株価は本来、多くの投資家による売り注文と買い注文がぶつかることで形成されます。ところが、一部の投資家が意図的に注文や売買を行い、実際よりも売買が活発であるように見せたり、株価を特定の方向へ動かしたりすることがあります。
こうした行為が「相場操縦」です。
PTSやダークプールなど取引場所が増えると、市場間競争が進む一方で、不公正取引の監視も複雑になります。相場操縦を理解することは、市場の公正性がなぜ重要なのかを考えるうえで欠かせません。
相場操縦とは何か
相場操縦とは、株式などの価格や売買高を人為的に動かし、他の投資家に誤った印象を与えるような取引を行うことです。
例えば、本当は買う意思がないのに大量の買い注文を出し、
買い需要が非常に強い
株価が上がりそうだ
と他の投資家に思わせる行為があります。
その結果、他の投資家が買い始めて株価が上昇したところで、自分が保有していた株式を売れば利益を得られる可能性があります。
しかしこれは、通常の需給によって価格が形成されたのではなく、人為的に相場を動かしたことになります。
なぜ相場操縦は禁止されているのか
株式市場が成り立つためには、投資家が市場価格を信頼できることが重要です。
もし株価が企業業績や投資家の自然な需給ではなく、一部の投資家によって意図的に操作されているとすれば、一般投資家は安心して取引できません。
市場価格への信頼が失われれば、
投資家が市場から離れる
流動性が低下する
資金調達機能が弱まる
といった問題につながります。
そのため金融商品取引法では、相場操縦につながる行為を規制しています。
見せ玉とは何か
相場操縦の代表例として知られているのが「見せ玉」です。
見せ玉とは、実際には約定させる意思が乏しい大量注文を出し、他の投資家に売買需要が強いように見せかける行為です。
例えば、ある株式について現在の株価が1000円だったとします。
投資家Aが999円に大量の買い注文を出せば、板を見た他の投資家は、
999円には強い買い支えがある
株価は下がりにくそうだ
と考えるかもしれません。
それを見た投資家が買い注文を増やし、株価が上昇したところで投資家Aが別に保有していた株式を売ります。
その後、大量の買い注文を取り消します。
このように、実際の売買意思とは異なる注文で市場参加者を誘導する行為が問題になります。
注文を取り消すこと自体が違反ではない
ここで注意したいのは、注文を出した後に取り消すこと自体が禁止されているわけではないという点です。
株式市場では、
相場が急変した
新しいニュースが出た
注文価格を変更したくなった
などの理由で注文を取り消すことは普通にあります。
問題になるのは、最初から約定させる意思が乏しいにもかかわらず、他の投資家を誘導する目的で大量注文を出す場合です。
したがって、単純に「大量注文を出して取り消したから見せ玉」と判断されるわけではありません。
注文の出し方、取り消し方、売買状況などを総合的に分析して判断されます。
仮装売買とは何か
もう一つ代表的な相場操縦が「仮装売買」です。
仮装売買とは、実質的には同じ人物や関係者の間で売買し、市場で取引が活発に行われているように見せかける行為です。
例えば投資家Aが、
自分の売り注文
自分の買い注文
を同じ価格でぶつけたとします。
形式的には売買が成立しますが、実質的には株式の保有者が変わっていません。
それでも市場には売買高として記録されます。
こうした取引を繰り返せば、他の投資家には、
この銘柄は急に売買が活発になった
注目が集まっているのではないか
と見える可能性があります。
実態のない売買で市場参加者を誤認させることが問題になります。
馴合売買とは何か
仮装売買に近いものとして「馴合売買」があります。
これは複数の投資家が事前に相談し、
この価格で売る
同じ価格で買う
と示し合わせて取引するような行為です。
形式的には別人同士の売買ですが、あらかじめ売買内容を示し合わせていれば、自然な市場取引とはいえません。
こうした取引を繰り返して売買高を増やしたり、株価を一定方向へ動かしたりすれば、市場参加者に誤った情報を与える可能性があります。
終値を意図的に動かす行為
相場操縦では、終値を意図的に動かす行為も問題になります。
終値は多くの投資家にとって重要な価格です。
投資信託や機関投資家の資産評価、株価指数の算定などにも利用されます。
そのため取引終了直前に大量の注文を出し、特定の価格で終値を形成しようとする行為は、市場の公正性を損なう可能性があります。
ただし、取引終了間際に売買すること自体が違反なのではありません。
市場価格を人為的に動かす目的があるかどうかが重要になります。
