非上場株式の新しい評価方法として検討されている残余利益方式では、会社が黒字か赤字かだけで企業価値を判断するわけではありません。
重要になるのが「正常利益」という考え方です。
会社が1000万円の利益を出していれば、一般的には1000万円の価値を生み出したように感じます。
しかし、その利益を生み出すために5億円の純資産を使っている会社と、5000万円の純資産しか使っていない会社では、収益力は大きく違います。
そこで残余利益方式では、株主から提供されている資本に対して「これくらいの利益は稼いで当然」と考えられる水準を設定します。
これが正常利益です。
そして実際の利益が正常利益を上回った部分を残余利益として捉え、その会社が簿価純資産を超える価値を生み出しているかを考えます。
正常利益とは何か
正常利益とは、簡単にいえば、会社が保有している株主資本に対して最低限求められる利益です。
残余利益方式の考え方を単純化すると、
簿価純資産に株主資本コストを掛ける
ことで正常利益を考えることができます。
例えば、簿価純資産が1億円の会社があるとします。
株主資本コストを5%と仮定します。
すると、
1億円に5%を掛けた500万円
が正常利益になります。
つまり、この会社では年間500万円程度の利益を生み出して初めて、株主が提供している資本に見合った収益を上げたと考えるわけです。
500万円を超える利益を稼げば、その超過部分が残余利益になります。
正常利益は会社の目標利益とは違う
正常利益という言葉から、会社が経営計画で設定する目標利益を想像するかもしれません。
しかし両者は違います。
例えば経営者が、
今年は売上高5億円
営業利益5000万円
を目標にすると決めたとします。
これは会社の経営目標です。
一方、残余利益方式における正常利益は、会社の企業価値を評価するための基準となる利益です。
経営者が自由に決めるものではありません。
株主から提供された資本に対してどの程度の収益が求められるのかという考え方から算定します。
したがって、経営計画上の目標利益が3000万円であっても、残余利益方式における正常利益が1000万円ということはあり得ます。
純資産が大きいほど正常利益も大きくなる
正常利益を理解するときに重要なのが、簿価純資産との関係です。
株主資本コストが同じなら、純資産が大きい会社ほど正常利益も大きくなります。
例えば株主資本コストを5%とします。
簿価純資産5000万円なら、正常利益は250万円です。
簿価純資産1億円なら、正常利益は500万円です。
簿価純資産3億円なら、正常利益は1500万円です。
簿価純資産5億円なら、正常利益は2500万円です。
つまり、多額の資本を会社に投入しているのであれば、それに見合った利益を生み出す必要があるという考え方です。
単純に「利益が多い会社ほど収益力が高い」と考えないところが残余利益方式の特徴です。
利益1000万円でも評価はまったく違う
具体的に二つの会社を比較してみます。
A社とB社はいずれも年間1000万円の利益を出しているとします。
A社の簿価純資産は5000万円です。
B社の簿価純資産は3億円です。
株主資本コストを5%と仮定します。
A社の正常利益は250万円です。
したがって、
1000万円から250万円を差し引いた750万円
が残余利益になります。
一方、B社の正常利益は1500万円です。
実際の利益は1000万円なので、
1000万円から1500万円を差し引いたマイナス500万円
が残余利益になります。
両社とも会計上は1000万円の黒字です。
それでも残余利益方式では、A社は株主資本に対して十分な利益を生み出している一方、B社は十分な利益を生み出していないと評価されます。
実際の利益と正常利益との差額が重要になる
残余利益方式では、実際の利益と正常利益との差額に注目します。
考え方を単純化すれば、
実際の利益から正常利益を差し引いたもの
が残余利益です。
実際の利益が2000万円で正常利益が1000万円なら、残余利益は1000万円です。
実際の利益が1000万円で正常利益も1000万円なら、残余利益はゼロです。
実際の利益が500万円で正常利益が1000万円なら、残余利益はマイナス500万円です。
つまり会社の利益には、残余利益方式から見ると二つの部分があると考えることができます。
一つは、株主資本に対して最低限必要となる正常利益です。
もう一つは、それを超えて会社が生み出した残余利益です。
企業価値を押し上げるうえで重要なのは後者になります。
正常利益と同じだけ稼いだ会社はどう評価されるのか
例えば簿価純資産1億円、株主資本コスト5%の会社を考えます。
正常利益は500万円です。
そして実際の利益も500万円だったとします。
会社は500万円の黒字です。
しかし残余利益は、
500万円から500万円を差し引いてゼロ
です。
これは会社に価値がないという意味ではありません。
会社には1億円の簿価純資産があります。
残余利益方式では、その簿価純資産が企業価値の土台になります。
ただし、この会社は株主資本に対して求められる利益をちょうど稼いでいるだけなので、収益力による追加的な価値を生み出していないと考えるわけです。
この違いは非常に重要です。
残余利益がプラスになる会社とは
残余利益がプラスになる条件は非常にシンプルです。
実際の利益が正常利益を上回ることです。
例えば簿価純資産2億円、株主資本コスト5%なら正常利益は1000万円です。
