超富裕層というと、株式や不動産などへ積極的に投資し、できるだけ高い収益を追求している姿を想像するかもしれません。
しかし実際には、超富裕層にとって預金も重要な資産です。
日本銀行によると、10億円以上の大口定期預金の残高は2026年3月時点で前年同月比65%増えました。
一方、300万円未満の定期預金残高は3%減っています。
株価や不動産価格の上昇によって資産が増えたことに加え、企業売却や相続などによって一度に巨額の現金を手にする人が増えていることも背景にあります。
では、すでに巨額の資産を持つ超富裕層は、なぜ何億円、何十億円もの資金を定期預金として保有するのでしょうか。
超富裕層でも預金を持つ理由
資産運用では、すべての資金を高い収益が期待できる資産へ投資すればよいわけではありません。
株式は高い収益を期待できる一方、価格が大きく下落することがあります。
不動産もすぐに現金化できるとは限りません。
一方、預金は元本の価格が株式のように日々変動するわけではなく、必要な資金を比較的確保しやすい資産です。
超富裕層にとっても、資産を増やすことと同時に、必要なときに使える現金を確保しておくことが重要です。
そのため巨額の資産の一部を預金として保有することには意味があります。
資産額が大きいほど現金額も大きくなる
預金額だけを見ると、10億円という金額は非常に大きく感じます。
しかし100億円の資産を持つ人が10億円を預金として保有しているのであれば、資産全体に占める割合は10%です。
5000万円の資産を持つ人が500万円を預金として持つのと、比率だけを見れば同じです。
富裕層の預金額が巨額になる理由の一つは、そもそもの資産規模が大きいことです。
資産全体の一定割合を安全性や流動性の高い資金として確保するだけでも、預金額が数億円、数十億円になることがあります。
会社を売ると巨額の現金が生まれる
大口預金が生まれる代表的な場面の一つがM&Aです。
企業オーナーの財産は、会社を経営している間は自社株に集中していることがあります。
例えば創業者が30億円相当の自社株を保有しているとします。
会社を第三者へ売却すれば、その自社株が現金などの金融資産へ変わります。
それまで現金を数億円しか持っていなかった人が、一度の取引によって数十億円の資金を手にすることがあります。
しかし売却代金を受け取った翌日に、全額を株式や債券へ投資する必要はありません。
今後の資産運用方針が決まるまで、いったん預金として保有することがあります。
相続でも巨額の預金が生まれる
相続も大きな資金移動が発生する場面です。
親が長年築いてきた金融資産が、子どもや孫へ一度に移ります。
例えば親が10億円の預金や有価証券を持っていれば、相続によって子どもが突然数億円規模の金融資産を管理することがあります。
相続人がそれまで本格的な資産運用をしていなければ、すぐに運用方針を決めることは難しいでしょう。
また相続税などの納税資金を確保する必要もあります。
そのため相続によって受け取った資金の一部を、一定期間預金として保有することがあります。
運用待機資金とは何か
投資する予定はあるものの、まだ投資していない資金を運用待機資金と考えることができます。
例えば会社売却によって20億円の資金を得た人がいるとします。
その20億円を一度に株式へ投資すれば、その直後に株価が大きく下落した場合、大きな損失を抱える可能性があります。
そこで投資時期を分散することがあります。
まず一定額を投資し、残りは預金などで待機させます。
市場環境や金利などを見ながら段階的に投資します。
この場合、預金は最終的な運用先ではなく、次の投資先を決めるまでの資金の置き場所になります。
預金は流動性を確保する役割もある
超富裕層では突然大きな資金需要が発生することがあります。
不動産の購入。
新しい事業への投資。
企業への出資。
相続税などの納税。
家族への資金移転。
こうした場面で、すべての資産が株式や不動産になっていると、必要な資金をすぐに用意できない可能性があります。
株式市場が急落しているときに現金が必要になれば、安値で株式を売却しなければならないこともあります。
あらかじめ一定額の現金を確保しておけば、資産価格が下落しているときに無理に売却する必要がありません。
預金には資産全体の流動性を確保する役割があります。
