必ずしも誰かが意図的に悪いことをするという意味ではありません。

制度によってリスクの負担者が変わることで、当事者の行動も変わるという経済的な問題です。

信用保証制度で考えると分かりやすくなります。

銀行が企業へ融資し、企業が返済できなくなれば、本来は銀行に損失が発生します。

ところが信用保証協会がその損失の大部分を負担してくれるのであれば、銀行自身のリスクは小さくなります。

その結果、融資判断が変わる可能性があります。

銀行が自分で損失を負う場合を考える

まず信用保証がまったくないプロパー融資を考えてみます。

銀行が企業へ1億円を貸します。

その企業が返済できなくなれば、銀行自身が損失を負います。

もちろん担保などから一部を回収できる場合はありますが、銀行にとって貸し倒れは大きな問題です。

そのため融資する前に企業を慎重に調べます。

財務内容を確認します。

借入金の状況を調べます。

事業内容を理解します。

経営者と面談します。

将来のキャッシュフローを予測します。

貸したお金が自分たちの損失につながる可能性があるからこそ、銀行には企業を慎重に選ぶ強い動機があります。

100パーセント保証では銀行のリスクが大きく減る

次に、融資について100パーセントの信用保証が付いている場合を考えます。

企業が返済できなくなったとき、一定の条件のもとで信用保証協会が金融機関へ代位弁済します。

銀行から見ると、保証がない融資と比べて信用リスクは大きく軽減されます。

これは中小企業への融資を増やすうえで大きなメリットです。

一方で銀行自身が負う損失が小さくなるほど、企業を厳しく審査する経済的な動機も弱くなる可能性があります。

公的保証によってリスクを減らすことが、銀行の行動そのものを変える可能性があるわけです。

これが信用保証制度における代表的なモラルハザードです。

審査が甘くなるとなぜ問題なのか

銀行の審査が甘くなれば、本来なら慎重に融資すべき企業にもお金が流れる可能性があります。

借入金がすでに多い。

本業で十分な利益が出ていない。

事業計画に無理がある。

将来の返済原資が十分ではない。

こうした企業でも、公的保証があることによって融資を受けられる可能性が高まります。

短期的には企業の資金繰りが改善します。

しかし事業そのものが改善しなければ、やがて返済に行き詰まります。

その結果、信用保証協会による代位弁済が発生する可能性があります。

融資を増やすことだけを目標にすると、将来の損失まで増やしてしまう恐れがあるのです。

借り手側にもモラルハザードは起こり得る

モラルハザードは銀行側だけに起こる問題ではありません。

借り手企業の行動にも影響する可能性があります。

公的な支援によって繰り返し資金を借りられるという期待が強くなれば、経営改善を先送りする企業が出てくる可能性があります。

本来なら不採算事業を整理する必要がある。

商品やサービスを見直す必要がある。

経費を削減する必要がある。

それでも新たな融資によって当面の支払いができれば、抜本的な改革を後回しにすることができます。

借り入れは時間を買うことはできますが、企業の収益力を自動的に改善するわけではありません。

公的保証が経営改革を遅らせる結果になれば、企業にとっても長期的には望ましくありません。

なぜ80パーセント保証になったのか

こうした問題を抑えるため、2007年に責任共有制度が導入されました。

一般的な信用保証では、原則として信用保証協会が80パーセントを保証し、金融機関にも一定のリスクを負わせる仕組みになっています。

たとえば1000万円の融資について80パーセント保証なら、信用保証協会が保証する部分は800万円です。

残る部分については金融機関側にもリスクがあります。

重要なのは、銀行自身にも損失が発生する可能性を残すことです。

銀行にリスクが残れば、融資前に企業を慎重に審査する必要があります。

融資後も企業の経営状況を確認する必要があります。

銀行の目利きやモニタリング機能を維持するために、リスクを分担しているのです。

銀行にリスクを負わせることには別の効果もある

銀行自身が融資リスクを負うことには、審査を厳しくするだけではない意味があります。

融資した企業が経営不振に陥ったとき、銀行にも企業を立て直す動機が生まれます。

経営改善について助言する。

資金繰りを一緒に考える。

必要に応じて専門家を紹介する。

事業再生を支援する。

企業が立ち直って返済を続けられれば、銀行自身の損失も避けられます。

つまり銀行に一定のリスクを負わせることは、融資前の目利きだけでなく、融資後の企業支援にもつながります。

危機時にはモラルハザードより資金供給が優先される

ただし、どのような状況でも保証割合を低くすればよいわけではありません。

経済危機では優先順位が変わります。

新型コロナウイルス禍では、多くの企業が経営努力とは関係なく突然売り上げを失いました。

飲食店や宿泊業などでは営業そのものが難しくなりました。

こうした状況で銀行が通常通り厳しい審査を行えば、本来は存続できる企業まで資金不足によって倒産する可能性があります。

そこでゼロゼロ融資などを通じて、100パーセント保証を含む大規模な資金繰り支援が行われました。