相場操縦と価格発見機能
相場操縦が特に問題になる理由は、市場の価格発見機能を壊すからです。
本来の株価は、
企業業績
将来の成長期待
金利
景気
為替
投資家の需給
などを反映して形成されます。
しかし大量の見せ玉などによって株価が動けば、企業価値とは関係のない要因で価格が変動します。
すると市場価格が、本来の需給を正しく反映しなくなります。
価格発見機能を守るためにも、相場操縦の監視は欠かせません。
市場監視はどのように行われるのか
証券市場では、大量の売買データを使って不自然な取引が監視されています。
例えば、
大量注文を繰り返し取り消している
特定の口座が売買を繰り返している
株価急変の直前に不自然な注文がある
売買高を不自然に増やしている
といったパターンが分析されます。
取引所の自主規制部門や証券取引等監視委員会などが、それぞれの役割に応じて市場監視を行います。
コンピューターによる監視が進んだことで、膨大な注文データから不自然なパターンを抽出しやすくなっています。
高速取引時代には監視も高度化する
現在の株式市場では、コンピューターによる高速取引が広く利用されています。
短時間に大量の注文が発注され、取り消されることもあります。
そのため単純に注文回数が多いだけで、不正取引と判断することはできません。
監視側にも、
注文を出したタイミング
約定状況
注文取り消しの割合
他市場での売買
価格への影響
などを総合的に分析する高度なシステムが必要になります。
市場の電子化が進むほど、市場監視も技術的に高度になっていきます。
PTS拡大で監視が難しくなる理由
PTSの市場シェアが拡大すると、相場操縦の監視にも新しい課題が生じます。
これまで東証に売買の多くが集中していれば、東証の取引データを中心に監視することで市場全体の動きをかなり把握できました。
しかし取引が、
東証
PTS A
PTS B
ダークプール
などへ分散すると、一つの市場のデータだけでは取引全体が見えなくなる可能性があります。
相場操縦を行おうとする人物が、複数市場を組み合わせることも考えられるためです。
市場横断的な相場操縦
例えば投資家が、
東証に大量の買い注文を出す
それを見た投資家の買いを誘う
PTSで保有株を売却する
東証の買い注文を取り消す
という行動をしたとします。
東証だけを見れば、大量の買い注文を取り消しただけに見えるかもしれません。
PTSだけを見れば、通常の株式売却に見える可能性があります。
しかし両市場の取引を合わせて見ると、相場を人為的に動かして利益を得ようとした可能性が見えてきます。
複数市場時代には、市場横断的な監視が不可欠になります。
PTS制度改革と市場監視
PTS制度を見直し、市場間競争をさらに促進するのであれば、市場監視制度も同時に見直す必要があります。
考えられる論点としては、
複数市場の注文情報共有
取引データの一元的な分析
市場横断的な監視システム
監視機関同士の情報共有
などがあります。
市場間競争によって投資家の利便性を高めながら、不正取引への監視能力を弱めないことが重要です。
個人投資家も注意したい不自然な板
相場操縦は監督当局だけの問題ではありません。
個人投資家も、板情報をそのまま信用しすぎないことが大切です。
大量の買い注文が突然現れたからといって、
株価は必ず上がる
強い買い支えがある
とは限りません。
その注文が短時間で消える可能性もあります。
特に売買の少ない銘柄では、一部の大口注文によって板の印象が大きく変わることがあります。
株式を売買する際には、板だけでなく企業業績や出来高、ニュースなど複数の情報を見ることが重要です。
結論
相場操縦とは、注文や売買を利用して株価や売買高を人為的に動かし、他の市場参加者に誤った印象を与える行為です。
代表的なものには、実際には約定させる意思が乏しい大量注文を出す見せ玉や、実質的に同じ者の間で売買を行う仮装売買などがあります。
相場操縦を放置すれば、市場価格への信頼が失われ、株式市場が持つ価格発見機能そのものが損なわれます。
さらにPTSやダークプールなど取引場所が増えると、不正取引が複数市場にまたがる可能性があります。
今後のPTS制度改革では、市場間競争を促進するだけでなく、複数市場の取引データを横断的に監視できる体制を整えることが重要になります。
公平な市場とは、誰もが同じ市場で取引する市場ではありません。複数の取引場所が存在しても、不正な方法で価格を動かすことができない市場をつくることが重要です。
参考
日本経済新聞 2026年8月7日 朝刊
私設取引「PTS」、制度見直し検討 金融庁 シェア10%上限引き上げ議論 売買活況で対応急ぐ