医師が患者を診察するときに使う代表的な医療器具の一つが聴診器です。
患者の胸や背中に聴診器を当てることで、心臓の音や呼吸の音などを確認します。
ところがオンライン診療では、医師と患者が離れた場所にいます。
画面越しに患者の顔を見ることはできますが、通常の聴診器を患者の胸に当てることはできません。
この弱点を補うために使われるのが電子聴診器です。
患者のそばにいる看護師などが電子聴診器を当て、心音や呼吸音をデジタル化して離れた場所にいる医師へ届けます。
オンライン診療で医師が得られる情報を増やす重要な医療機器です。
通常の聴診器はどのような仕組みなのか
一般的な聴診器は非常にシンプルな構造です。
患者の胸や背中に当てる部分で体内の音を拾い、その音を管を通して医師の耳へ伝えます。
医師は音の特徴を聞き分けながら患者の状態を判断します。
例えば肺の音です。
正常な呼吸音とは異なる音が聞こえれば、気道が狭くなっている可能性や肺に異常がある可能性などを考える材料になります。
心臓についても、心拍の速さやリズム、通常とは異なる音などが診察の手掛かりになります。
聴診は検査機器による精密検査そのものではありません。
しかし、患者の状態を短時間で把握するための重要な診察方法です。
電子聴診器は音を電気信号に変える
電子聴診器も患者の胸や背中などに当てて体内の音を確認する点では、通常の聴診器と共通しています。
大きな違いは、拾った音を電子的に処理できることです。
心音や呼吸音などを電気信号に変換し、増幅したりデジタルデータとして扱ったりできます。
通常の聴診器では、基本的に聴診器を装着している医療従事者がその場で音を聞きます。
電子聴診器では、音をデジタル化することで利用方法が広がります。
例えば音を記録できます。
過去の音と比較することも可能になります。
そしてオンライン診療で重要なのが、離れた場所へ音を伝えられることです。
患者と医師が同じ部屋にいなくても、通信技術と組み合わせることで聴診情報を共有できるようになります。
オンライン診療では聴診できないことが弱点になる
通常のオンライン診療では、医師が患者から得られる情報に限界があります。
画面を通じて患者の顔色や表情などを見ることはできます。
患者に症状を聞くこともできます。
しかし、医師が患者の体に直接触れる診察はできません。
その代表例が聴診です。
例えば患者が、
せきが止まらない
息が苦しい
胸が痛い
と訴えているとします。
対面診療なら医師は患者の胸や背中に聴診器を当て、呼吸音や心音を確認できます。
オンライン診療では、その重要な情報が得られないことがあります。
電子聴診器は、この情報の不足を補うために利用できます。
看護師が医師の代わりに聴診器を当てる
D to P with Nでは、患者のそばに看護師がいます。
DはDoctor、PはPatient、NはNurseです。
医師は離れた場所からオンラインで診察します。
患者のそばにいる看護師が電子聴診器を患者の胸や背中などに当てます。
そこで取得された音を遠隔地にいる医師へ届けます。
医師は送られてきた音を聞きながら患者の状態を判断します。
ここで重要なのは、看護師が医師の代わりに診断するわけではないことです。
看護師は患者のそばで電子聴診器を操作します。
その情報を利用して医学的に判断するのは医師です。
つまり電子聴診器は、医師と看護師の役割分担を支える道具でもあります。
岩国のオンライン診療でも活用されている
今回参考にした岩国市医療センター医師会病院の来院型オンライン診療でも電子聴診器が使われています。
2026年8月上旬、せきが止まらず呼吸も苦しそうな5歳の子どもが母親と夜間の救急外来を訪れました。
救急外来の看護師が症状や受診歴を確認し、自宅で待機していた医師をオンラインで呼び出しました。
医師は患者への問診だけで診察したわけではありません。
電子聴診器から得た呼吸音や血中酸素飽和度などの情報も確認しました。
その結果、ぜんそくの可能性があると説明し、病院で気管支を広げる薬を吸入したうえで、翌日にかかりつけの小児科を受診するよう指示しました。
電子聴診器が、オンライン診療で医師が判断するための情報を補っている例です。
音をデジタル化すると何が変わるのか
音をデジタル化するメリットは、遠隔地へ送れることだけではありません。
記録として保存できることも特徴です。
通常の聴診では、医師がその場で聞いた音は基本的に医師の記憶や診療記録を通じて残ります。