参考記事によると、保証件数はそれまで60万件台で推移していましたが、2020年度には194万件へ急増しました。

危機時には多少のモラルハザードの可能性があっても、まず企業への資金供給を止めないことが重要になる場合があります。

平時になれば制度を戻す必要がある

危機時に必要だった仕組みを、そのまま平時にも続ければよいとは限りません。

経済活動が正常化すれば、企業ごとの競争力や返済能力を見極める必要があります。

成長できる企業があります。

事業再生が必要な企業があります。

事業の継続自体を見直す必要がある企業もあります。

すべての企業へ同じように手厚い保証を提供すれば、こうした違いが見えにくくなります。

危機時には企業を広く守る。

平時には企業を見極めて必要な資金を届ける。

信用保証制度には状況に応じた使い分けが必要なのです。

モラルハザードはゾンビ企業問題にもつながる

公的保証によって融資が容易になりすぎると、本来なら事業構造を大きく見直す必要がある企業が借り入れによって存続を続ける可能性があります。

こうした問題は、いわゆるゾンビ企業の議論にもつながります。

収益力が十分ではない企業が金融支援によって長期間存続すると、人材や資金などの経営資源が成長企業へ移りにくくなる可能性があります。

もちろん一時的な経営不振に陥った企業をすぐに退出させればよいわけではありません。

問題は、一時的な資金不足なのか、事業そのものの競争力が失われているのかを見極めることです。

公的保証が手厚いほど、この見極めを行う金融機関の役割が重要になります。

10億円保証ではモラルハザードの影響も大きくなる

今回、経済産業省は信用保証の上限を従来の2億8000万円から10億円程度へ広げる新たな枠を検討しています。

金額が大きくなれば、モラルハザードによって生じる損失も大きくなる可能性があります。

1000万円の融資判断を誤る場合と、数億円の融資判断を誤る場合では影響が違います。

しかも想定されているのは大型設備投資やM&Aなどです。

投資が成功すれば企業は大きく成長できます。

一方、失敗すれば多額の借入金が残ります。

だからこそ新たな保証制度では、金融機関にも大きなリスクを負わせることが重要になります。

最大5割程度の保証には意味がある

新たな大型保証では、保証割合を最大5割程度とすることが検討されています。

これは従来の一般的な80パーセント保証より低い割合です。

仮に銀行が10億円を融資し、信用保証協会が5億円を保証するとします。

残る部分については銀行自身にも大きなリスクがあります。

そのため銀行は、公的保証があるから貸せばよいという判断はできません。

設備投資によって本当に利益が増えるのか。

M&Aの買収価格は適切なのか。

将来のキャッシュフローから返済できるのか。

経営者に投資を成功させる能力があるのか。

こうした事業性評価が必要になります。

保証額を大きくする一方で保証割合を抑えることには、銀行の目利きを働かせる意味があるのです。

公的保証はリスクをなくす制度ではない

信用保証制度を考えるうえで重要なのは、企業活動のリスクを完全になくすことを目的とした制度ではないということです。

企業には事業リスクがあります。

銀行には融資リスクがあります。

信用保証協会はその一部を引き受けることで、中小企業への資金供給を円滑にします。

しかし、すべてのリスクを公的部門へ移してしまえば、企業や銀行の行動が変わります。

適切なリスクをそれぞれに残すことで、企業には経営努力を、銀行には目利きや経営支援を促すことができます。

信用保証制度では、どれだけリスクを減らすかだけではなく、誰にどれだけリスクを残すかという制度設計が重要なのです。

結論

モラルハザードとは、自分の行動によって生じる損失を他者が負担してくれることで、当事者の行動が変化してしまう問題です。

信用保証制度では、公的保証を手厚くするほど銀行の貸し倒れリスクが軽減され、中小企業へ融資しやすくなります。

一方、銀行がほとんどリスクを負わなくなれば、融資先を慎重に審査する動機が弱くなる可能性があります。

借り手企業でも、公的支援への期待によって経営改善が遅れる可能性があります。

そこで一般的な信用保証では責任共有制度を導入し、金融機関にも一定のリスクを負わせています。

今回検討されている10億円規模の大型保証では、保証割合を最大5割程度に抑える方向です。

公的保証によって成長企業への資金供給を後押ししながら、銀行にも大きなリスクを残して目利きを働かせるためです。

保証を増やせば融資は増やしやすくなります。

しかし、融資が増えることと経済が成長することは同じではありません。

返済能力のある企業を見極め、成長につながる投資へ資金を届ける必要があります。

モラルハザードという考え方を理解すると、公的保証では支援を手厚くすることだけでなく、銀行や企業に適切な責任を残すことも重要であると分かります。

参考

日本経済新聞 2026年9月9日朝刊 中小融資、保証上限上げ 2.8億円から10億円に 設備投資・M&A促す 経産省検討

日本経済新聞 2026年9月9日朝刊 信用保証 中小への融資、リスク軽減

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