日本では長い間、極めて低い金利が続いてきました。
地方自治体にとっても低金利は大きな追い風でした。
道路や学校、鉄道、公共施設などを整備するために地方債を発行しても、利払い負担を低く抑えることができたからです。
ところが、その前提が変わり始めています。
川崎市が2026年8月17日に発行した10年債の表面利率は3.017%となりました。3%台に乗ったのは1996年以来、30年ぶりです。
2021年12月に発行した10年債の0.105%と比べれば、資金調達環境が大きく変わったことが分かります。
さらに川崎市では、JR南武線の高架化や等々力緑地の整備など大型公共事業が重なり、市債発行額そのものも増える見通しです。
借りる金額が増えるときに、借りるための金利も上がる。
この二つが重なれば、自治体財政への影響は大きくなります。
金利のある世界では、自治体も地方債を安く発行できることを当然の前提にはできません。
超低金利は自治体にとって大きな追い風だった
地方自治体は、道路、学校、公共施設など長期間利用する資産を整備するときに地方債を利用します。
地方債を発行すれば、建設費を一年度の税収だけで負担する必要がありません。
長期間にわたって返済することで、その施設を利用する将来世代にも負担してもらうことができます。
ただし地方債は借金なので利息が発生します。
この利息が極めて小さかったのが超低金利時代です。
例えば100億円を金利0.1%で借りれば、単純計算による年間利息は1000万円です。
金利3%なら3億円になります。
同じ100億円を借りても、資金調達コストには大きな差があります。
超低金利は、自治体が長期の公共投資を行ううえで非常に有利な環境だったのです。
地方債金利は国債金利の影響を受ける
自治体が発行する市場公募地方債の金利は、自治体だけで自由に決められるものではありません。
国債などの市場金利を基準に、地方債の需給や発行条件などを反映して形成されます。
そのため国債金利が上昇すれば、地方債金利にも上昇圧力がかかります。
自治体が財政努力をしたからといって、市場全体の金利上昇を止めることはできません。
もちろん自治体の信用力や投資家需要、発行年限などによって条件には違いが生じます。
それでも市場全体の金利水準が上がれば、自治体の資金調達コストも上がるのが基本です。
地方財政も金融市場と無関係ではないのです。
新しく発行する地方債の利払いが増える
金利上昇の最も直接的な影響は、新しく発行する地方債の利払い増加です。
例えば100億円の地方債を金利0.1%で発行する場合と3%で発行する場合を考えます。
単純化すると、年間の利息は0.1%なら1000万円、3%なら3億円です。
差は年間2億9000万円になります。
地方債の発行額が500億円、1000億円となれば、わずかな金利差でも将来の利払いに大きな影響を与えます。
しかも地方債は複数年にわたって利息を支払います。
発行時点の金利差は、その年度だけの問題ではありません。
将来の予算を長期間にわたって拘束することになります。
借り換えによって過去の地方債にも影響が広がる
金利上昇の影響を受けるのは、新しく発行する地方債だけではありません。
過去に発行した地方債にも、借り換えを通じて徐々に影響が広がります。
例えば超低金利時代に0.1%で発行した地方債が満期を迎えたとします。
満期時に元本の一部を借換債で調達する場合、新しい地方債にはその時点の市場金利が適用されます。
市場金利が3%になっていれば、これまで0.1%だった債務の一部が3%前後の債務へ置き換わる可能性があります。
地方債残高が急増しなくても、平均的な調達金利が徐々に上昇していくことがあります。
金利上昇の財政への影響は一度に現れるのではなく、数年から十数年かけて広がる可能性があるのです。
公債費が増えると行政サービスの余地が小さくなる
地方債の元金返済や利払いなどに使われる経費が公債費です。
金利が上がれば利払いが増え、公債費を押し上げます。
公債費の厄介なところは、簡単に削減できないことです。
財政が苦しいからといって、地方債の利息を今年だけ支払わないということはできません。
公債費が増えれば、税収などの一般財源から返済に回す金額が増えます。
その結果、福祉、教育、子育て、防災などに使える財源が相対的に少なくなります。
川崎市では、公債費が実質一般財源ベースで2026年度の857億円から、2030年度以降には1000億円を超える見通しです。
金利上昇と市債発行増加が、将来の財政余力を小さくする可能性があります。
大型公共事業の優先順位が厳しくなる
金利がほぼゼロであれば、地方債を発行する際の利払いコストは比較的小さくなります。
しかし金利が3%前後になれば、公共事業を行うための資金調達費も無視できません。
例えば二つの公共事業があり、どちらも1000億円かかるとします。
低金利時代には両方を実施できたとしても、金利上昇によって将来の公債費が大きくなるなら、同時に進めることが難しくなる可能性があります。
どちらを先に行うのか。
事業規模を縮小できないのか。
完成時期をずらせないのか。
民間資金を利用できないのか。
金利上昇によって、公共投資の優先順位をこれまで以上に厳しく判断する必要が出てきます。
建設費上昇と金利上昇が重なることが問題になる
現在の自治体財政を難しくしているのは、金利だけが上昇しているわけではないことです。
建設労働者の賃金や建設資材価格も上昇しています。
