2040年の日本では、高齢者が増える一方で、医療や介護を支える現役世代は大きく減少します。
そこで国は、2040年を見据えた新しい地域医療構想を進めています。
地域医療構想というと、これまでは「将来どれくらいの病床が必要になるのか」という病床数の議論が中心でした。
しかし2040年を考える場合、それだけでは十分ではありません。
病床があっても看護師がいなければ患者を受け入れられません。病院そのものが赤字で存続できなくなれば、計画上の病床数が残っていても医療は提供できません。
さらに、高齢者本人や家族の考え方も変わっていく可能性があります。
2040年の地域医療を考えるには、単に高齢者の人数を予測するのではなく、「誰が医療を支えるのか」「病院は存続できるのか」「高齢者はどこでどのように暮らしたいのか」まで考える必要があります。
地域医療構想とは何か
地域医療構想とは、都道府県が将来の医療需要を予測し、それぞれの地域で必要となる医療提供体制を考える仕組みです。
これまでの地域医療構想では、病床を主に
高度急性期
急性期
回復期
慢性期
という機能に分け、地域ごとに将来必要になる病床数を推計してきました。
例えば、重い病気や大きな手術に対応する高度急性期病床をどれくらい確保するのか。
急性期治療を終えた患者がリハビリを受ける回復期病床をどれくらい用意するのか。
こうした医療機能の分化を進めることが大きな目的でした。
ところが2040年になると、病床だけを考えていても地域医療を維持することが難しくなります。
そのため新しい地域医療構想では、病院だけではなく、外来医療、在宅医療、介護との連携なども含めて地域全体の医療提供体制を考える方向になっています。
2040年には高齢者が増える一方で支える人が減る
2040年の医療を考えるうえで重要なのが人口構造です。
2025年には団塊の世代が全員75歳以上になりました。
その後はさらに高齢化が進み、2040年に向けて85歳以上の高齢者が増えていきます。
85歳以上になると、複数の病気を抱えたり、介護が必要になったりする人が増えます。
救急搬送、入院、訪問診療、訪問看護、介護、みとりなどの需要が高まる可能性があります。
ところが、その医療や介護を支える現役世代は逆に減少します。
厚生労働省の推計では、2025年から2040年にかけて生産年齢人口は大都市でも約12%、地方都市では約19%、過疎地域では約28%減少するとされています。
さらに、将来の看護師などの供給源になる18歳人口も大きく減少します。
つまり日本は、
医療を必要とする高齢者は増える
医療を支える現役世代は減る
という二つの変化を同時に迎えることになります。
必要病床数と実際に使える病床数は違う
ここで重要になるのが、病床数の考え方です。
例えば、ある地域について将来1000床の病床が必要だと推計されたとします。
計算上は1000床必要でも、実際に1000床を動かせるとは限りません。
病棟を運営するためには、医師だけではなく看護師、薬剤師、臨床検査技師、放射線技師、リハビリ職など多くの人材が必要です。
特に病院では24時間体制を維持する必要があります。
夜勤を担当する看護師が確保できなければ、病床そのものは存在していても患者を受け入れることができません。
つまり、
必要とされる病床
実際に稼働できる病床
は別物です。
これからの地域医療構想では、単純な必要病床数だけではなく、人材を配置して実際に運営できる「稼働可能病床数」という視点が重要になります。
病院そのものが存続できるかも問題になる
さらに重要なのが病院経営です。
病院は公共性の高い存在ですが、経営が成り立たなければ医療提供を続けることはできません。
現在の病院経営では、人件費、医療材料費、光熱費、委託費、建築費などさまざまなコストが上昇しています。
さらに電子カルテの更新やサイバーセキュリティー対策など、医療DXへの投資も必要です。
古くなった病院では建て替えも必要になります。
ところが建築費が大きく上昇すれば、建て替えそのものを断念する病院が出てくる可能性があります。
人材を採用できない。
赤字が続く。
建物を更新できない。
DX投資も負担になる。
こうした問題が重なれば、現在存在している病院が2040年にも同じ形で残っているとは限りません。
そのため将来の医療提供体制を考える場合には、
必要病床数
稼働可能病床数
存続可能病院数
を分けて考える必要があります。
人手不足になると高齢者や家族の行動も変わる
もう一つ見落とせないのが、本人や家族の行動変化です。
現在と同じ医療や介護サービスが2040年にも提供されるとは限りません。
例えば、一人暮らしの高齢者を人が24時間見守ることが難しくなれば、遠隔見守りサービスやセンサー、異常検知システムなどが使われるようになるでしょう。
