会社の不正を見つけるには、すべての領収書や振込を一件ずつ細かく調べなければならないと思うかもしれません。
しかし、もっと簡単な方法があります。
毎月の数字を横に並べて比較することです。
例えば、ある社員への給与振込が毎月30万円前後だったのに、突然100万円になれば目立ちます。
毎月10万円程度だった交際費が突然80万円になった場合も同じです。
このように数字を時系列で比較し、大きな変化や不自然な動きを探す方法が月次推移分析です。
経理担当者が一人しかいない中小企業でも導入しやすいチェック方法です。
月次推移分析とは何か
月次推移分析とは、売上や経費、給与などの数字を月ごとに並べ、その変化を見る分析です。
例えば毎月の給与総額が、
4月500万円
5月510万円
6月505万円
7月800万円
だったとします。
7月だけ大きく増えています。
もちろん夏季賞与を支給したなど、正当な理由があるかもしれません。
重要なのは、数字が大きく変化したことに気づき、その理由を確認することです。
単月の数字だけを見ていては分かりにくい異常でも、横に並べれば見つけやすくなります。
前月比較とは何か
最も簡単なのが前月比較です。
今月の数字と前月の数字を比較します。
例えば通信費が、
6月20万円
7月21万円
なら大きな変化はありません。
一方、
6月20万円
7月80万円
なら60万円増えています。
新しいシステムを導入したなどの理由があれば問題ありません。
理由が分からなければ、請求書や取引内容を確認します。
前月比較では、不正を直接証明するのではなく、詳しく調べるべき数字を見つけます。
前年同月比較とは何か
前月だけでなく、前年の同じ月と比較する方法もあります。
会社の経費には季節性があるからです。
例えば夏に電気代が増える会社であれば、6月と7月を比較すると毎年大きく増えるかもしれません。
その場合、前年7月と今年7月を比較した方が異常を判断しやすくなります。
売上についても、繁忙期と閑散期がある会社では前年同月比較が役立ちます。
前月比較と前年同月比較を組み合わせることで、通常の季節変動と異常な変化を区別しやすくなります。
給与総額だけではなく社員別に見る
給与の月次推移を見る場合、会社全体の給与総額だけでは十分ではありません。
社員別の給与を見ることも重要です。
例えば経理担当者Aさんの手取り給与が、
4月30万円
5月30万円
6月31万円
7月32万円
8月105万円
だったとします。
8月だけ大きく増えています。
賞与などの正当な理由があれば問題ありません。
しかし、理由がなければ確認が必要です。
給与総額では目立たない変化でも、社員別に並べると見つけやすくなります。
増えた金額だけを見るわけではない
月次推移分析では、増加だけでなく減少も確認します。
例えば毎月100万円程度あった特定商品の売上が突然20万円になったとします。
単なる販売不振かもしれません。
一方で、売上の計上漏れや入金処理の誤りが起きている可能性もあります。
あるいは毎月支払っていた経費が突然ゼロになれば、支払い漏れかもしれません。
数字が増えることだけが異常ではありません。
通常とは違う動きを見つけることが重要です。
異常値とは何か
通常の範囲から大きく外れた数字を異常値と呼ぶことがあります。
例えばある会社の旅費交通費が毎月20万円から30万円程度だったとします。
突然150万円になれば、通常とは違う数字です。
ただし、異常値だから不正というわけではありません。
社員が大規模な出張をしたのかもしれません。
海外出張が重なった可能性もあります。
月次推移分析の役割は、不正を断定することではありません。
なぜこの数字だけ大きく変わったのかと質問するきっかけを作ることです。
今回の給与水増し事件でも月次比較は有効だった可能性がある
参考記事では、大阪市の人材派遣会社で唯一の経理担当者だった男性社員が約11年間にわたり自分の給与を水増ししていた事例が紹介されています。
水増し総額は5108万円でした。
多い月には水増し額が100万円を超え、本来の給与の5.4倍になったこともあったとされています。
本来30万円程度の給与だった人に、ある月だけ100万円を大きく超える金額が振り込まれていたとすれば、月ごとの金額を並べることで異常に気づきやすくなります。
毎月の給与額を単独で見るより、過去の給与と比較する方が変化を発見しやすいからです。
金額ではなく増減率を見る方法もある
月次推移分析では、金額だけでなく増減率を見ることもできます。
例えば経費が10万円から20万円になれば、増加額は10万円ですが100%増加しています。
一方、1000万円から1010万円になった場合も増加額は10万円ですが、増加率は1%です。
同じ10万円の増加でも意味は大きく違います。
そのため、
前月比で50%以上増えた項目
前年同月比で30%以上増えた項目
一定金額以上増えた項目
など、会社独自の基準を決める方法もあります。
すべてを見るのではなく、一定の基準を超えた数字だけ詳しく確認します。
経費科目ごとに並べる
月次推移分析は給与だけでなく経費にも使えます。
例えば、
交際費
旅費交通費
消耗品費
外注費
広告宣伝費
支払手数料
などを月ごとに並べます。
特定の経費だけ突然増えていれば、理由を確認します。
さらに取引先別に見る方法もあります。
毎月10万円程度だったA社への支払いが突然100万円になっていれば、請求書や契約内容を確認します。
架空取引や二重払いだけでなく、単純な入力ミスの発見にも役立ちます。
一人経理の会社ほど経営者が数字を見る
一人経理の会社では、経理担当者自身が月次資料を作成することがあります。
その場合、作成した本人だけが分析しても内部統制としては弱くなる場合があります。
そこで社長や役員が月次推移表を見る仕組みにします。
細かな仕訳を一件ずつ確認する必要はありません。
前月から大きく動いた項目だけについて、
なぜ増えたのか
なぜ減ったのか
一時的なものなのか
今後も続くのか
を確認します。
これなら経理の専門知識が十分になくても確認できます。
月次決算と組み合わせる
月次推移分析は、月次決算と組み合わせると使いやすくなります。
毎月の決算が終わった段階で、損益計算書の数字を過去の月と比較します。
売上が急増している。
外注費が増えている。
人件費が突然増えている。
利益率が急激に下がっている。
こうした変化を確認します。
経営管理のために行っている月次決算が、そのまま不正やミスを発見する内部統制にもなります。
生成AIとの相性もよい
月次推移分析は生成AIなどを利用して効率化できる分野でもあります。
例えば毎月の経費データを整理したうえで、
前月から大きく増えた科目
前年同月から大きく変化した科目
通常とは異なる取引
などを抽出する補助に利用できます。
人間が何百行もの数字を眺めるより、確認すべき候補を絞ることができます。
ただし、AIが異常と判断したから不正というわけではありません。
最終的には請求書や契約書などを確認し、変化の理由を人間が判断する必要があります。
結論
月次推移分析とは、給与や経費、売上などの数字を月ごとに並べ、その変化を見る方法です。
難しい分析をしなくても、
前月と比べる
前年同月と比べる
社員別に給与を並べる
経費科目別に並べる
大きく増減した数字だけ確認する
という方法で異常を見つけやすくなります。
約11年間で5108万円もの給与水増しが続いた事件では、多い月には水増し額が100万円を超えていました。
こうした大きな変化でも、比較する仕組みがなければ見過ごされる可能性があります。
会社の数字は単独で見るより、過去と並べた方が多くのことを教えてくれます。
不正を発見するために、すべての取引を毎月細かく調査する必要はありません。
いつもと違う数字を見つけ、その理由を確認する。
月次推移分析は、中小企業でも始めやすいシンプルな内部統制なのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月3日朝刊 中小企業リーガル処方箋 給料水増し5000万円 「お一人様」経理、振込依頼操作