会社が年間3000万円を稼いでいれば、残余利益は2000万円です。
一方、年間800万円しか稼いでいなければ、残余利益はマイナス200万円です。
したがって残余利益を増やすには、単に会社を黒字にするだけでは足りません。
投入されている株主資本に対して十分な利益を稼ぐ必要があります。
ROEを見ると正常利益との関係が分かる
正常利益と実際の利益の関係は、ROEで考えるとさらに分かりやすくなります。
ROEは自己資本利益率です。
簡単にいえば、自己資本を使って会社がどれだけ利益を稼いでいるかを示します。
例えば簿価純資産1億円で利益1000万円なら、単純化するとROEは10%です。
株主資本コストが5%なら、正常利益は500万円です。
ROE10%に対して株主資本コスト5%なので、会社は求められる収益率を5ポイント上回っています。
その結果、残余利益が発生します。
反対にROEが3%で株主資本コストが5%なら、会社は黒字であっても必要とされる収益率に達していません。
そのため残余利益はマイナスになります。
つまり、
ROEが株主資本コストを上回る
ということは、
実際の利益が正常利益を上回る
ことと基本的に同じ方向を意味しています。
利益を内部留保すれば企業価値が必ず増えるわけではない
この考え方は、オーナー会社の内部留保を見るうえでも重要です。
利益を会社に残せば純資産は増えていきます。
例えば毎年3000万円を内部留保すれば、単純化すると10年間で3億円の純資産が積み上がります。
従来の感覚では、純資産が増えるほど会社の財務基盤が強くなったと考えます。
もちろん財務の安全性という意味ではその通りです。
しかし残余利益方式では、純資産が増えると正常利益も増えます。
株主資本コストが5%なら、純資産が1億円増えるごとに必要となる正常利益も500万円増える計算になります。
したがって、利益を内部留保して純資産を増やしても、それに比例して利益を増やせなければ収益効率は低下します。
残余利益方式では、「どれだけ資産を蓄積したか」だけでなく「蓄積した資本をどれだけ効率よく利益に変えているか」が問われるのです。
高収益の中小企業では残余利益が大きくなる可能性がある
中小企業の中には、比較的少ない純資産で高い利益を生み出している会社があります。
コンサルティング、IT、専門サービスなど、大規模な設備や不動産を必要とせず、人材やノウハウによって利益を生み出す会社が典型です。
例えば簿価純資産5000万円で年間3000万円の利益を生み出している会社を考えます。
株主資本コストを5%と仮定すれば正常利益は250万円です。
実際の利益との差は2750万円になります。
このような会社では残余利益が非常に大きくなります。
つまり貸借対照表に計上された純資産はそれほど大きくなくても、収益力を反映すると企業価値が高く評価される可能性があります。
今回検討されている非上場株評価の考え方が、収益力の高い会社に大きな影響を与える可能性がある理由の一つです。
資産を多く持つ会社では逆のことも起こる
一方、不動産など多額の資産を保有しているものの、利益率が低い会社では逆のことが起こります。
例えば簿価純資産5億円、年間利益1500万円の会社を考えます。
株主資本コストが5%なら正常利益は2500万円です。
会社は1500万円の黒字です。
しかし残余利益はマイナス1000万円になります。
これは会社が赤字だからではありません。
5億円という株主資本に対して、十分な利益を生み出していないと考えられるためです。
このように残余利益方式では、黒字企業であっても収益力が低ければ残余利益がマイナスになる可能性があります。
非上場株評価では正常利益の設定が重要になる
残余利益方式が実際に相続税評価へ導入される場合、正常利益をどのように計算するのかは非常に重要です。
正常利益は簿価純資産と株主資本コストによって大きく変わります。
どの時点の簿価純資産を使うのか。
株主資本コストを何%とするのか。
実際の利益について何年間を見るのか。
一時的な赤字や特別利益をどのように扱うのか。
こうした制度設計によって非上場株の評価額は変わります。
したがって、新制度については「残余利益方式になる」という名称だけではなく、その計算に使われる具体的な数値や期間を見ることが重要になります。
結論
正常利益とは、会社が保有する株主資本に対して最低限求められる利益です。
考え方を単純化すると、簿価純資産に株主資本コストを掛けることで求めます。
実際の利益が正常利益を上回れば、その超過部分が残余利益になります。
実際の利益と正常利益が同じなら残余利益はゼロです。
実際の利益が正常利益を下回れば、会社が黒字であっても残余利益はマイナスになります。
この仕組みによって残余利益方式では、単に利益額が大きい会社を高く評価するのではなく、その利益を生み出すためにどれだけの株主資本を使っているのかまで考慮できます。
つまり問われるのは「いくら稼いだか」だけではありません。
「その資本なら、本来いくら稼ぐ必要があるのか」という基準との比較です。
そして、この正常利益を実際の利益が下回ったときに起こるのが「マイナスの残余利益」です。
黒字会社であっても非上場株の評価を押し下げる可能性があるこの仕組みは、残余利益方式を理解するうえで非常に重要なポイントになります。
参考
国税庁 税務大学校論叢第96号 2019年6月 今後の取引相場のない株式の評価のあり方
国税庁 税務大学校 残余利益モデルによる株式評価 非上場株式への適用をめぐって