日本では、家計が保有する巨額の金融資産が高齢世代に集中しています。
預金、株式、投資信託、不動産などを長年積み上げてきた世代が高齢化することで、これから相続を通じて大量の資産が子どもや孫の世代へ移っていきます。
これが世代間資産移転です。
特に超富裕層では、一度の相続で数億円、数十億円という財産が動くことがあります。
金融機関にとっても大きな転換点です。
親が長年利用してきた銀行や証券会社を、子どもがそのまま利用するとは限らないからです。
メガバンクによる超富裕層の争奪は、現在の資産家を獲得する競争であると同時に、これから起こる巨大な世代間資産移転を取り込む競争でもあります。
世代間資産移転とは何か
世代間資産移転とは、親や祖父母などが保有している財産が、子どもや孫などの次世代へ移ることです。
代表的なのが相続です。
親が亡くなると、預金や有価証券、不動産などの財産が相続人へ承継されます。
生前贈与によって、生きている間に財産を次世代へ移すこともあります。
企業オーナーであれば、自社株を後継者などへ承継することも世代間資産移転の一つです。
単に現金が親から子へ渡るだけではありません。
さまざまな種類の財産が世代をまたいで移動します。
なぜ高齢世代に金融資産が集中するのか
資産形成には長い時間がかかります。
若い世代は働き始めたばかりで、住宅購入や子育てなどの支出も多くなります。
一方、高齢世代は数十年間にわたって預金や株式などを積み上げてきています。
住宅ローンの返済を終えている人もいます。
さらに長期的な株価や不動産価格の上昇によって資産が膨らんだ人もいます。
企業オーナーであれば、数十年間育ててきた会社の自社株が巨額の価値を持つこともあります。
年齢を重ねるほど資産形成期間が長くなるため、結果として高齢世代に多くの財産が集中しやすくなります。
相続によって何が起こるのか
例えば80代の親が10億円の金融資産を持っていて、子どもが2人いるとします。
相続が発生すれば、遺言や遺産分割などによって財産が子どもへ移ります。
それまで親が管理していた10億円の資産を、今度は子どもの世代が管理することになります。
相続税などの支払いによって財産額がそのまま移るわけではありませんが、大きな資産移動が発生することに変わりはありません。
そして同じことが全国の多くの家庭で起こります。
一件ごとの相続を集めれば、社会全体では巨額の資産が世代間で移動することになります。
超富裕層では資産移転の規模が大きい
野村総合研究所は、純金融資産5億円以上を保有する世帯を超富裕層と分類しています。
今回の記事によると、2023年には国内に約12万世帯あり、保有する純金融資産は135兆円に達しています。
全世帯に占める割合はわずかでも、保有資産は非常に大きな規模です。
こうした世帯で相続が発生すれば、一族内で数億円、数十億円という財産が動く可能性があります。
金融機関から見ると、一件の相続による資金移動の影響も非常に大きくなります。
相続すると資産の形も変わる
世代間資産移転では、単に名義が変わるだけとは限りません。
親が保有していた資産を、子どもがそのまま持ち続けるとは限らないからです。
例えば親が大量の個別株式を持っていたとしても、子どもは投資信託などへ組み替えたいと考えるかもしれません。
親が複数の賃貸不動産を持っていても、子どもが不動産経営を続けたいとは限りません。
売却して金融資産へ変えることも考えられます。
企業オーナーの自社株であれば、親族承継ではなく会社売却を選択することもあります。
世代が変わることで資産の運用方法そのものが変わる可能性があります。
銀行が次世代との関係を重視する理由
金融機関にとって最大の問題は、財産と一緒に顧客との関係まで引き継がれるとは限らないことです。
例えば親が30年間A銀行と取引していたとします。
しかし子どもはすでにB銀行やC証券を利用しているかもしれません。
親から5億円を相続した後、その資金を自分が利用している金融機関へ移す可能性があります。
A銀行から見れば、親が亡くなった瞬間に長年預かっていた巨額の資産が流出することになります。
だからこそ金融機関は、親が元気なうちから子ども世代との関係を築こうとします。
相続は金融機関を変えるきっかけになる
相続は、資産家にとって金融機関との関係を見直す大きな機会です。
それまでの金融機関は親が選んだ金融機関です。
子どもにとって最適な金融機関とは限りません。
担当者との関係もありません。
住んでいる地域が違うこともあります。
投資に対する考え方も親子で異なるでしょう。
