2040年の地域医療構想とは何か 人口減少時代に病院と病床を組み替える仕組み編

人生100年時代
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日本では人口減少と高齢化が同時に進んでいます。

人口が減れば、単純に考えると患者数も減っていきます。しかし、すべての医療需要が同じように減るわけではありません。高齢者が増える地域では、若い世代に多い医療よりも、高齢者救急やリハビリ、在宅医療などの需要が相対的に大きくなります。

つまり、これから必要になるのは、病床を単純に増やしたり減らしたりすることではありません。

地域の人口や年齢構成の変化に合わせて、病院が担う役割そのものを組み替えていく必要があります。

そのための政策が地域医療構想です。

地域医療構想とは何か

地域医療構想とは、将来の人口構成や医療需要を予測し、それぞれの地域でどのような医療提供体制が必要になるのかを考える仕組みです。

これまでの地域医療構想は2015年から進められてきました。

地域ごとに将来の医療需要を推計し、それをもとに必要な病床数を考えます。

重要なのは、病床の総数だけを見る制度ではないことです。

病床を医療機能によって分け、それぞれについて必要量を考えます。

代表的なものとして、高度急性期、急性期、回復期、慢性期があります。

たとえば、大きな手術や重症患者の治療を担う急性期病床と、病状が安定した患者が自宅復帰に向けてリハビリをする回復期病床では役割が異なります。

高齢化が進めば、必要となる病床の構成も変化します。

そこで地域医療構想では、将来の需要に合わせて病床機能を転換していこうとしてきました。

なぜ急性期病床を減らす必要があるのか

これまでの地域医療構想の大きな課題の一つが、急性期病床から回復期病床への転換でした。

人口が増えていた時代には、病院を増やし、急性期医療を充実させることに大きな意味がありました。

ところが人口減少時代になると状況が変わります。

患者数そのものが減少する地域では、すべての病院が従来と同じ規模の急性期病床を維持する必要性は低下します。

一方、高齢者の場合、手術や救急治療が終われば医療が終了するとは限りません。

その後にリハビリを行い、できるだけ自宅や高齢者施設へ戻れる状態にすることが重要になります。

そこで急性期病床の一部を回復期などへ転換し、地域全体の病床構成を医療需要に合わせようとしているのです。

なぜこれまでの地域医療構想は進まなかったのか

問題は、必要な病床数を計算できても、実際に病院をその方向へ動かすことが難しいことです。

これまでの地域医療構想では、地域の医療関係者や行政などが参加する会議で調整する方法が中心でした。

しかし病院にとって病床は経営そのものに直結します。

たとえば、ある病院に対して急性期病床を減らして回復期病床に転換してほしいと求めたとします。

地域全体では合理的でも、その病院にとって収入が減少するのであれば、簡単には受け入れられません。

反対に、他の病院が病床を減らしてくれるのであれば、自分の病院は現在の病床を維持したいと考えることもあります。

地域全体として望ましい姿と、個々の病院の経営判断が一致するとは限らないのです。

そのため、話し合いだけによって病床再編を進めることには限界があります。

2040年の地域医療構想とは何か

こうした状況を受けて、新たな地域医療構想が進められようとしています。

目標となるのは2040年です。

従来の地域医療構想が主として病床の機能分化を対象としていたのに対し、新しい構想では対象範囲が広がります。

病院の病床だけではなく、外来医療、在宅医療、介護との連携、高齢者救急なども含めて地域の医療提供体制を考える方向です。

これは高齢化社会を考えれば自然な流れです。

高齢者医療では、一つの病院だけで治療が完結するとは限りません。

救急搬送され、急性期病院で治療を受け、その後リハビリを行い、最終的には自宅や介護施設へ戻るという流れがあります。

そのため病院だけを改革しても、地域医療全体を効率化することはできません。

医療と介護を一つの流れとして設計する必要があります。

構想区域とは何か

地域医療構想では、全国を一定の地域に分けて医療提供体制を考えます。

この単位を構想区域といいます。

基本的には、住民が入院医療を受ける地域的なまとまりを想定しています。

ところが人口減少によって、この区域そのものにも問題が生じています。

人口が大きく減少する地域では、一つの区域の中だけで必要な医療機能をすべて維持することが難しくなるからです。

病院を維持するには一定数の患者が必要です。

特に高度な急性期医療では、医師や看護師、医療機器などを集中的に配置する必要があります。

人口が少ない地域に小規模な急性期病院が分散すれば、医療従事者も分散します。

そこで今後は、構想区域そのものを広域化したり、病院機能を集約したりする必要性が高まると考えられます。

病床を減らすだけでは地域医療改革にならない

ここで注意したいのは、地域医療構想は単なる病床削減政策ではないということです。

重要なのは、必要な場所に必要な医療資源を移すことです。

たとえば、ある地域に急性期病床が多すぎる一方、回復期病床が不足しているのであれば、急性期から回復期へ転換する必要があります。