電子聴診器で音そのものを記録できれば、後から確認できる場合があります。
以前の心音や呼吸音と比較することも考えられます。
また、別の医師と情報を共有しやすくなる可能性があります。
これまで聴診は、その場にいる医師の耳で聞くという性格の強い診察方法でした。
デジタル化によって、聴診音そのものを医療情報として共有できるようになるわけです。
音を増幅したり調整したりできる
電子聴診器では、取得した音を電子的に処理できます。
例えば小さな音を増幅することができます。
心音や呼吸音にはさまざまな周波数の音が含まれています。
機器によっては、確認したい音に応じて聞き取りやすく調整することもできます。
ただし、電子的に処理できるからといって、必ず通常の聴診より正確になるとは限りません。
機器の性能や使用方法、通信環境などにも左右されます。
オンライン診療で利用する場合には、電子聴診器そのものだけでなく、音を正確に取得して医師へ届ける仕組み全体の品質が重要になります。
通信環境も診療の一部になる
電子聴診器をオンライン診療で使う場合、通信環境が重要になります。
患者の心音や呼吸音を正しく取得できても、通信の途中で音が途切れたり変化したりすれば、医師が正確に確認できない可能性があります。
映像によるオンライン診療であれば、一時的に画面が乱れても会話を続けられる場合があります。
しかし、微妙な呼吸音などを判断材料にする場合には、音声の品質がより重要になります。
そのためオンライン診療の高度化では、
医療機器
通信回線
オンライン診療システム
を一体として考える必要があります。
デジタル技術そのものが医療インフラの一部になっていくわけです。
電子聴診器だけで診断できるわけではない
電子聴診器があれば、オンライン診療が対面診療と完全に同じになるわけではありません。
医師が患者に直接触れて確認する触診はできません。
必要な場合には血液検査や画像検査なども行わなければなりません。
呼吸音だけで病気を確定できない場合もあります。
電子聴診器は、あくまで医師が判断するための情報を増やす道具です。
患者の症状、問診、体温、血圧、血中酸素飽和度などの情報と組み合わせて利用します。
オンラインでは十分に判断できない場合には、対面診療へ切り替える必要があります。
医師の耳を遠隔地まで延ばす
電子聴診器の役割を分かりやすく表現すれば、医師の耳を遠隔地まで延ばす装置と考えることができます。
オンライン診療では、映像によって医師の目を患者のいる場所まで届けることができます。
電子聴診器を使えば、医師の耳も患者のいる場所まで届けられます。
さらに血圧計やパルスオキシメーターなどを組み合わせれば、患者について得られる客観的な情報を増やせます。
患者のそばに看護師がいれば、こうした医療機器を適切に使用し、その情報を医師へ伝えることができます。
オンライン診療は、単なるテレビ電話による診察から、医療機器と通信技術を組み合わせた診療へ進化しつつあるのです。
結論
電子聴診器とは、患者の心音や呼吸音などを電子的に処理し、デジタル情報として扱える聴診器です。
通常の聴診器では、基本的に患者のそばにいる医師や医療従事者がその場で音を聞きます。
電子聴診器では、取得した音を離れた場所に送ることができます。
そのためオンライン診療との相性がよい医療機器です。
D to P with Nでは、患者のそばにいる看護師が電子聴診器を当て、遠隔地にいる医師が呼吸音や心音を確認するという役割分担ができます。
医師がその場にいなくても、問診や映像だけでは得られない情報を取得できるようになります。
ただし、電子聴診器があれば対面診療が不要になるわけではありません。
触診や画像検査などが必要な患者もいます。
オンラインで十分に判断できない場合には、対面診療へ切り替える必要があります。
それでも電子聴診器によって、オンライン診療で医師が得られる情報は大きく広がります。
映像が医師の目を患者のところまで届ける技術だとすれば、電子聴診器は医師の耳を患者のところまで届ける技術です。
人口減少と医師不足が進む地域では、こうした医療機器と看護師、オンライン診療を組み合わせることが、限られた医療資源を広い地域で共有する重要な方法になっていくでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年8月22日 朝刊 進化するオンライン診療 看護師立ち会い、検査や処置
日本経済新聞 2026年8月22日 朝刊 駅で受診可能に