非上場株式の新しい評価方法として検討されている残余利益方式を理解するうえで、避けて通れないのが「株主資本コスト」です。
株主資本コストという言葉を見ると、会社が実際に支払っている費用のように感じるかもしれません。
しかし、家賃や人件費、借入金の利息のように損益計算書に計上される費用ではありません。
簡単にいえば、株主資本コストとは「株主が会社に資金を出す以上、これくらいの収益は得たいと考える最低限の期待収益率」です。
残余利益方式では、会社が単に黒字かどうかではなく、この株主資本コストを上回る利益を生み出しているかどうかが重要になります。
そのため、同じ利益を出している会社でも、株主資本コストが違えば残余利益が変わり、理論上の株式価値も変わることになります。
株主資本コストとは何か
会社が事業を行うためには資金が必要です。
資金調達には、大きく分けると二つの方法があります。
一つは銀行からの借入金などの負債です。
もう一つは株主から提供された資本です。
銀行から1000万円を借りて金利2%なら、会社は年間20万円の利息を負担します。
これは非常に分かりやすい資金調達コストです。
では、株主から1000万円を出資してもらった場合はどうでしょうか。
通常、銀行借入のように「年2%の利息を必ず支払う」という契約はありません。
しかし、だからといって株主から提供された資金のコストがゼロというわけではありません。
株主は自分のお金を会社に投資しています。
そのお金を預金や国債、上場株式など別の資産に投資することもできたはずです。
それでも会社に投資するのであれば、そのリスクに見合った収益を期待します。
この株主が求める収益率を企業側から見たものが株主資本コストです。
株主資本は無料のお金ではない
中小企業では、資本金について「返済しなくてよいお金」と考えることがあります。
確かに借入金とは違い、通常は毎月元本を返済する必要はありません。
利息を支払う義務もありません。
しかし企業価値評価の世界では、株主資本にもコストがあると考えます。
例えば、株主が1億円を会社に投資しているとします。
仮に株主がその会社への投資について5%の収益を求めているなら、年間500万円の利益が必要になります。
会社が500万円を稼いだ場合、会計上は500万円の利益です。
しかし企業価値という観点では、株主が求める最低限の利益をちょうど稼いだだけと考えることができます。
つまり、新しい価値を上乗せして生み出したとは考えないわけです。
ここが残余利益方式を理解する重要なポイントです。
期待収益率との関係
株主資本コストは、株主側から見ると期待収益率と考えることができます。
例えば、安全性の高い金融資産で一定の収益を得られるとします。
それに対して企業の株式は、業績悪化によって配当が減ったり、株式価値が下落したりする可能性があります。
非上場株式の場合には、さらに自由に売却できないという問題もあります。
したがって株主は、リスクのある会社に投資するのであれば、それに見合った収益を期待します。
企業側から見れば、それが資金を提供してもらうために必要な株主資本コストになります。
つまり、
株主から見れば期待収益率
会社から見れば株主資本コスト
という関係になります。
残余利益を計算するときに株主資本コストを使う
残余利益方式では、この株主資本コストが重要な役割を果たします。
考え方を単純化すると、
会社の利益から株主資本に対して必要とされる利益を差し引く
ことで残余利益を求めます。
例えば、簿価純資産が1億円の会社があるとします。
株主資本コストを5%と仮定すると、株主資本に対して必要となる利益は500万円です。
会社が年間1000万円の利益を稼いでいれば、
1000万円から500万円を差し引いた500万円
が残余利益になります。
一方、会社の利益が300万円なら、
300万円から500万円を差し引いたマイナス200万円
となります。
会社としては300万円の黒字です。
それでも残余利益はマイナスになります。
株主が提供している資本に対して必要とされる利益を稼げていないからです。
利益が同じ会社でも残余利益は違う
例えば、A社とB社がともに年間1000万円の利益を出しているとします。
A社の簿価純資産は1億円です。
B社の簿価純資産は3億円です。
株主資本コストを5%と仮定します。
A社に必要とされる利益は500万円です。
したがって残余利益は500万円になります。
一方、B社に必要とされる利益は1500万円です。
実際の利益は1000万円なので、残余利益はマイナス500万円です。
両社とも1000万円の黒字です。
しかし残余利益方式から見ると、A社は株主資本に対して十分な利益を生み出しているのに対し、B社は十分な利益を生み出していないことになります。
つまり残余利益方式では、利益の絶対額だけでは会社の収益力を判断しません。
「どれだけの資本を使って、その利益を稼いだのか」が重要になります。
株主資本コストが高くなると残余利益は小さくなる
株主資本コストを何%とするかによって残余利益は大きく変わります。
例えば、簿価純資産1億円、年間利益1000万円の会社を考えてみます。