子どもが遠方に住んでいて親の通院に付き添えなければ、通院同行サービスなどへの需要が高まります。
入退院手続きや金銭管理を家族ができなければ、それらを支援するサービスも必要になります。
つまり、人手不足によってサービスがなくなるだけではありません。
人によるサービスの一部が、
デジタル技術
民間サービス
住宅サービス
家族機能を代替するサービス
へと置き換わっていく可能性があります。
2040年の医療需要は、単純に現在の高齢者1人当たり医療需要に将来の高齢者数を掛ければ求められるものではないのです。
長期入院から地域で暮らす医療へ変わる可能性がある
高齢者本人の価値観も変化する可能性があります。
これまでは、体調が悪くなれば病院に入院し、その後施設に入るという選択が一般的でした。
しかし今後は、
できるだけ自宅で暮らしたい
過度な延命治療は望まない
最期まで自分らしい生活を続けたい
と考える人が増える可能性があります。
そうなれば必要になるのは病床だけではありません。
在宅医療、訪問看護、見守り、緊急対応、移動支援、住み替え支援、緩和ケア、在宅でのみとりなどを組み合わせる必要があります。
また、人生の最終段階でどのような医療やケアを希望するのかを本人や家族、医療関係者などが事前に話し合うACPも重要になります。
医療の中心が「病院に収容して治療する」という発想から、「地域で生活を続けながら必要な医療を受ける」という発想へ変わっていく可能性があります。
病院も治療する場所だけではなくなる
こうした変化が進めば、病院の役割そのものも変わります。
病気になった患者を受け入れて治療するだけではなく、地域住民ができるだけ健康な状態を維持できるよう支援する役割が重要になります。
例えば、高齢者のフレイルを予防する。
在宅医療や介護事業者と連携する。
在宅療養中に急変した患者を受け入れる。
退院後に再び地域生活へ戻れるよう支援する。
人生の最終段階では本人の希望に沿ったみとりを支える。
病院と在宅医療、介護、住宅が切り離された仕組みではなく、地域全体を一つの生活支援システムとして考える必要があります。
今後の病院には、病気を治療する機能だけでなく、地域住民の健康と生活を支える拠点としての役割が求められるでしょう。
2040年に必要なのは病床ではなく地域生活インフラ
これまでの地域医療政策では、「将来何床必要になるのか」という議論が大きな比重を占めてきました。
しかし2040年を考える場合には、その発想を広げる必要があります。
必要なのは、
病床
病院
在宅医療
訪問看護
介護
住宅
見守り
緊急対応
移動支援
家族代行
ACP
みとり
などを組み合わせた地域生活インフラです。
高齢者が増えるから病床を増やせばよい、という単純な問題ではありません。
むしろ働く世代が減少する以上、限られた人材をどこに配置するのかが重要になります。
高度な救急医療や手術については拠点病院へ人材や設備を集約する。
一方で、地域では在宅医療や訪問看護、介護、見守りなどを組み合わせて高齢者の生活を支える。
このような役割分担が必要になります。
結論
2040年の地域医療を考えるとき、高齢者が何人になるのかだけを予測しても十分ではありません。
重要なのは、その医療を「誰が支えるのか」です。
高齢者が増えて医療需要が拡大しても、看護師や介護職員が不足すれば現在と同じ医療提供体制を維持することはできません。
さらに病院経営が悪化すれば、病床が計画上必要とされていても病院そのものが存続できない可能性があります。
だからこそ今後は、必要病床数だけではなく、実際に人材を配置できる稼働可能病床数や、2040年まで維持できる存続可能病院数という視点が必要になります。
同時に、高齢者本人や家族の行動も変わります。
人手不足が進めば、見守りや家族の役割の一部を技術や民間サービスが代替するようになるでしょう。
そして長期入院や施設入所だけではなく、在宅医療、訪問看護、住まい、見守り、緊急対応、ACP、在宅みとりなどを組み合わせて人生の最終段階を支える仕組みが重要になります。
2040年の地域医療構想で本当に問われているのは、病床を何床残すかではありません。
限られた医療人材の中で、高齢者が人生の最終段階まで地域で暮らせる仕組みをどう作るのか。
地域医療を「病院と病床の計画」から「人生の最終10年を支える生活インフラの設計」へ変えられるかどうかが、2040年に向けた大きな課題になるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月28日朝刊 2040年の地域医療構想(下) 供給制約や行動変容 考慮を