川崎市の等々力緑地整備事業は、当初633億円だった事業費が1232億円まで膨らみました。
人件費や物価の上昇、設計変更などが影響しています。
事業費が増えれば、必要な資金調達額も増える可能性があります。
そこへ地方債金利の上昇が重なります。
例えば当初600億円で済む予定だった事業が1200億円になれば、資金需要そのものが倍になります。
さらにその資金を以前より高い金利で借りることになれば、元金と利息の両方から将来負担が増えます。
建設インフレと金利上昇の同時進行は、自治体財政にとって大きな問題です。
発行方法の工夫だけでは限界がある
自治体も金利上昇をそのまま受け入れているわけではありません。
発行方法を工夫することで、少しでも資金調達コストを抑えようとしています。
川崎市は2026年度、発行時期などを市場環境に応じて柔軟に決めるフレックス枠を500億円と過去最大に増やしています。
金利が下がった時期や投資家需要が強い時期を捉えて発行する狙いがあります。
また2026年7月には、10年債として定時償還債を発行しました。
元本を少しずつ返済することで、利息がかかる元本を減らし、総利払い額を抑えることができます。
しかし、こうした方法にも限界があります。
市場金利そのものが大幅に上昇すれば、発行方法の工夫だけでその影響を打ち消すことはできません。
年限をどう組み合わせるかも重要になる
金利上昇時代には、地方債の年限も重要になります。
短期の地方債は長期債より金利が低い場合があります。
それなら短い年限で借りればよいように見えます。
しかし短期債は満期が早く来ます。
満期時に借り換える必要があり、そのとき金利がさらに上昇していれば、より高い金利で資金を調達することになります。
反対に長期債で調達すれば、現在の金利を長期間固定できます。
ただし長期金利が高ければ、その高い利率を長期間負担することになります。
どちらが正解かを事前に確実に判断することはできません。
そこで5年、10年、20年など複数の年限を組み合わせ、満期や金利変動のリスクを分散することが重要になります。
基金の重要性も高まる
金利上昇によって公債費が増える可能性があるときには、基金による財政余力も重要になります。
減債基金を十分に積み立てていれば、将来の地方債償還に備えることができます。
財政調整基金があれば、税収減少や予想外の支出に対応する余力があります。
川崎市では市税収入が増加しており、減債基金と財政調整基金も積み上がっています。
これは金利上昇局面における好材料です。
ただし基金は使えば減ります。
大型公共事業と公債費増加が長期間続けば、基金だけで問題を解決することはできません。
好調な税収が続いている間に、将来の金利負担をどこまで吸収できる財政構造をつくるかが重要になります。
金利が上がれば公共事業をやめればよいわけではない
金利が上昇したからといって、地方債を使った公共投資をすべて止めることも現実的ではありません。
老朽化した橋や学校を放置すれば、安全上の問題が生じます。
防災設備の整備を先送りすれば、災害時の被害が大きくなる可能性があります。
鉄道の立体交差など、長期間にわたって地域の利便性を高める事業もあります。
重要なのは、地方債を発行するかしないかという二者択一ではありません。
金利コストを含めても実施する価値がある事業なのかを厳しく判断することです。
低金利時代より資金調達コストが高くなったのであれば、それに応じて公共事業に求められる便益もより厳しく問われることになります。
ゼロ金利前提の財政計画を見直す必要がある
長期間にわたって低金利が続くと、自治体の財政計画も低い資金調達コストを前提としやすくなります。
しかし今後の大型公共事業を考える場合、地方債金利が再びほぼゼロになることだけを前提にするのは危険です。
例えば金利1%、2%、3%、さらにそれ以上になった場合に、公債費がどの程度増えるのかをあらかじめ試算する必要があります。
建設費についても同じです。
資材価格や人件費がさらに上昇した場合、総事業費がどこまで増えるのかを考えます。
複数の金利や物価のシナリオを使って将来の財政負担を確認することが重要になります。
金利上昇時代の財政運営では、一つの前提に依存しない計画が必要なのです。
結論
金利上昇によって自治体財政は、地方債を安いコストで発行できることを前提とした時代から大きく変わります。
新しく発行する地方債の利払いが増えるだけではありません。
過去に超低金利で発行した地方債も、借り換えを通じて徐々に高い金利へ置き換わる可能性があります。
その結果、公債費が増え、福祉、教育、子育て、防災など他の行政サービスに使える財源が圧迫されます。
さらに現在は建設労務費や資材価格も上昇しています。
事業費が膨らむ一方、その事業費を調達する金利も上昇するという二重の負担です。
自治体には、発行時期、年限、償還方法を工夫するとともに、公共事業そのものの優先順位をこれまで以上に厳しく判断することが求められます。
低金利時代には、借りられるかどうかが大きな問題にならなかった自治体でも、これからは違います。
いくら借りるのか。
何%で借りるのか。
いつ返すのか。
そして、その金利を負担してまで実施する価値がある事業なのか。
ゼロ金利を前提にできない時代には、金利そのものが自治体の政策選択を左右する重要なコストになるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月19日 川崎市、大型投資続き市債発行増 30年ぶり高金利 逆風