株主資本コストが3%なら、必要利益は300万円です。
残余利益は700万円になります。
株主資本コストが5%なら、必要利益は500万円です。
残余利益は500万円です。
株主資本コストが8%なら、必要利益は800万円です。
残余利益は200万円になります。
さらに株主資本コストが12%なら、必要利益は1200万円となり、残余利益はマイナス200万円です。
会社の利益は1000万円でまったく変わっていません。
それでも株主資本コストの設定によって残余利益は大きく変化します。
株主資本コストが高いと評価額はどうなるのか
残余利益方式では、残余利益によって生み出される価値を簿価純資産に反映して株式価値を考えます。
したがって一般的には、株主資本コストが高くなるほど残余利益は小さくなります。
さらに将来の利益を現在価値に換算する際にも、要求される収益率が高いほど現在価値は小さくなるという関係があります。
そのため、他の条件が同じであれば、株主資本コストが高くなるほど株式評価額を押し下げる方向に働きます。
反対に株主資本コストが低ければ、必要とされる利益が小さくなり、残余利益が大きくなりやすくなります。
結果として株式評価額を押し上げる方向に働きます。
このため残余利益方式を相続税評価に利用するのであれば、株主資本コストを何%に設定するのかは非常に重要です。
非上場会社ごとに株主資本コストを決めるのか
企業価値評価の実務では、会社のリスクなどを考慮して株主資本コストを求めることがあります。
しかし相続税評価では事情が違います。
日本全国には非常に多くの非上場会社があります。
それぞれの会社について専門家が詳細な分析を行い、個別の株主資本コストを算出する仕組みでは、評価実務が複雑になってしまいます。
また納税者と税務当局で株主資本コストについて異なる判断をすれば、同じ会社でも評価額が大きく変わる可能性があります。
相続税評価には、経済的な合理性だけでなく、客観性や簡便性も求められます。
そのため実際に残余利益方式を制度として導入する場合には、株主資本コストをどのような客観的な基準で設定するのかが重要な制度設計上の論点になります。
株主資本コストとROEを比較すると分かりやすい
残余利益を理解するときには、ROEとの関係を見ると分かりやすくなります。
ROEは自己資本利益率です。
簡単にいえば、株主から預かった資本を使って会社がどれだけ利益を稼いだかを示します。
例えば、簿価純資産1億円に対して1000万円の利益なら、単純化すればROEは10%です。
株主資本コストが5%なら、
ROE10%
株主資本コスト5%
となります。
会社は株主から求められる収益率を上回っています。
そのため残余利益はプラスになります。
反対にROEが3%で株主資本コストが5%なら、株主が求める収益率を下回ります。
残余利益はマイナスになります。
つまり残余利益方式では、
ROEが株主資本コストを上回っているか
という視点が非常に重要になります。
高収益会社ほど影響を受ける可能性がある
非上場株評価に残余利益方式が導入された場合、注目されるのは高収益のオーナー企業です。
長年にわたって利益を積み上げてきた会社だけでなく、比較的少ない自己資本から大きな利益を生み出している会社では、残余利益が大きくなる可能性があります。
こうした会社では、収益力が株式価値に強く反映されれば、現在の評価方法より自社株評価額が高くなる可能性があります。
一方、多額の純資産を保有していても収益性の低い会社では、残余利益が小さくなったり、マイナスになったりする可能性があります。
したがって新しい評価制度を見るときには、単純に会社の利益額を見るだけでは不十分です。
純資産に対してどれだけ利益を生み出しているのかを見る必要があります。
結論
株主資本コストとは、株主が会社に資金を提供する以上、最低限これくらいの収益を得たいと考える期待収益率を、会社側から見たものです。
銀行借入の利息のように実際に損益計算書へ計上される費用ではありません。
しかし企業価値を考えるうえでは、株主から提供された資本にもコストがあると考えます。
残余利益方式では、会社の利益から株主資本コストに相当する必要利益を差し引き、その会社が株主の要求を超える利益を生み出しているかを判断します。
そのため同じ1000万円の利益を稼ぐ会社でも、純資産や株主資本コストが違えば残余利益は違います。
株主資本コストが高くなれば必要利益が増え、残余利益は小さくなります。
反対に株主資本コストが低ければ残余利益は大きくなります。
非上場株評価に残余利益方式を導入する場合、株主資本コストを何%とするのかは株式評価額を左右する重要な要素になります。
そして次に重要になるのが、株主資本コストを使って計算される「正常利益」です。
会社がいくら利益を稼げば企業価値を生み出したと評価されるのかを理解することで、残余利益方式の仕組みがさらに見えてきます。
参考
国税庁 税務大学校論叢第96号 2019年6月 今後の取引相場のない株式の評価のあり方
国税庁 税務大学校 残余利益モデルによる株式評価 非上場株式への適用をめぐって