さらに複数の小規模病院に急性期機能が分散しているのであれば、一部の病院に急性期機能を集約する方法も考えられます。

医師や看護師も無限に増やすことはできません。

人口減少社会では、病床だけではなく医療従事者も希少な資源になります。

限られた医療資源をどこへ配置するのかという問題が、地域医療構想の中心になっていくのです。

診療報酬が病院の行動を変える

病院の再編を考えるうえで重要になるのが診療報酬です。

診療報酬とは、医療機関が保険診療を行った場合に受け取る医療サービスの公定価格です。

病院経営にとって非常に大きな影響を持ちます。

もし急性期病床の診療報酬が高ければ、病院には急性期病床を維持する経済的な動機が生まれます。

反対に、回復期などの病床の診療報酬を相対的に高くすれば、病床転換を促すことができます。

つまり、行政が病院に対して転換をお願いするだけではなく、診療報酬によって病院自身が転換した方が合理的だと判断する仕組みを作るという考え方です。

人口減少時代の医療政策では、この経済的な誘導がますます重要になります。

病床権取引市場という考え方

さらに興味深いのが、病床を持つ権利を病院同士で取引できるようにする考え方です。

物理的なベッドを売買するわけではありません。

一定の種類の病床を保有できる権利を取引します。

たとえば、ある地域で急性期病床を全体として10パーセント減らす必要があるとします。

すべての病院に一律10パーセントの削減を求める方法もあります。

しかし病院ごとの事情は異なります。

患者が多く、急性期病床の稼働率が非常に高い病院もあれば、患者が少なく、病床に余裕のある病院もあります。

一律に削減すると、患者が多い病院まで病床を減らさなければなりません。

そこで病床権を取引できるようにします。

急性期病床を維持したい病院が、より多く削減できる病院から病床権を購入するのです。

地域全体として必要な削減量を達成できれば、病院ごとの削減率は同じでなくてもよいという考え方です。

排出量取引と似た仕組み

この仕組みは、二酸化炭素の排出量取引と考え方が似ています。

政府が全体の上限を決め、その範囲内で企業同士が排出枠を取引します。

病床についても、行政が地域全体の病床数の上限を決め、その範囲内で病院同士が病床権を取引する仕組みが考えられます。

こうすれば、患者が集まる病院に急性期病床が集約されやすくなります。

反対に、稼働率の低い病院は病床権を売却することで収入を得ながら病床を縮小できます。

病床削減そのものに経済的な価値を持たせるわけです。

病院の集約化にもつながる

病床権取引が実現すれば、単なる病床削減だけではなく病院の集約化につながる可能性があります。

急性期医療では、医師、看護師、検査設備、手術設備など多くの資源が必要です。

小さな病院に少しずつ分散するより、一定規模の病院に集約した方が効率的な場合があります。

病床権を取引できれば、稼働率の高い病院が病床を集めることも可能になります。

さらに新しい医療法人などが既存病院から病床権を取得して参入できる仕組みになれば、地域医療の新陳代謝につながる可能性もあります。

これまでのように既存の病院を前提として病床数を調整するだけではなく、どの病院が医療を提供するのが効率的なのかという視点が入ってくるからです。

2040年には病院の役割そのものが変わる

2040年の地域医療を考えるとき、重要なのは病院数や病床数だけではありません。

人口が減少する地域では、すべての病院が現在と同じ機能を持ち続けることは難しくなります。

ある病院は高度な急性期医療を担当する。

別の病院は高齢者救急を中心にする。

別の病院はリハビリや在宅復帰を支援する。

さらに診療所、訪問診療、介護施設などと連携する。

このように地域全体で役割を分担する医療提供体制へ移行していく必要があります。

地域医療構想とは、そのための病院再編の設計図ともいえます。

結論

2040年に向けた地域医療構想の本質は、人口減少に合わせて単純に病床を減らすことではありません。

患者の年齢構成や疾病構造の変化に合わせて、急性期、回復期、在宅医療、介護などの役割を組み替え、限られた医療資源を効率的に配置することにあります。

しかし、行政が必要病床数を計算し、病院同士の話し合いを求めるだけでは、病院経営上の利害を乗り越えることは簡単ではありません。

そこで重要になるのが経済的なインセンティブです。

診療報酬によって病床転換を促したり、病床を持つ権利そのものを取引できる市場を設けたりする考え方は、人口減少時代の医療政策を考えるうえで非常に興味深いものです。

2040年の地域医療構想では、どれだけ病床を減らしたかだけではなく、患者が必要とする医療をどこに集約し、病院が自ら再編を選択できる仕組みを作れるかが重要になります。

人口も医療従事者も減っていく社会では、医療資源を増やす政策から、限られた医療資源をどう組み替えるかという政策への転換が求められているのです。

参考

日本経済新聞 2026年8月27日朝刊 2040年の地域医療構想上 病床の取引市場制度 創設を

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