保育士不足と待機児童はどうつながるのか 保育園があっても人材不足で子どもを受け入れられない理由編

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待機児童を減らすためには、保育園を増やせばよい。

一見すると分かりやすい考え方です。

実際、保育需要が増える地域では保育施設の整備が重要になります。

しかし、建物や保育室を用意しただけでは子どもを受け入れることはできません。

保育には保育士が必要だからです。

保育施設には、子どもの年齢や人数などに応じて必要な保育士を配置する基準があります。そのため施設に空間があっても、必要な保育士を確保できなければ受け入れ人数を増やすことはできません。

保育士不足と待機児童問題は、別々の問題ではありません。

保育サービスの供給を考えるときには、施設と人材の両方を見る必要があります。

待機児童とは何か

待機児童とは、保育所などの利用を申し込んでいるものの、利用できていない子どものうち一定の条件に該当する子どもをいいます。

保護者が働いているなど保育を必要とする事情があり、保育施設の利用を希望していても、受け皿が足りなければ入所できません。

待機児童問題が大きく注目された時期には、都市部を中心として保育需要に対して施設の供給が不足していました。

そのため保育所の新設や定員拡大など、保育の受け皿を増やす政策が進められてきました。

しかし、保育サービスには建物だけでなく人材が必要です。

ここが一般的な施設整備とは異なる重要な点です。

保育園の定員と実際の受け入れ人数は同じとは限らない

保育園には定員があります。

例えば定員100人の保育園なら、100人の子どもを受け入れられる施設だと考えたくなります。

しかし、実際に100人を受け入れるためには、それに対応できる職員体制が必要です。

必要な保育士を採用できなければ、施設としての定員があっても十分に活用できない場合があります。

つまり、

施設として何人入れるか

実際に何人受け入れられるか

は必ずしも同じではありません。

病院にベッドがあっても医師や看護師がいなければ患者を受け入れられないのと似ています。

保育でも人的資源がサービス供給量を決める重要な要素になります。

保育士配置基準とは何か

保育施設では、子どもの安全や保育の質を確保するために、子どもの人数などに応じて保育士を配置する必要があります。

保育士1人で何人でも子どもを見ることができるわけではありません。

特に年齢の低い子どもほど、食事や着替え、睡眠、安全確認などで手厚い対応が必要になります。

そのため、同じ10人の子どもを受け入れる場合でも、年齢によって必要となる職員数は違います。

保育園側が人件費を節約したいからといって、必要な人数を下回る保育士配置を前提に受け入れ人数を増やすことはできません。

この配置基準があるからこそ、保育士不足がそのまま保育サービスの供給制約になり得ます。

保育士が採用できなければ定員を増やせない

ある地域で子育て世帯が増えたとします。

保育園にはまだ使える保育室があり、施設面では受け入れ人数を増やせるとします。

それでも必要な保育士を確保できなければ、簡単には受け入れ人数を増やせません。

新しい保育園を建設した場合も同じです。

建物を完成させることと、そこで働く保育士を確保することは別の問題です。

施設整備には予算を投入できます。

しかし、保育士という人材はお金を用意しただけで直ちに増えるわけではありません。

資格を持つ人を採用し、継続して働いてもらう必要があります。

保育政策では、施設不足から人材不足へ問題の重点が移る地域も出てきます。

保育士不足は既存施設にも影響する

人材不足の影響を受けるのは新しい保育園だけではありません。

すでに運営している施設でも保育士が退職し、後任を採用できなければ職員体制が厳しくなります。

十分な職員数を確保できなければ、新しい子どもの受け入れを抑えざるを得ない場合があります。

つまり保育士不足は、

新しい保育園を開けない

既存園の定員を十分に活用できない

受け入れ人数を増やせない

という複数の形で保育サービスの供給を制約します。

地域に保育園が何カ所あるかだけでは、本当の保育供給力は分からないのです。

給与格差が保育士不足を地域化させる

さらに問題を複雑にするのが、保育士の地域間移動です。

保育士が全国的に不足しているとしても、その不足がすべての地域に均等に現れるわけではありません。

待遇の良い地域へ人材が集まれば、周辺地域では不足が深刻になる可能性があります。

今回問題になっている東京23区と埼玉県南部などが分かりやすい例です。

新しい地域区分をそのまま適用すると、公定価格の人件費部分の上乗せは東京23区が20パーセントとなる一方、川口市や戸田市などは4パーセントとなります。