金利のある世界も影響する
長期間にわたる超低金利時代には、巨額の資金を預金として持っていても利息収入はほとんど期待できませんでした。
金利が上昇すれば状況は変わります。
預金金利が高くなれば、価格変動リスクを大きく取らなくても一定の利息収入を得られるようになります。
例えば10億円を年1%で運用できれば、単純計算では年間1000万円の利息になります。
資産額が巨大になるほど、わずかな金利差でも受け取る利息の差は大きくなります。
金利のある世界への変化は、超富裕層にとって預金の魅力を見直す要因になります。
預金にもリスク管理が必要になる
預金は株式に比べて価格変動が小さいからといって、何も考えずに一つの銀行へ巨額の資金を預ければよいわけではありません。
一般的な預金保険制度では、対象となる預金について一金融機関ごとに預金者一人当たり元本1000万円までとその利息などが保護されるのが基本です。
10億円、20億円という預金を持つ場合、全額がこの範囲で保護されるわけではありません。
そのため超富裕層では、金融機関の信用力や資金の分散なども資産管理の問題になります。
預金も巨大になれば、単なる銀行口座ではなく一つの運用資産として管理する必要があります。
銀行が大口預金を獲得する意味
銀行にとって、超富裕層の大口預金は重要です。
銀行の基本的な機能は、預金などで集めた資金を融資や有価証券運用などへ回すことです。
巨額の預金を獲得できれば、銀行の資金調達基盤を強化することにつながります。
しかし現在のメガバンクが超富裕層を重視する理由は、預金だけではありません。
大口預金をきっかけに顧客との関係を築けば、その後の資産運用へつなげることができます。
融資、不動産、相続、事業承継などの相談を受ける可能性もあります。
10億円の預金を獲得することは、その顧客が持つ資産全体との取引を始める入り口にもなります。
預金を巡って銀行間競争も起こる
預金額が巨大になるほど、わずかな金利差でも受取利息の差が大きくなります。
例えば10億円の預金で金利が0.1%違えば、単純計算では年間100万円の差になります。
50億円なら500万円です。
そのため超富裕層にとっては、どの銀行にどの程度の資金を預けるのかも重要な資産管理になります。
銀行側から見れば、優良な大口顧客を獲得するために金利を含めた取引条件を検討する余地も生まれます。
超富裕層争奪が激しくなれば、預金獲得競争にも影響する可能性があります。
資産運用と預金は対立するものではない
預金か投資かという二者択一で考える必要はありません。
超富裕層の資産管理では、目的によって資金を分けることが重要です。
長期的に増やす資金は株式などへ投資する。
一定の収益を得ながら安定性を重視する資金は債券などで運用する。
近い将来使う可能性がある資金は預金として確保する。
このように役割を分けます。
預金は投資をしていない資金ではなく、資産全体の安定性と流動性を支える重要な部分と考えることができます。
結論
超富裕層が巨額の定期預金を持つのは、投資に消極的だからとは限りません。
そもそもの資産規模が巨大であるため、資産全体の一部を預金として確保するだけでも数億円、数十億円になります。
さらに企業売却や相続によって巨額の現金が一度に生まれれば、運用方針を決めるまでの待機資金として預金を利用することがあります。
不動産購入や新規事業、納税などに備えて流動性を確保する役割もあります。
そして金利が上昇すれば、巨額の資金ではわずかな預金金利でも大きな利息収入になります。
銀行にとっても大口預金は重要です。
預金そのものを獲得できるだけでなく、そこから資産運用、融資、相続、事業承継などへ取引を広げられる可能性があります。
10億円以上の大口定期預金が急増していることは、単に日本人が預金好きだからという話ではありません。
株高や企業売却、相続などによって巨額の金融資産を持つ人が増え、その資金の置き場所を巡る競争が金融機関の間で始まっていることを示しているといえるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 メガ銀、「超富裕層」を争奪 三井住友は営業担当者2倍
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 超富裕層 金融資産5億円以上の世帯