経営者確認はなぜ会計不正を防げるのか 社長が知らなかったでは済まされにくくなる仕組み編

会計

会社で会計不正が発覚すると、

「経営トップは知っていたのか」

ということが大きな問題になります。

大企業では、社長が一件一件の仕訳を入力しているわけではありません。

営業部門があります。

経理部門があります。

財務部門があります。

国内外に多くの子会社を持っている企業もあります。

そのため、実際に不正な会計処理を行った社員と経営トップが遠く離れていることは珍しくありません。

しかし、

「現場で行われていたので社長は知りませんでした」

という説明だけで経営者の責任がなくなるのであれば、会社の規模が大きくなるほど経営トップは会計情報に責任を持たなくてもよいことになってしまいます。

そこで重要になるのが、経営者自身による確認です。

金融庁は、上場企業の経営者に対して、正確な有価証券報告書を作成し開示するための手続きが社内に整備され、そのチェック体制が実際に機能しているかを自ら点検したことについて、確認書に記載するよう義務付ける方針です。

経営者にすべての会計処理を確認させる制度ではありません。

重要なのは、

「正しい情報が作られ、問題があれば経営トップまで伝わる会社の仕組み」

について経営者自身に責任を持たせることなのです。

経営者確認とは何か

上場企業などは、有価証券報告書を提出する際に確認書を提出します。

確認書では、有価証券報告書の記載内容が金融商品取引法令に基づいて適正に記載されていることを経営者が確認した旨などを記載します。

つまり、有価証券報告書を経理部門が作成して、そのまま会社名で提出するだけではありません。

経営トップ自身がその適正性について確認したことを明らかにします。

ここには、

「会社の情報開示は経理部門だけの仕事ではない」

という考え方があります。

経理部門が実際の決算業務を行っていても、その組織を作り、権限を与え、適切なチェック体制を構築する最終的な責任は経営者にあります。

社長がすべての仕訳を見るわけではない

経営者確認という言葉だけを見ると、

「社長がすべての会計処理を確認するのか」

と思うかもしれません。

現実には不可能です。

大企業では年間に膨大な数の取引が発生します。

全国の店舗で商品が売れます。

工場で原材料を購入します。

社員へ給与を支払います。

国内外の子会社でも取引が発生します。

社長がすべての伝票や仕訳を見ることはできません。

経営者に求められるのは、個々の取引を自分で処理することではありません。

取引を適切に処理する仕組みがあるか。

重要な会計判断を適切な責任者が確認しているか。

異常な取引を発見できるか。

重大な問題が発生した場合に経営トップまで報告されるか。

こうした会社の仕組みを確認することです。

現場任せの何が問題なのか

大企業では専門的な仕事を各部署へ任せる必要があります。

社長が営業、製造、人事、法務、会計などの実務をすべて行うことはできません。

仕事を任せること自体に問題があるわけではありません。

問題なのは、

「任せること」

「責任まで手放すこと」

を同じだと考えてしまうことです。

たとえば経理部門に決算業務を任せることはできます。

しかし、

「経理に任せているので、決算がどのような仕組みで作られているか知らない」

という状態では問題があります。

経営者は細かな会計処理を知らなくても、

誰が重要な会計処理を判断しているのか。

どのようなチェックが行われているのか。

問題が発生した場合に誰から報告されるのか。

監査法人からどのような指摘を受けているのか。

といった重要な仕組みを把握する必要があります。

会計不正は経理部だけで起きるとは限らない

会計不正というと、経理担当者が数字を書き換える姿を想像するかもしれません。

しかし、会計不正の原因が経理部門以外にあることもあります。

たとえば営業部門に極端に高い売上目標が設定されているとします。

目標を達成しなければ大幅に評価が下がる。

昇進できない。

強いプレッシャーを受ける。

こうした状況が続けば、本来翌年度に計上すべき売上を前倒ししたり、実態のない取引を作ったりする誘惑が生まれる可能性があります。

経理部門が最終的な会計処理をしていても、不正を生み出す原因は会社の業績目標や人事評価にあるかもしれません。

だから会計不正は経理部だけの問題ではありません。

会社全体の経営管理の問題でもあるのです。

経営トップへの情報伝達が重要

経営者が適切に判断するためには、必要な情報が経営トップまで届かなければなりません。

たとえば子会社で不適切な会計処理が見つかったとします。

現地の経理担当者は知っています。

現地の経営者も知っています。

しかし、その情報が親会社へ報告されなければ、親会社の社長は知ることができません。

そこで重要になるのが情報伝達の仕組みです。

どのような問題が起きたら本社へ報告するのか。

誰に報告するのか。

どの程度の金額なら経営トップへ報告するのか。

監査法人や内部監査から重要な指摘があった場合に誰が確認するのか。

内部通報による情報を誰が受け取るのか。

こうしたルールが必要になります。

経営者確認を実質的なものにするためには、経営者が確認するための情報そのものが適切に届く仕組みが必要なのです。

知らなかったというリスクを減らす

会社が大きくなるほど、経営者が知らないことは増えます。

しかし、重要な問題まで知らなくてよいわけではありません。

そこで会社は、

「経営トップが知るべき情報」

を定め、その情報が上がってくる仕組みを作ります。

たとえば重大な会計問題。

大きな損失。

重要な法令違反。