そのため相続を機に口座を整理し、金融機関を変更することがあります。
超富裕層の資産移転では一度に動く金額が大きいため、金融機関にとって相続は顧客資産を失う危機であると同時に、新しい顧客を獲得する機会でもあります。
一族単位で顧客を見る必要がある
従来の金融取引では、顧客本人との関係が中心でした。
しかしウェルスマネジメントでは、一人の顧客だけを見るのでは十分ではありません。
配偶者。
子ども。
孫。
企業オーナーであれば後継者。
こうした一族全体を見る必要があります。
例えば親が10億円の資産を持っていても、相続後には3人の子どもへ分かれるかもしれません。
さらに次の相続では孫世代へ分かれます。
金融機関が一族との関係を維持できなければ、世代交代のたびに預かり資産が流出する可能性があります。
企業オーナーでは事業承継も同時に起こる
企業オーナーの場合、世代間資産移転はさらに複雑になります。
自社株という財産があるからです。
自社株は資産であると同時に会社の経営権にも関係します。
後継者となる子どもへ自社株を集中させるのか。
ほかの子どもへはどの財産を渡すのか。
会社を第三者へ売却するのか。
こうした判断によって一族の資産構成が大きく変わります。
そのため企業オーナーの世代間資産移転では、相続と事業承継を一体で考える必要があります。
資産移転後の運用も重要になる
相続が完了すれば、それで問題が終わるわけではありません。
むしろ次世代にとっては、そこから資産管理が始まります。
例えば40代や50代の人が親から5億円を相続したとします。
それまで自分で管理していた金融資産が3000万円程度だったとすれば、突然まったく違う規模の資産を管理することになります。
どの程度を預金にするのか。
株式や債券をどう組み合わせるのか。
不動産を持ち続けるのか。
自分の子どもへどう引き継ぐのか。
新しい資産管理の課題が生まれます。
金融機関には長期間の取引機会が生まれる
金融機関から見ると、世代間資産移転は単発の相続手続きではありません。
親世代では資産運用や事業承継を支援します。
相続が近づけば遺言や財産整理などの相談が発生します。
相続後には子どもの資産運用が始まります。
さらに数十年後には、その子どもから孫への資産承継が起こります。
一族との関係を維持できれば、何世代にもわたって資産管理を支援することができます。
これがウェルスマネジメントで一族単位の顧客管理が重視される理由です。
資産格差が世代を超えて引き継がれる面もある
世代間資産移転には、社会全体から見るともう一つ重要な側面があります。
親世代が持つ巨額の財産が子ども世代へ引き継がれることで、資産を相続する人と相続しない人との差が生まれます。
給与などの所得だけではなく、どの程度の資産を親から引き継ぐかによって若い世代の資産形成にも差が生じます。
株価や不動産価格が上昇すれば、すでに資産を持っている世帯の財産がさらに増えることもあります。
今回の記事が指摘する金融資産格差は、現在の世代だけの問題ではありません。
相続を通じて次世代へ引き継がれていく可能性があります。
結論
世代間資産移転とは、親や祖父母が保有してきた預金、株式、不動産、自社株などの財産が、相続や生前贈与などを通じて子どもや孫へ移っていくことです。
日本では長年資産形成を続けてきた高齢世代に多くの金融資産が集中しています。
その世代が高齢化することで、今後は巨額の財産が次世代へ移る局面が続きます。
特に超富裕層では、一件の相続で数億円、数十億円という資産が動く可能性があります。
金融機関にとって重要なのは、資産だけでなく顧客との関係も次世代へ引き継げるかどうかです。
親が利用していた銀行を子どもが利用し続ける保証はありません。
相続を機に別の金融機関へ巨額の資産が移る可能性があります。
だからこそメガバンクは現在の超富裕層だけではなく、その子どもや孫との関係まで重視するようになります。
日本でこれから起こる大相続時代は、一族の財産が世代を超えて動く時代であると同時に、金融機関の預かり資産が大規模に移動する時代でもあります。
超富裕層を巡る銀行の競争は、現在の5億円、10億円を誰が預かるかだけではありません。
その財産が次の世代へ移った後も、誰が管理し続けるのかを巡る長期戦になっているといえるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 メガ銀、「超富裕層」を争奪 三井住友は営業担当者2倍
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 超富裕層 金融資産5億円以上の世帯