超富裕層向けビジネスで、金融機関が重視する相手は現在巨額の資産を持っている本人だけではありません。
その子どもや孫も重要な顧客になります。
親が10億円、20億円という金融資産を持っていれば、将来の相続によってその一部が子どもへ移ります。
相続前には一般的な会社員だった人が、相続によって突然数億円の金融資産を持つこともあります。
こうした将来の富裕層となる可能性のある世代が、次世代富裕層です。
金融機関にとって重要なのは、親世代から資産を預かることだけではありません。
相続後もその資産を自社グループで預かり続けることです。
そのためウェルスマネジメントでは、顧客本人ではなく一族全体との関係を築くことが重要になっています。
次世代富裕層とは何か
次世代富裕層という言葉に、法律上統一された定義があるわけではありません。
一般には、富裕層や超富裕層が保有する資産を将来承継する子どもや孫などの世代を指す言葉として使われます。
企業オーナーであれば、会社を引き継ぐ後継者も重要な次世代になります。
現在の本人の金融資産がそれほど大きくなくても、親からの相続や事業承継によって将来巨額の資産を管理する可能性があります。
金融機関から見ると、現在の資産額だけで顧客の重要性を判断できないわけです。
なぜ親世代だけを顧客にしてはいけないのか
例えば80代の親がA銀行に10億円の金融資産を預けているとします。
A銀行にとっては非常に重要な顧客です。
しかし親が亡くなれば、その10億円は相続財産になります。
子どもが2人なら、遺産分割などによって資産が二つに分かれる可能性があります。
問題は、子どもがA銀行を使い続けるとは限らないことです。
子どもはすでにB銀行やC証券と長年取引しているかもしれません。
相続した資産を自分が使い慣れた金融機関へ移せば、A銀行は親から長年預かってきた資産を失います。
親だけとの関係では、世代交代とともに取引が終わってしまう可能性があります。
相続後に資産が流出する理由
親と子では金融機関に対する考え方が違うことがあります。
親は長年付き合ってきた銀行の支店を重視していても、子どもはインターネット証券を中心に利用しているかもしれません。
親は預金や国内株式を中心に保有していても、子どもは海外株式や投資信託を中心に運用したいかもしれません。
住んでいる地域が違うこともあります。
担当者との人間関係も親と子では異なります。
相続によって資産の所有者が変われば、金融機関を選ぶ基準も変わります。
これが金融機関にとって相続が大きな資産流出リスクになる理由です。
次世代との関係は相続前から始まる
そこで金融機関は、相続が発生してから子どもへ営業するのではなく、それ以前から関係を築くことを重視します。
例えば親が相続や事業承継について相談するときに、子どもも一緒に話し合う機会を設けることがあります。
企業オーナーであれば、後継者となる子どもとの関係を早い段階から築くことも重要です。
親の資産をどう引き継ぐのかという相談を通じて、次世代にも金融機関の役割を理解してもらいます。
相続が発生したときに初めて名刺を渡すのではなく、その前から一族との関係をつくるわけです。
次世代への金融教育が重要になる理由
巨額の財産を相続する人が、必ずしも資産運用の専門知識を持っているとは限りません。
例えば親が長年会社を経営し、10億円の財産を築いたとします。
その子どもは会社員として働き、自分では数千万円程度の資産しか管理した経験がないかもしれません。
そこへ突然数億円の財産が移ります。
株式をどの程度持つのか。
預金はいくら必要なのか。
不動産を相続したらどう管理するのか。
税金の支払いをどうするのか。
分からないことが一気に増えます。
そのため次世代に対する金融教育や資産管理の支援もウェルスマネジメントの重要な役割になります。
資産を増やす教育だけではない
富裕層向けの金融教育というと、投資で資産を増やす方法を教えることだと思われるかもしれません。
しかし次世代富裕層では、それだけではありません。
巨額の財産を守ること。
適切なリスクを取ること。
詐欺などから資産を守ること。
不動産や自社株の特徴を理解すること。
家族で資産について話し合うこと。
さらに自分の次の世代へどのように財産を引き継ぐのかを考えることも必要になります。
資産を受け取る能力だけではなく、長期間管理する能力が求められます。
企業オーナーの子どもには二つの承継がある
企業オーナーの次世代では、問題はさらに複雑になります。
財産だけではなく会社を承継する可能性があるからです。
後継者となる子どもには経営者として会社を運営する能力が求められます。