監査法人との重大な意見の相違。

内部統制上の重大な問題。

こうした情報が経営トップまで報告される仕組みがあれば、

「重要な問題が現場で止まっていた」

という事態を減らすことができます。

経営者確認の意味は、社長に会社のすべてを知るよう求めることではありません。

社長が知るべき重要な情報を知らない状態にならないよう、会社の仕組みを作ることにあります。

自分の名前で確認する意味

今回の見直しで重要なのは、経営トップらの名前で確認書に記載することです。

単なる社内資料ではありません。

公的な開示書類として、経営者自身が確認したことを明らかにします。

自分の名前で、

「確認した」

と表明する以上、確認の意味は重くなります。

経理部門から、

「問題ありません」

と報告されたものを、そのまま形式的に受け取るだけでは十分なのかという問題が生じます。

経営者自身が、

どのような確認が行われたのか。

重大な問題はなかったのか。

監査法人から重要な指摘はなかったのか。

内部統制に問題はなかったのか。

といった点について必要な報告を受ける動機が強くなります。

経営者に確認を求めること自体が、会社内部の情報の流れを変える可能性があるのです。

会計不正を行いにくい会社になる

経営者が会計や内部統制に関心を持つようになると、現場にも影響します。

経営トップが売上数字だけを求め、

「目標を達成するなら方法は問わない」

という雰囲気を作れば、不適切な会計処理を誘発する可能性があります。

反対に経営トップが、

「売上目標より正しい会計処理を優先する」

「問題があれば早く報告してほしい」

「悪い情報ほど経営陣へ上げる」

という姿勢を明確にすれば、社員の行動も変わります。

内部統制では、経営者の姿勢そのものが重要です。

どれほど立派な規程やチェックリストを作っても、経営トップがルールを軽視していれば内部統制は弱くなります。

経営者確認には、経営トップ自身の意識を変えることで会社全体の行動を変えるという意味もあります。

経営責任を明確にする意味

経営者確認には、不正を事前に防止するだけでなく、責任の所在を明確にする役割もあります。

会計不正が発覚したときに、

経理担当者が悪かった。

子会社が勝手にやった。

担当役員から報告されなかった。

という説明だけでは、なぜ会社として防げなかったのかが分かりません。

なぜ経営トップまで情報が上がらなかったのか。

チェック体制に問題はなかったのか。

内部監査は機能していたのか。

監査法人からの指摘に適切に対応したのか。

経営者は必要な確認をしていたのか。

こうした点まで検証する必要があります。

経営者自身の確認を制度化することで、会計不正を会社全体のガバナンスの問題として考えやすくなります。

経営者確認だけで不正を完全には防げない

ただし、経営者確認を義務付ければ会計不正がなくなるわけではありません。

特に難しいのが、経営者自身が不正に関与する場合です。

通常の内部統制では、担当者が行った取引を上司が確認します。

しかし、その上司よりさらに上にいる経営トップ自身が不正を指示すれば、通常の承認制度を無視できる可能性があります。

また、担当者と承認者が共謀する場合もあります。

経営者へ意図的に虚偽の報告が行われる可能性もあります。

そのため経営者確認だけでなく、

取締役会による監督。

監査役などによる監査。

監査法人による会計監査。

内部監査。

内部通報制度。

社外取締役による監督。

こうした複数の仕組みを組み合わせる必要があります。

経営者確認は会計不正防止の重要な仕組みですが、唯一の仕組みではありません。

形式的な宣言にしないことが重要

今回の制度改正で最も重要なのは、確認書への記載を単なる事務手続きにしないことです。

毎年同じ文章が印刷された確認書に経営者の名前を記載するだけになれば、不正防止効果は限定的です。

重要なのは、確認書を提出するまでに経営者が何を確認したかです。

重要な会計判断について説明を受けたか。

内部統制の問題について報告を受けたか。

監査法人との重要な論点を把握しているか。

子会社で重大な問題が発生していないか。

開示体制が実際に機能しているか。

こうした実質的な確認があって初めて、経営者確認が会計不正の抑止につながります。

宣言そのものより、宣言できる状態を会社の中に作ることが重要なのです。

結論

経営者確認が会計不正の防止につながる理由は、社長自身にすべての仕訳を確認させるからではありません。

正しい財務情報を作り、重要な問題が経営トップまで届く会社の仕組みに対して、経営者自身が責任を持つようにするからです。

大企業では、社長が会社のすべての取引を知ることはできません。

だからこそ、

重要な取引を複数の人が確認する。

異常な数字を検知する。

子会社の問題を本社へ報告する。

監査法人や内部監査からの指摘を経営トップへ伝える。

こうした仕組みが必要になります。

そして経営者自身が、そのチェック体制が実際に機能していることを確認する方向へ制度が強化されようとしています。

経営者が仕事を部下へ任せることはできます。

しかし、会社として正しい情報を開示する責任まで部下へ渡すことはできません。

今回の確認書厳格化が経営者に突き付けているのは、

「知らなかったかどうか」

だけではありません。

「重要な問題を知らずに済んでしまう会社の仕組みになっていなかったか」

という問いなのです。

参考

日本経済新聞 2026年8月29日 朝刊 会計、経営者自ら確認 不正防止へ「宣言」義務付け 金融庁

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