県境を越えて通勤できる保育士にとっては、両地域が同じ就職先候補になります。

そのため待遇差が大きければ、人材が東京側へ流れる可能性があります。

保育士不足は全国的な人数の問題であると同時に、人材配置の問題でもあります。

子育て世帯の郊外流入が需要を増やす

一方、保育サービスを必要とする子育て世帯は別の動きをする可能性があります。

大都市中心部で住宅価格や家賃が上昇すると、より住宅を確保しやすい周辺地域へ移住する家庭が増えることがあります。

勤務先は東京都内でも、住居は埼玉県や千葉県という選択です。

すると周辺自治体では子育て世帯が増え、保育需要も高まります。

ところが保育士は、同じ交通網を利用して東京都内へ働きに行くことができます。

保育を必要とする家庭は郊外へ移る。

保育を提供する人材は中心都市へ流れる。

この二つが同時に起きれば、周辺地域では需要が増えているのに供給する人材が不足することになります。

待機児童は施設不足だけで発生するわけではない

待機児童が生じたときに、保育園の数が少ないことだけを原因と考えると政策を誤る可能性があります。

本当の原因が保育士不足なら、建物を増やしても問題は解決しません。

例えば100人分の新しい受け皿を整備しても、それに必要な保育士を採用できなければ実際の供給能力は100人分増えません。

重要なのは、

保育施設

保育士

公定価格

地域の子どもの数

子育て世帯の移動

を一体として考えることです。

待機児童は、保育サービスの需要と実際に提供できる供給量のずれから生じます。

公定価格が人材確保に関係する理由

ここで公定価格の問題につながります。

保育士を確保するためには、給与や職場環境を改善する必要があります。

しかし、認可保育所などは自由に基本的なサービス価格を設定できるわけではありません。

運営収入の重要な基礎となるのが公定価格です。

公定価格の人件費部分が周辺地域より低ければ、その地域の保育施設は人材獲得競争で不利になる可能性があります。

だからこそ、こども家庭庁は生活圏がつながっている地域の公定価格差を縮小する方向で検討しています。

これは単なる保育士の賃上げ政策ではありません。

保育サービスの供給能力を維持するための政策でもあります。

保育士を増やすだけではなく定着も重要になる

保育士不足への対応では、新しく保育士になる人を増やすことが注目されます。

もちろん人材育成は重要です。

しかし、すでに働いている保育士が地域外へ流出すれば、新しい人材を採用しても不足が続く可能性があります。

採用と同時に定着を考える必要があります。

給与水準だけでなく、勤務環境や休暇の取りやすさ、業務負担なども定着に影響します。

そして人員に余裕がなくなれば職員1人あたりの負担が増え、それがさらなる離職につながる可能性があります。

人材不足を解消するには、入口となる採用だけでなく、働き続けられる環境を整えることが重要です。

保育サービスは人が供給量を決める

保育政策を理解するときに重要なのは、保育が人によって提供されるサービスだという点です。

工場なら設備を増強することで生産量を大幅に増やせる場合があります。

デジタルサービスなら利用者が増えても同じシステムで対応できることがあります。

しかし、保育では子どもの人数が増えれば、それに応じた人員が必要になります。

そのため人口減少社会で働き手そのものが減っていけば、保育施設を整備するだけでは十分ではありません。

限られた保育人材をどの地域に配置し、どう定着させるのかが保育政策の重要な課題になります。

結論

保育士不足と待機児童は密接につながっています。

保育園には定員がありますが、建物に空きがあるだけで子どもを受け入れられるわけではありません。

子どもの人数や年齢などに応じて必要な保育士を配置しなければならないためです。

そのため保育士を確保できなければ、新しい施設を整備しても十分に活用できず、既存施設でも受け入れ人数を増やせない可能性があります。

さらに大都市圏では、子育て世帯が住宅費の高い中心部から周辺地域へ移る一方、保育士が給与の高い中心部へ通勤するという逆方向の人の移動が起こり得ます。

需要が増える地域から供給を担う人材が流出すれば、保育サービスの不足は一段と深刻になります。

待機児童対策では、保育園を何カ所つくったかだけを見るのでは十分ではありません。

そこで働く保育士を何人確保できるのかまで見る必要があります。

保育園という箱と保育士という人材がそろって初めて、保育サービスの受け皿になるのです。

参考

日本経済新聞 2026年9月1日朝刊 こども家庭庁、保育士給与の地域差是正

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