同時に、自社株という巨額の財産を管理する立場にもなります。
会社を継がない兄弟姉妹との財産配分も考える必要があります。
つまり経営者としての承継と資産家としての承継が同時に起こります。
金融機関にとって企業オーナーの後継者は、将来の法人顧客であると同時に、将来の富裕層顧客でもあります。
一族単位の顧客管理とは何か
従来の金融取引では、一人の顧客ごとに取引を見る考え方が中心でした。
ウェルスマネジメントでは、それだけでは十分ではありません。
父親。
母親。
長男。
長女。
孫。
企業オーナーであれば後継者。
それぞれの資産や役割を踏まえ、一族全体を長期的に見る必要があります。
例えば父親が持つ自社株を長男へ承継し、金融資産の一部を長女へ承継するとします。
母親の生活資金も確保する必要があります。
それぞれを別々の顧客として見るだけでは、一族全体の資産承継を適切に把握できません。
銀行と証券と信託が連携する理由
次世代富裕層への対応でも、銀行だけでは十分ではありません。
銀行は預金や融資を扱います。
証券会社は株式や投資信託などの資産運用を支援します。
信託銀行は遺言や相続、不動産、資産承継などを扱います。
企業オーナーであればM&Aや事業承継も関係します。
親から子へ資産が移る過程には複数の金融サービスが必要になります。
メガバンクがグループ全体で超富裕層を囲い込もうとしている背景には、一族の資産を世代を超えて預かるという狙いがあります。
次世代は金融機関を選び直せる
金融機関側にとって忘れてはいけないのは、次世代には選択肢があることです。
親が長年同じ銀行を利用していたからといって、子どもまで同じ銀行を利用する義務はありません。
むしろ相続は金融機関を見直す絶好の機会になります。
手数料。
運用商品の内容。
デジタルサービス。
担当者の専門性。
相続や事業承継への対応力。
さまざまな要素を比較できます。
そのため金融機関は、親との長年の関係だけに頼ることができません。
次世代自身から選ばれるサービスを提供する必要があります。
資産家の孫まで重要になる理由
超富裕層の資産管理は一回の相続で終わりません。
親から子へ財産が移ります。
数十年後には、その子から孫へ移ります。
例えば100億円の資産を持つ一族であれば、適切に管理される限り、その資産は何世代にもわたって承継される可能性があります。
金融機関が一族との関係を維持できれば、取引も何世代にもわたって続く可能性があります。
だからこそウェルスマネジメントでは、顧客の生涯だけではなく、その先の世代まで視野に入れます。
次世代富裕層争奪はすでに始まっている
メガバンクが超富裕層向け営業を強化する背景には、現在の株高などによる資産拡大だけではなく、今後の世代間資産移転があります。
現在巨額の資産を持つ高齢世代から、これから子どもや孫へ財産が移ります。
そのとき金融機関の預かり資産も大きく動きます。
親世代の顧客を獲得するだけでは十分ではありません。
相続後もその資産を預かり続けるためには、次世代との関係をあらかじめ築いておく必要があります。
富裕層争奪は、現在の顧客を巡る競争から未来の顧客を巡る競争へ広がっているわけです。
結論
次世代富裕層とは、現在の富裕層や超富裕層から将来資産を承継する子どもや孫などの世代です。
現在の本人の金融資産がそれほど大きくなくても、相続や事業承継によって数億円、数十億円の財産を管理する立場になる可能性があります。
金融機関にとって大きな問題は、親から子へ資産が移っても、金融機関との取引まで自動的に引き継がれるわけではないことです。
子どもが別の銀行や証券会社を選べば、親から長年預かってきた巨額の資産が流出します。
だからこそ銀行は、親が元気なうちから子どもや孫との関係を築こうとします。
資産運用だけではなく、金融教育、相続、事業承継などを通じて一族全体を支援します。
超富裕層向けビジネスの本当の競争期間は、一人の顧客の生涯だけではありません。
親から子へ、子から孫へと資産が移った後も関係を維持できるかどうかが問われます。
銀行が資産家の子や孫まで囲い込もうとするのは、巨額の財産を一度預かるためではなく、その財産を何世代にもわたって預かり続けるためだといえるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 メガ銀、「超富裕層」を争奪 三井住友は営業担当者2倍
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 超富裕層 金融資産5億円以上の世帯