会社で横領事件が起きると、
なぜそんなことをしたのか
という疑問が生まれます。
最初から会社のお金を盗もうと思って入社する人ばかりではありません。
長年まじめに働いてきた社員が、ある時から不正を始めることもあります。
こうした不正が起きる背景を考えるときに使われる考え方が、不正のトライアングルです。
不正は一般に、動機やプレッシャー、機会、正当化という三つの要素がそろうと起きやすくなると考えます。
このうち会社が特に対策しやすいのが機会です。
不正のトライアングルとは何か
不正のトライアングルとは、不正が起きる背景を三つの要素から考えるものです。
一つ目が動機やプレッシャーです。
二つ目が機会です。
三つ目が正当化です。
三つの要素が重なると、不正が発生するリスクが高まるという考え方です。
不正をした人を単純に悪い人だったと考えるのではなく、なぜ不正が可能になったのかを会社の仕組みも含めて考えるところに特徴があります。
動機とは何か
一つ目は動機やプレッシャーです。
例えば、
生活費が不足している
借金を抱えている
遊興費が必要になった
高額な買い物をしたい
会社から高い業績目標を求められている
といった事情が考えられます。
お金に困っていることだけが動機とは限りません。
会社の業績を実際より良く見せたいというプレッシャーが、決算の不正につながる場合もあります。
ただし、会社が社員一人ひとりの生活や心の中を完全に把握することはできません。
機会とは何か
二つ目が機会です。
不正をしようと思えば実行でき、しかも発覚しにくい環境を指します。
例えば経理担当者が、
給与を計算できる
給与データを変更できる
銀行振込を実行できる
会計帳簿を修正できる
銀行口座も管理している
という状態だったとします。
一人でお金を動かし、その後の帳簿処理までできるため、不正を行う機会が大きくなります。
逆に振込を実行するには社長の承認が必要で、銀行口座も別の人が毎月確認していれば、不正を実行するハードルは高くなります。
正当化とは何か
三つ目が正当化です。
人は自分が悪いことをしていると分かっていても、自分なりの理由を作って行動を正当化することがあります。
例えば、
これだけ会社に貢献しているのだから少しくらいよい
自分は正当に評価されていない
会社から一時的に借りるだけだ
後で必ず返す
他の人も似たことをしている
と考える場合です。
最初から5000万円を横領しようと考えるのではなく、最初は数万円を一時的に借りる感覚だった可能性もあります。
それが発覚しなければ、不正額が徐々に大きくなることがあります。
最初の不正が小さい場合がある
不正を考えるときに注意したいのは、最初から大規模な不正が行われるとは限らないことです。
例えば最初に3万円を不正に受け取ったとします。
誰にも気づかれません。
翌月は5万円にします。
それでも気づかれません。
さらに金額を増やします。
このように、
やっても見つからなかった
という経験そのものが、次の不正につながる可能性があります。
チェックがない環境では、不正が長期化するとともに金額が大きくなることがあります。
今回の事件では約11年間不正が続いた
参考記事では、大阪市の人材派遣会社で唯一の経理担当者だった男性社員が、自分の給与を水増ししていた事例が紹介されています。
不正は2010年12月から2022年1月まで約11年間続きました。
水増し総額は5108万円でした。
多い月には水増し額が100万円を超え、本来の給与の5.4倍になったこともあったとされています。
男性は2006年に採用され、同僚の退職後の2010年5月から会社で唯一の経理担当者となりました。
その約7カ月後から給与の水増しが始まっています。
一人経理となったことで、給与に関する処理を一人で行える環境が生まれたことは、内部統制を考えるうえで重要な点です。
不正発覚のきっかけは銀行からの連絡だった
この不正は、会社の定期的な内部チェックによって発見されたわけではありません。
2022年2月、銀行が会社へ振込依頼の不備を連絡したことがきっかけでした。
その不備自体は男性による改ざんとは別の箇所でしたが、それをきっかけに別の社員が給与の増額に気づきました。
もし銀行から連絡がなければ、さらに不正が続いていた可能性もあります。
約11年間発覚しなかったという事実は、不正を実行できる機会が長期間残っていたことの重大さを示しています。
会社が減らしやすいのは機会
不正のトライアングルの三つの要素のうち、会社が最も直接的に対策しやすいのが機会です。
社員の生活上の問題を会社が完全になくすことはできません。
社員が心の中でどのように自分の行動を正当化するかも、会社が完全にコントロールすることはできません。
しかし、
一人で振込できないようにする
給与変更には承認を必要とする
銀行口座を別の人が確認する
経費を月ごとに比較する
定期的に担当者を交代する
といった仕組みは会社側で作れます。
不正をしたいと思っても実行しにくい環境にするわけです。
信用できる社員だから大丈夫ではない
不正防止を考えるとき、
信用できる人を経理に置けばよい
という考え方があります。
もちろん人選は重要です。
しかし、それだけに頼ることには限界があります。
人の置かれた状況は変化します。
入社時には問題がなくても、10年後に経済的な事情が変わっているかもしれません。
会社への不満が生まれることもあります。
だからこそ内部統制は、担当者の人格とは別に設計する必要があります。
誰が担当しても一人では不正を完結できない仕組みにします。
厳しい監視だけが不正対策ではない
不正の機会を減らすというと、社員を常に監視するイメージを持つかもしれません。
しかし、すべての行動を監視する必要はありません。
例えば給与振込なら、
経理担当者が振込データを作成する
社長が最終承認する
振込後に銀行明細を確認する
という仕組みにするだけでも違います。
経費についても、一定金額以上の支払いだけ別の人が承認する方法があります。
重要な取引にチェックを集中させれば、業務効率との両立もできます。
不正ができない仕組みは社員も守る
不正の機会を減らすことは、経理担当者を疑うことではありません。
むしろ担当者自身を守ることにもなります。
例えば会社のお金が100万円不足したとき、経理担当者一人しか銀行口座を操作できなければ、その人に疑いが集中します。
一方、振込には社長の承認が必要で、操作履歴も残っていれば、誰が何を行ったのか確認できます。
内部統制は会社のお金を守ると同時に、まじめに働いている社員が不必要な疑いを受けることも防ぎます。
結論
不正のトライアングルとは、不正が起きる背景を、
動機やプレッシャー
機会
正当化
という三つの要素から考えるものです。
会社が特に対策しやすいのは機会です。
社員がどのような経済事情を抱えるかを完全に管理することはできません。
心の中でどのように行動を正当化するかも完全には防げません。
しかし、一人で会社のお金を動かせない仕組みは作れます。
給与計算と振込承認を分ける。
銀行口座を別の人が確認する。
給与や経費を前月と比較する。
重要な変更には承認を必要とする。
こうした内部統制によって、不正を実行できる機会を減らします。
約11年間にわたり5108万円もの給与水増しが続いた事件から考えるべきなのは、なぜ一人の社員が不正をしたのかだけではありません。
なぜそれほど長い間、不正を続けられる環境が残っていたのかを見ることも重要です。
不正対策の基本は、悪い人を見つけることだけではありません。
普通の人でも不正を実行しにくい仕組みを最初から作っておくことなのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月3日朝刊 中小企業リーガル処方箋 給料水増し5000万円 「お一人様」経理、振込依頼操作