自治体にも金利上昇の時代 大型公共投資と市債発行をどう両立するのか

人生100年時代
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長く続いた超低金利の時代が終わり、金利上昇の影響が家計や企業だけでなく、自治体の財政にも及び始めています。

住宅ローンの金利が上がれば家計の返済負担が増えます。企業が社債を発行するときの金利が上がれば、資金調達コストが増えます。それと同じことが、自治体が発行する地方債にも起こります。

特に影響が大きくなりやすいのが、大規模な公共投資を予定している自治体です。

川崎市では、JR南武線の立体交差事業や等々力緑地の整備、学校体育館への空調設備整備など、大型事業が相次いでいます。その資金を確保するため市債発行額が増える一方、市債金利も大きく上昇しています。

税収が増えている自治体であっても、金利上昇と建設費上昇が同時に進めば財政運営は難しくなります。

自治体財政にも「金利のある世界」への対応が求められているのです。

市債とは自治体が資金を借りるために発行する債券

地方自治体が道路や学校、公共施設などを整備する場合、その費用をその年度の税収だけですべて賄うとは限りません。

そこで利用されるのが地方債です。

市が発行する地方債は一般に市債と呼ばれます。

市債を購入した投資家は自治体に資金を貸し、その代わりに利子を受け取り、満期になると元本の返済を受けます。

自治体から見れば市債は借金です。

ただし、公共施設は現在の住民だけが利用するものではありません。

例えば鉄道の立体交差や学校、道路などは数十年にわたって利用されます。そのため建設時の住民だけが税金で全額を負担するのではなく、将来利用する住民にも市債の返済という形で負担してもらう考え方があります。

これを世代間の負担の公平と考えることができます。

したがって、市債そのものが問題なのではありません。

重要なのは借入額と返済能力のバランスです。

川崎市の市債金利は30年ぶりの水準まで上昇

金利上昇が自治体財政に与える影響は、市債の発行条件を見るとよく分かります。

川崎市が2026年8月17日に発行した10年債の表面利率は3.017%となりました。

10年債の金利が3%台となるのは1996年以来、30年ぶりです。

2021年12月に発行した10年債の表面利率は0.105%でした。

わずか数年で資金調達環境が大きく変わったことになります。

5年債も同様です。

2026年8月発行分は2.214%でしたが、2019年10月発行分は0.001%でした。

超低金利時代には、自治体はほとんど金利を意識せず長期資金を調達できる環境にありました。

ところが現在は違います。

市債を発行すれば相応の利払いが発生する時代になりました。

金利上昇は市債を買う側には魅力になる

興味深いのは、金利上昇には二つの側面があることです。

市債を発行する自治体にとって金利上昇は負担増です。

一方、市債を購入する投資家にとっては利回りの上昇になります。

超低金利時代の地方債は安全性が高い反面、利回りが極めて低いため、投資商品としての魅力は限られていました。

しかし10年債の金利が3%程度になれば状況は変わります。

信用力の高い自治体の債券から一定の利息を受け取れるため、投資家の購入意欲が高まります。

実際、川崎市債についても購入希望者が増えているとされています。

つまり金利上昇は、市債市場に投資家を呼び戻す一方で、自治体の財政負担を増加させるという表裏一体の関係にあります。

大型公共投資が重なると市債発行額が増える

川崎市の場合、問題を難しくしているのが大型公共事業の集中です。

代表的なのがJR南武線の高架化です。

矢向駅から武蔵小杉駅まで約4.5キロメートルの区間を高架化する事業で、現時点の総事業費は1387億円が見込まれています。

国からの補助金なども利用しますが、市も市債によって資金を調達します。

さらに等々力緑地ではサッカースタジアムや陸上競技場、アリーナなどの整備が進められています。

こちらの総事業費は1232億円です。

学校体育館の空調設備整備などもあります。

こうした事業が重なることで、川崎市の市債発行額は2027年度に1000億円を超え、2029年度には1233億円まで増加する見通しです。

借入額が増える時期と金利上昇の時期が重なっていることが、財政運営を難しくしています。

建設費上昇も自治体財政を圧迫する

自治体を悩ませているのは金利だけではありません。

人件費や資材価格も上昇しています。

公共工事では建設労働者の賃金などを反映した公共工事設計労務単価が使われます。

神奈川県の普通作業員の場合、2026年度は1日2万6800円となり、2023年度の2万3900円から約12%上昇しています。

建設資材価格も上昇しています。

その結果、当初計画した公共事業の費用が大幅に膨らむケースが出ています。

川崎市の等々力緑地整備事業は象徴的です。

当初633億円だった事業費は、人件費や物価の上昇、設計変更などによって1232億円まで増えました。

ほぼ2倍です。

事業費が増えれば、必要な市債発行額も増える可能性があります。

その市債の金利まで上昇しているため、自治体は建設費上昇と金利上昇という二重の負担を受けることになります。

定時償還債で利払い負担を抑える

自治体側も何も対策をしていないわけではありません。

川崎市が取り入れている方法の一つが定時償還債です。

一般的な債券では満期まで元本を残し、満期日にまとめて返済する方式があります。

定時償還債では、一定期間ごとに元本を少しずつ返済していきます。

例えば100億円を借り続ける場合と、途中から90億円、80億円と元本を減らしていく場合を比べれば、後者の方が利息の計算対象となる元本は小さくなります。

そのため同じ金利でも総利払い額を抑えることができます。

川崎市は2026年7月、バブル崩壊後では10年債として初めて定時償還債を発行しました。

金利上昇時代に対応した資金調達方法の工夫といえます。

発行するタイミングを選ぶ方法もある

もう一つがフレックス枠です。

通常、市債は年間の発行計画に沿って発行されます。

しかし市場金利は毎日変動しています。

そこで発行時期を固定せず、金利が下がった局面や投資家の需要が強い局面を選んで市債を発行します。

川崎市は2026年度、このフレックス枠を過去最大となる500億円まで増やしています。

企業が社債発行のタイミングを市場環境に合わせて判断するのと似た考え方です。

ただし、こうした工夫によって市場金利そのものを下げられるわけではありません。

金利上昇が長期間続けば、資金調達コストの上昇を完全に避けることはできません。

公債費が1000億円を超える時代へ

市債を発行すれば、将来は元本と利息を返済しなければなりません。

自治体が地方債の元利償還に支出する費用を公債費といいます。

川崎市の公債費は実質一般財源ベースで2026年度の857億円から、2030年度以降には1000億円を超える見通しです。

公債費が増えることの問題は、自治体が自由に使える財源が減ることです。

税収が増えても、その多くを過去の公共投資の返済に充てなければならなくなれば、子育て、福祉、教育、防災など新しい政策に回せるお金は少なくなります。

地方債の本当の負担は、借りた瞬間ではなく、その後何十年にもわたって財政の自由度を低下させるところにあります。

プライマリーバランスの赤字にも注意が必要

財政を見るうえでは、基礎的財政収支、いわゆるプライマリーバランスも重要です。

簡単にいえば、借金に頼らず現在の行政サービスを現在の税収などでどこまで賄えているかを見る指標です。

川崎市では市債発行の増加などを背景として、2027年度から3年間、319億円から407億円の大幅な赤字を見込んでいます。

大型公共投資を行う時期には一時的に赤字になること自体は珍しくありません。

重要なのは、その投資によって将来どのような便益が生まれるのか、そして将来世代が無理なく返済できるのかという点です。

市債残高だけを見て財政の良し悪しを判断するのではなく、資産として何が残るのかまで考える必要があります。

税収増は金利上昇への重要な防波堤になる

川崎市には好材料もあります。

2025年度の市税収入は4161億円となり、前年度から252億円増えました。

初めて4000億円を超えています。

所得増加に伴う市民税の伸びなどが背景にあります。

将来の市債償還に備える減債基金や、自治体の貯金に相当する財政調整基金も積み上がっています。

人口や所得が増え、税収が安定的に伸びれば、ある程度の市債を発行しても返済能力を維持できます。

したがって地方債を見る場合には、借金の金額だけでなく税収、基金、将来の人口、産業基盤などを合わせて見る必要があります。

超低金利を前提とした公共投資は見直しを迫られる

日本では長期間にわたり超低金利が続きました。

その環境では、長期の公共事業について資金調達コストをそれほど意識する必要がありませんでした。

しかし金利が3%前後になる世界では事情が違います。

1000億円規模の資金を調達する大型事業では、わずかな金利差でも長期間では大きな負担差になります。

さらに建設費や人件費も上昇しています。

これから自治体には、事業そのものの必要性だけではなく、いつ実施するのか、どの程度の規模にするのか、どのような地方債で資金を調達するのかまで含めた判断が求められます。

結論

金利上昇は国や企業、住宅ローン利用者だけの問題ではありません。

地方自治体にも確実に影響します。

川崎市では大型公共投資が相次ぐなか、市債発行額が年間1000億円を超える水準へ増える見通しです。その一方で10年債の金利は30年ぶりに3%台まで上昇しました。

さらに人件費や資材価格の上昇によって公共事業費そのものも膨らんでいます。

定時償還債や発行時期を柔軟にする方法によって負担を軽減することはできますが、市場全体の金利上昇を避けることはできません。

これまで自治体財政では、どれだけ借りるかが大きな問題でした。

これからはそれに加えて、いくらの金利で借りるのかが重要になります。

超低金利を当然とした地方財政から、金利コストを意識する地方財政への転換です。

大型公共投資が本当に将来世代にそれ以上の価値を残すのか。

金利のある世界では、その問いがこれまで以上に重要になっていきます。

参考

日本経済新聞 2026年8月19日 川崎市、大型投資続き市債発行増 30年ぶり高金利 逆風

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